プロローグ 1
『異世界転生』した事に気付くのは、もっとドラマチックなものだと思ってた
例えば、お約束的なのは婚約者に初めて出会った時や婚約破棄された時?
それなのに…私がそれに気付いたのが何で朝食を摂っている時に頬の内側を嚙んだ瞬間なのか
思わず黙り込んでしまった私にお母様が怪訝そうな目を向けた
「レティ?どうかしたの?もしかして気分がすぐれないのかしら?」
「いいえ、お母様どこも悪くはありませんわ…ただ…」
心配そうなお母様にそう返した後、小さく息を吐いてそれを切り出した
「……お母様、私『転生者』だったようですわ」
レティシア・スレイク、公爵家の長女で年は14歳になったばかり家族は両親とお兄様が一人、それが今の私だ
青みがかった銀色のストレートヘアにアメジストの瞳
我ながらなかなかの美少女ではないだろうかと感じ入ってしまう顔立ち
前世は何の特徴もない典型的な日本人顔だったからちょっと嬉しい
ただし…ただしだ
私の記憶が確かならば今の私は『ディーヴァの祝祭』なる恋愛ゲームの登場人物である
もっと言ってしまえばヒロインに嫌がらせをする悪役令嬢とやらだ
一応、ストーリー上は婚約者がいるが現状その人物に出会ってない
これまたお約束というか婚約者はゲームの攻略対象だった…が、覚えている限り断罪パターンはなかったと思う
なぜならその婚約者こと第一王子のフランシスはヒロインと結ばれると王位継承権を放棄して平民となる事を選ぶのだ
レティシアがどうなったかは一切記述がない…それはそれで酷くないか?と思わないでもない
何はともあれ、なんで一国の王子がそんな道を躊躇なく選べたかというと
それはゲームのストーリーというかキャラクター設定に関わる事なので後で考えることにしよう
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「レティ、支度はできたかい」
お兄様が部屋の外から声をかけてくる
「ええ、いつでも出かけることができます」
そう答えると部屋を出て部屋の外へと出る
自分が転生者だと自覚してから2週間ほどが過ぎ、その事を報告するために王宮へと向かう日だ
ゲームではそんな設定は無かったのだが
この世界、わりと転生者がいたりする…もっとも、それはごく一部の者以外には伏せられるとのこと
(…あ、これってヒロインも転生者でってパターン?)
私自身、前世の記憶が甦った時にはそう思った、いや今も思っているが
貴族であれば確実に、平民でもある程度のいわゆる中産階級くらいの家ならば転生者のことは知っている
先ほど言った通り、それが誰なのかは一部の人間以外に伏せられるので特定ができないというだけだ
かくいう私も、この世界に転生者がいることは8歳の時に初めてついた家庭教師に教わっている
ただ、あの日までまさか自分がそれだとは思っていなかったけど
そして王宮ではこれまた転生者だという方が面談をするという
向こうは転生者と言っても、まさかここがゲームの世界だなんて思ってないとしたら?
代々国王の片腕、頭脳として尽くしてきたスレイク家の娘が気が触れたと思われる
お兄様は優秀な方だから私一人幼い身で修道院に入れられても家を盛り立ててくださるとは思うけど
今の婚約者に見限られた挙句、その後も嫁いでくださる方がいなくなるのではないだろうか…それは問題だ
そんな事を考えて眉間にしわが寄っていたらしく、お兄様は優しく頭を撫でてくれた
「大丈夫だよレティ、僕たちは何があってもレティの味方だからね」
「…ありがとうございます、そう言っていただけると心強いですわ」
などと二人で会話をしていると部屋に入ってきた男性が声をかけてきた
お兄様と同年代に見える東洋風の端正な顔立ちの…濃紺に金の縁取りのローブ姿ということは宮廷魔導士か
「謁見の準備が整いました、どうぞお入りください」
お兄様くらいの年頃で宮廷魔導士、そして『謁見』ということはこれから会う『転生者』は
(ジャルダン王国第一王女、タチアナ・ジャルダン?!、この人は王女付きの魔導士アデル?!)
いやー知らなかったわ、アデルって美男子だったのか…ゲームでは常にフードで顔を隠してたしなー
「お褒めいただき光栄です、スレイク嬢」
「はい?!」
「…声に出てたよ、レティ」
笑いをかみ殺しながら二人が告げた言葉に私は赤面して俯くしかなかったのだった
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「堅苦しい挨拶はいらないわ、レティシア・スレイク…とそちらはディオン・スレイク?」
通された部屋の中で待っていた王女タチアナは私を見た後、横にいるお兄様を見て小さく首を傾げながら問いかけた
艶やかな黒髪を両サイドでシニヨン風にまとめ、そこからツインテールのように垂らしている
わかりやすく言うと月に代わってお仕置きしそうな髪型だ
「レティ?」
「…どうやら、私と同じ世界からの転生者みたいね」
また口に出していたようだ、そしてあきれたような口調の王女も前世は20世紀以降の人間…高確率で日本人らしい
「まぁ、言いたい事は色々あるけど…ディオン?本来ならば付き添うのは当主であるスレイク公のはずよ?
それなのに何故、まだ公爵家を継いでいない貴方が付き添っているのかしら、公は体調でも崩しているの?」
冷ややかな彼女の言葉にお兄様の表情が一気に強張った
それを見たタチアナはすぐに表情を緩め、微笑みすら浮かべながらこう告げた
「とにかく座って、話はそれから」
そう促され、用意されていたソファーに腰かけると彼女は再び口を開いた
「無理を言ってまで公に代わって付き添った理由、貴方の婚約者が転生者ではないかと思ったんでしょう
ロゼット侯爵家で転生者が見つかったのは事実よ、でもカリーナ・ロゼットではないわ」
カリーナ様?お兄様の婚約者の?なんでお兄様が無理を言って同席した理由を見抜いたの?…そうか
「申し訳ありません!私のせいです!」
「でしょうね、当ててみましょうか?ここはゲームの世界で私たちはその際の登場人物
カリーナは誰かにとってディオンとの恋路を邪魔する当て馬」
扇子で口元を隠しながらタチアナが告げたのはまさにご明察というものだった
彼女の言う通りお兄様も別のヒロインを選んだ時の攻略対象でカリーナ様はその際の悪役令嬢
…私も小姑的な意味での悪役令嬢だったけど
ちなみに、お兄様のルートだと二人とも僻地の修道院送りだったりする…なんで王子ルートより酷いことになってるんだ、私
いや王子との婚約解消後がどうなったかは知らんけど
私が状況を整理しつつ邸内のガゼボで絶叫した結果、お兄様に聞かれてしまったゲームの内容を王女に説明する
首肯きながらそれを聞いていた王女にお兄様が話を受け継ぐ
「カリーナはあまり感情を表に出さない気質なので私との婚約をどう捉えているのか不安でした
ある日、その感情を抑えることができず彼女にそれを問いただしたところ
『貴族なのだから、家同士を繋ぐための縁談は当然のことです、いやなら修道女になるしかないのですもの』と答えたのです」
ああ、知ってるゲームだとそれで二人の仲は最悪になったんだよね、ただ…ちょっと違うのが…
「しかし、横を向いて耳まで赤くなりながら『だからディオン様以外の方とのお話なら修道院へ行くと決めてましたの』と
その姿があまりにも愛らしくて生涯彼女だけを愛すると誓ったのです!ですから」
「はい、そこまで!お兄様としてはカリーナ様を信じたいのですが、転生者のフラグ回避だったらと不安になっているんです」
「…続きを言わせなくていいの?」
「タチアナ様、チベスナ顔って知ってます?この部屋にいる人間は兄以外全員それになりますよ?」
「………やめておきましょう」
わずかに頬を引きつらせて答えた王女を見て同時代の日本人確定ね、と確信した