星に願いを。ーデブリ・流星群ー “海難救助飛行艇、語菜(かたりな)五式”、捜索。
今夜は、デブリ・流星群の日だ。
「かあしゃま、かあしゃま」
「ながれぼしのはなしをして~」
小さな女の子が、ソファーに座った母親の膝にしがみついた。
「いいわよ、ミノリ」
母親のメグミが女の子を膝の上に抱き上げる。
「くら―いくらい夜空よ」
「ごおお、ごおおとエンジンが大きな音を立てていたわ」
「ひこうていでしょ~」
「そうよ~」
「お船が沈んじゃってね」
「迷子になった人を探してたのよ」
「おそらのうえからさがしてたんでしょ~」
「月が出てない夜でね」
「暗くて、海と空の水平線のさかいが無くて、ず~とつながって見えたの」
群青色だ。
「うん、うん」
「お母さんたちはね、必死に探したの」
「だって人は海の中に、二日くらいしかいられないのよ」
◆
「どこっ、タイチロウくんっ」
”日本海軍所属、双発救難飛行艇、語菜五式、黒猫”が夜の海上を飛んでいる。
遭難者を必死に捜索中である。
ところどころに水没したビルが見えた。
ゴオオオオ
エンジン音が機内に響く。
夜の闇の中しばらく周りを飛んだ。
「もう駄目っ、燃料が尽きるっ、基地に帰投しましょう」
操縦席に座ったメグミは、燃料計を見ながら苦し気に言った。
語菜の機内のあちこちの窓に顔をつけ、五人の隊員が必死に海面を探していた。
「でも、タチバナ中尉、船が沈没してもう二日目の夜だ」
「今見つけないと……」
生存は絶望的だ。
「遭難者のナンバ大佐は、タチバナ中尉の恋人なんだろう」
「でもっ」
二重遭難してしまう。
ハンドル型の操縦桿を握りしめた指が真っ白になった。
ごめんなさいっ、タイチロウくんっ。
「帰投しますっ」
メグミが泣き叫ぶように言う。
「タチバナ中尉っ」
「隊長っ」
「もうすこしっ」
メグミが操縦桿を横に倒した。
その時、
パアアアアアアアア
流れ星だ。
夜空が流れ星で真っ白に染まった。
「デブリ・流星群っ」
第四次世界大戦の時に破壊された宇宙ステーションの残骸だ。
たくさんのデブリが大気圏に突入し流れ星になる。
「……デブリ・流星群の日だったんだ……」
奇跡だ。
一年の内の一度の日だ。
次々と落ちてくる流れ星で夜空の七割が埋まった。
波頭が白く光り、飛行艇の影が海面に落ちる。
ひときわ大きな流れ星が落ちた先、
「あそこだっ」
海面に浮いている黒い人影が見えた。
「いたっ、見つけたっ」
操縦桿を下げる。
メグミが水没したビルをよけながら、飛行艇を近づけた。
少し前、
「…もう二日か…」
海上を漂っているナンバが力なくつぶやく。
北極と南極の氷が溶け、九割が海になった地球。
日本軍の制服のインナーはウエットスーツになっている。
ライフジャケットも着けていたので何とか生き延びている。
でも、体の震えが止まらない。
低体温症だ。
「その場で食べられなかっただけましか」
乗っていた船が、キャノンシュリンプの爪の一撃で沈められたのだ。
キャノンシュリンプは、ソダーツ✕という成長促進剤で、1メートル近くまで巨大化したテッポウエビだ。
爪の一撃は、温度が3000度近くまでなり、46センチ砲弾の直撃と同じ威力がある。
人を襲う。
水没したビルに登ろうとしたが、手をかけるところがなかった。
このままだとメグミさんを泣かせてしまうな。
力無く夜空を仰ぐ。
その時、夜空の七割を埋める流れ星が流れた。
”メグミさんにもう一度会えますように”
ナンバは震える手を組んで祈った。
頭上に大きな流れ星が落ちてくる。
ゴオオオオオ
その時、飛行艇のエンジン音が聞こえた。
「メグミさんっ」
「タイチロウくんっ」
メグミは、救出したタイチロウを、痛いくらいに抱きしめる。
飛行艇の窓の外の夜空に、たくさんの流れ星が降りそそいでいた。
◆
「必死になって探してたら、空から真っ白な流れ星が降って来たの」
「奇跡が起きたのよ」
「それでお父さんを見つけられたの」
「まっしろなながれぼしっ」
「ながれぼししゃんが、おとうしゃんをたすけてくれたんだ~」
「そうだよ、お星さまが願いをかなえてくれたんだ」
後ろから声がした。
「母さんにもう一度会えますようにってね」
タイチロウはメグミの横に座り、手を握る。
「タイチロウくん」
「メグミさん」
指を絡める繋ぎ方に変わる。
「あたしも〜」
ミノリが小さな手をねじ込んできた。
二人は顔を見合わせ、幸せそうにミノリに優しく微笑んだ。
「そろそろかな」
海上に浮かべた球状の自宅。
太い鎖で海底に固定されていた。
窓の外が明るくなる。
「ふわあああああ」
「きれいね〜」
窓の外は、あの時と変わらない流れ星が流れていた。