その3
そして二人は体育館に着いた。そこにはもうすでに上杉がいて、トラックから降りて二人を待っていた。二人の姿が見えたので、上杉は小走りで二人の所へと近づいて行った。
上杉「お疲れ様です。で、リングはこの中ですよね?」
そう上杉が見城に尋ねると、見城は真顔でこう答えた。
見城「いや、リングは体育館じゃなくてあっち。あっちの運動場で頼むよ。ここは使えないんだ。」
と言って見城は運動場を指さした。この言動に上杉だけじゃなく、高実も驚きの表情をした。
上杉「・・・運動、場?」
高実「え!?野外?・・・野外、ですか?」
そう言って驚いている二人に対して、見城は無表情で淡々と告げた。
見城「ああ。別に大丈夫だろ?今日は晴れてるし、雨の心配もないし、気温もそんなに寒く
ならないようだから。でも着替えとかはもちろん体育館でOKさ。控室としてならここを
使ってもOKって事さ。」
それを聞いて高実は思わず上杉を見た。上杉も困惑した表情で高実を見つめた。それでも高実は
その状況を受け入れ、理解を示した。
高実「・・・ま、まぁ、いいでしょう。野外でやる事も、まぁありますからね。ただ、ええ、
まぁ、恐らくきっと、他の連中も逆に、伸び伸びとやってくれるでしょうから・・・。」
見城「ああ、そうだな!逆に室内よりも返って良いかも知れないな。まさしくお祭りって
感じで、テンションも上がるだろう!」
と見城は意気揚々と答えた。反対に高実と上杉は複雑な表情をしていた。しかしそうなってしまった以上はそうしていく事で、二人は気持ちを切り替えた。ただ、今三人がいるここ体育館から、見城が先ほど指さした場所の位置まで、距離にしてざっと見ても、軽く二百メートルはある。更にその場所とは見るからに運動場の隅、端っこ的な場所であった。高実は確認のため、再度見城に尋ねた。
高実「・・・あそこ、あそこなんですよね?」
と言って高実は指差して見せた。見城は深く頷いた。
見城「ああ、そうそう。あそこに頼むよ。」
高実「あの、・・・運動場の、・・・あそこでしかできないんですか?」
と高実は聞き返すと、見城は少し腑に落ちない表情をして見せた。
見城「・・・確かにな。実は俺も、本当は運動場のど真ん中でやりたいって思っていたんだ。
けど他の部活の迷惑になるようなんでな。ほら、野球とかサッカーとか、陸上競技にも
支障が出るって言うもんだから・・・。ただプロレスをやるのは全然構わないんだけど、
じゃああっちの、端の方でやってくれって事になったんだ。」
それを聞いて、そして若干歯痒さを見せる見城を見て、高実は重々納得した。この話の後上杉が見城に尋ねた。
上杉「・・・じゃあこれを、車を向こうに移動してもいいですか?」
すると見城は頭を横に振って、平然とこう告げた。
見城「ダメだ。この駐車場からは出ないでくれ。それも注意されているんだ。
だからこの中で、できる限り近づけてから、それからは人力で運ぶ形になる。」
それを聞いて高実と上杉は、これまた言葉を失った。この駐車場内で近づけても、距離は今のこの場所とさほど変わらないのだ。
見城「まぁ、ウォーミングアップとして。そう思ったら全然平気だろ?」
と明るい口調で見城が言うと、高実と上杉は無言で苦笑するしかできなかった。
見城「ところで二人だけ?他は?他のスタッフとか?」
と見城が高実を見て尋ねると、高実は気を取り直してこう返答した。
高実「あ、その、まず自分たちが先にって事で。今はリングの設営は自分たち、レスラー自信が
やる状況なので。昔の、サークルの時のような新人、新入生というか、そういうのはもう
しませんし、みんなでするっていうのが、今の流れです。」
それを聞いて見城は、ちょっと驚きの表情を見せた。
見城「あ?そうなんだ!へぇ~。いや~、全然知らなかった、本当に。これも時代の変化か。
じゃあ二人だけで組み立てるんだな?」
そう言われて高実と上杉は、再び驚愕の表情をした。
上杉「ふた、二人!?」
高実「・・・え、ええっと、・・・生徒さんたち、とかは?」
そう聞かれて見城は逆に聞き返した。
見城「生徒?・・・手伝うって事?」
高実「え、ええ、・・・まぁ、そうです・・・。」
言葉尻が弱々しく、高実はそう答えた。
見城「それもできない。みんな文化祭で忙しいんだ。それに怪我なんかしてしまったら
もっと大変だ。これも時代の変化だ。」
そうきっぱりと見城は答えて見せた。
高実「・・・まぁそうですね。確かに、怪我とかさせたらいけない。・・・わかりました。」
見城の言葉に高実は納得するしかなかった。
見城「そういう事だ。じゃあ後はよろしくな。」
そう言って見城はこの場から去ろうとした時、慌てて高実はこう問いかけた。
高実「あ!え?今からどこへ?」
すると見城は立ち止って高実と上杉に伝えた。
見城「あ?俺は今から、生徒たちの様子を見なきゃならないから。担任だから。だから任せたぞ。
本当に頼むな。また、様子見にやってくるから。そして今日はありがとう!」
そう言って見城は、校内の方へと消え去って行った。