その2
○○市立樹布中学校。見城がここに赴任してから、今年で三年目を迎える。見城は教師になって初めての学校となる。それから三か月後にはいきなり、一年生の一クラスの担任を任される事となった。その事について見城は、歩きながら高実に話していた。
高実「・・・と言う事は引き続き、二年も三年も同じクラスの担任ですか?」
見城「いや、クラスとか生徒の顔触れは変わったけど、でも今は三年の担任になってはいる。」
高実「あ、そういえば、クラス替えってありましたね。」
見城「とにかく、新鮮で楽しいよ。多少はややこしい事とか、無力さを感じる事もあるけど、
時が経てば解決するって事もある。俺もまだ新米だからな。」
二人は同じ速度、同じ歩幅で共に体育館へと向かっていた。この時見城はふと空を見上げて、目を細めていた。それを見て高実はちょっと戸惑いながらも、今回の件について尋ねた。
高実「・・・じゃあ今回の依頼は、三年生への記念として、こういう事をしようと?」
すると見城はふと立ち止まった。そして一瞬考えこんだ後こう答えた。
見城「・・・う~ん、まぁ、それも、・・・あるかな?」
この時見城の顔つきが変わった。そして雰囲気も若干曇った。そんな見城の顔色や雰囲気の変化に、高実は聞いてマズかったかなと思った。と同時に今抱えている見城の、問題の深さや複雑さをふと感じた。もちろん聞いてもよくわからない事だし、解決できる筈もないけど高実としては、単なる記念の大会だけではないような、他にもいろんな事があって、それらを払拭したいかまたあるいは忘れたいのか、本当様々な事がある上での依頼なのだろうと、高実は思いを巡らせた。反対に見城としてはそう言ってしまった後、少し言葉を間違えたかなと思っていた。何故なら高実も顔色が若干曇った様に見えたからだ。そう答えてしまって高実に変な、余計な事を与えてしまったかも知れない。そう感じて見城はすぐ様取り繕うように、高実に笑顔でこう言葉をかけた。
見城「まぁ、そう勘繰るな。そっちはただ思い切り、全力でやってもらえればいいんだ。」
高実「・・・ええ、まぁ、そうですね。・・・わかりました。」
と高実は静かに言葉を返した。そして二人は再び歩き出した。
この日樹布中学校は文化祭が行われていた。一年に一度だけで毎年十月に開催される。なので高実たちだけでなく、他にも多くの客が訪れていた。当然生徒の親御さんやその友だち、学校関係者や先生たちの友人・仲間とかも来ているようだ。だからいつもと違って校内は大いに賑わっている。この風景は毎年文化祭での恒例である。
見城「で、他は?」
高実「あ、はい、ええっと、あと二時間後くらいに来ると思います。」
見城「・・・そうか。まぁ、二時からだもんな。うん、わかった。」
と言って見城は納得した。また高実は少しだけ気になる事があったので、ついでに聞いてみた。
高実「・・・でも、折角なんですけど、校内で、こんな雰囲気の中で大丈夫ですか?例えば
来ている人たちとか、特にPTAとか・・?」
それを聞いてまた見城は立ち止った。そして無言で高実を見つめた。この仕草に高実は当然うろたえて、慌てて言葉を補足した。
高実「あ、いや、そんな、すいません。・・・でもただ、依頼をみんなに話したら正直、やっぱり
戸惑ってましたよ。実は今でもそう思ってる奴もいます。学生生徒とかなら盛り上がるだろう
けど、果たして・・・ええ、PTAとかはどうかなと・・・?」
そう言って気持ちがネガティブになっている高実に対して、見城はスパッと言い放った。
見城「だったら何で今、こうしてやってきたんだ?ダメだったら始めに断れよ!」
高実「あ、ああ、・・・・。」
そう言われて高実は思わず言葉を失った。この時の見城の姿がまるで、その当時学生チャンピオンであった時のオーラで、力強くそして威厳を感じさせたからだ。同じくその当時プロレスサークルに入りたてだった、新人の高実にとっては何一つ言い返す事ができない、まさしく雲の上の存在だった見城にそう言われて、高実は今金縛りにあったかのように動けずに、そして緊張感に包まれていた。
見城「・・・ふっ、大丈夫だ、それは。」
急に笑顔になって見城は高実に答えた。けど高実はまだ緊張している。
見城「・・・確かにわからなくもないけど。まぁ、中には生まれて初めてプロレスを見るって人も
いるだろうけど。そんな事は気にせずにいつもの通りで、そのままでやってくれれば
いいんだ。そしたら自ずと、自然に盛り上がるもんだって。そしてわかってくれるだろう。
だから大丈夫、気にすんな。」
と見城は笑って高実の心配を諭した。高実はこの緊張と緩和に、今心がふわふわした状態になっていた。