その12
昼休みが終わって午後一時を少し過ぎた頃には、リングの設営がすっかり出来上がっていた。高実を含めた団体のスタッフたちや、今回出場する選手たちが来たからである。このリングの周りには生徒たちが何人も、特に男子生徒たちが興味津々で集まっていた。そんな中リングの上では、レスラーたちがストレッチやウォーミングアップ、そしてリングの状態を身体で確認していた。
生徒たち「・・・おお。」「スゲェ。」「生のリングは初めてだ。こんな感じか。」
この間高実は団体代表者として、見城に連れられて校長室に来ていた。
高実「今回はご依頼頂きまして、誠にありがとうございます。」
と高実は失礼のないように校長に挨拶をした。
校長「いやいやこちらこそ。今回こういう催し?企画は初めてなので、本当によくわからなくて、
逆にご迷惑をかけてしまうかも知れませんので、予めお察し下さい。そしてある意味、
教育の一環としてどうか、生徒たちに明るく楽しく、また元気や勇気が伝わるように、
ご配慮よろしくお願いします。」
そう言って校長も高実に、丁寧な口調で挨拶を返した。
見城「・・・で校長、あの・・・?」
と見城が何か校長に言いだそうとした時、校長はその意味を察した。
校長「ああ、わかってる。彼はもうすぐここに・・・。」
と校長が言いかけたその時、室内の電話が鳴った。校長は受話器を取った。それはこの学校の事務員からであった。
校長「もしもし。・・・ああ、そうかね。・・・うん、はい。・・・じゃあそのままこっちに
通してくれないかね?・・・うん頼むよ。」
そして校長は受話器を戻した。そして言葉を発した。
校長「来たよ、彼が。立浪選手がね。」
それを聞いて見城はもちろん、高実も大いに嬉しそうな表情を見せた。この次の瞬間、校長室のドアにコンコンとノックする音が聞こえた。ドアが開いてまずその事務員の姿が見えた。
事務員「失礼します。お連れしました。どうぞ中へ。」
この次にようやく立浪富士美選手が姿を現した。
立浪「失礼します。おお、久しぶりだな!今日は呼んでくれてありがとう!」
と立浪が校長に声をかけると、校長も笑顔を見せて言葉を返した。
校長「いや~、相変わらず凄いな。昔と全然変わってなくて、本当うらやましいよ。」
そして校長は立浪を招き入れ、見城と高実を紹介した。
校長「で、彼らが企画して今回開催する事になったんだよ。見城君、この学校の先生でね。」
と紹介された見城は心が舞い上がって、思わず声が上ずった。
見城「は、はい!あ、あの私が、見城と申します!今回は本当にありがとうございます!」
それを見て聞いて、立浪はにっこりと笑って、見城に手を差し出した。
立浪「そうですか。いや、こちらこそありがとう。」
その仕草に見城は深々と頭を下げて、両手で立浪の手を握った。
校長「そしてこちらが・・・高実、さんだね。今回協力してくれた団体の代表者?でいいかな?」
そう言われて高実も、緊張を隠せないでいた。
高実「あ、はい。本当ローカルな、小さな感じでやってるもんで、本当立浪選手には、
似つかわしくないんですが、是非やりたい、協力したいと思ったので、・・・。」
と高実が委縮しつつ言ってるところ、立浪は見城の時と同じく手を差し出した。
立浪「いや、そんな事はないよ。リングがある。戦う場所がある。だったら大小なんて関係ない。
そこで試合をしてお客さんを満足させる事が、プロレスラーとしての職責だ。だから
僕も存分に協力するから、どうかよろしく頼むよ。」
この立浪の言葉を聞いて、高実は思い切り心を打たれたような、そんな表情をした。
高実「ああ、はい、・・・こちらこそ、よろしくお願いします!」
と言って高実も深々と頭を下げて、見城と同じく両手で立浪の手を握り返した。
校長「では、まぁ、座って。打ち合わせというか、説明・段取りを話してもらいましょう。」
と言って校長は三人をソファーに誘導した。校長と立浪が並んで座って、その向かいに見城と高実が並んで座った状態になった。そして見城は高実を促した。
見城「今回のカードを。」
高実「え、あ、はい。ええっと・・・。」
高実はこの時小さなカバン、サコッシュを持って来ていて、その中からA4サイズの紙を取り出した。そこには今回の試合の一覧・順番が並んで書かれてある。それをテーブルの上に置いて、校長と立浪の前に差し出した。二人はそれをじっくりと見つめた。
校長「ほうほう。」
立浪「う~ん。」
そんな立浪の様子・仕草に見城は目を奪われていた。少年だった頃を思い出せば、本当に信じられない光景だからである。あの立浪選手が目の前にいて、そして・・・。
立浪「・・・ああ、そうか。・・・ええ、わかりました。」
と立浪は理解して、淡々と答えた。この反応を一番気にしていたのが高実であった。今回のマッチメーカーだからである。
高実「・・・あの、・・・いかがでしょうか?・・・何か、何かあれば・・・?」
高実は恐縮しながら立浪に尋ねた。これにも立浪は淡々と答えた。
立浪「・・・いや、特にありませんよ。メインとして、僕は全力でやりますが・・・?」
と立浪から逆に質問されて高実は、慌てて何か言おうとした時、見城が横から入ってきた。
見城「まぁ、そうなんですけど、せっかくその、立浪選手ほどのレスラーが来て下さっているのに、
この、一試合二試合は本当、大学の、学生サークルでやってる連中なんですが、正直
メインも、この対戦相手も実は、そんな感じでさほど変わりません。戦う前にこう言うのも
なんですが、前もって話しておきたくて言います。素人は勘弁だって言うのであれば、
今からでも変更できます。それでもいかがでしょうか?」
見城は立浪を見つめて真剣に話した。その気持ちを察してか、立浪も本音で返した。
立浪「・・・その、プライドはさておき、プロレスラーとして真剣勝負をやる。それが大前提。
確かにそこに素人が入るのは、良くない。でもこれはこっちが確認、今こうして確認する
前に、もうすでにやるって覚悟を決めたからこそ、こうして今見せてる事でしょう?」
そう言った立浪の眼差しは、見城と高実を見つめていた。二人は静かに頷いた。
立浪「だったらもう、これはこっちもそう理解した上で、受け入れた事だから、今更変更する
なんて、それに対戦する本人たちの意思を、この場にいないのにその意思を無視というか、
気持ちを尊重せずに変える事は、その方が僕としては、不可解じゃないかな?」
と立浪は思いのほか熱弁した。この力強い発言に高実はまたまた恐縮した。がしかし見城は立浪に再確認させる感じで話した。
見城「機嫌を損ねさせてすいません。でも、確認のために聞きたかった事です。レスラーとして
もう一つ、あってはならない事は怪我です。怪我を一番させてはならないと思うんです。
だから、立浪選手と試合をして、もちろん何が起こるかはわかりません。そんな時に
怪我をする、させるってなった時、試合の後立浪選手が、『何で素人をあげたんだ?』とか、
『素人と戦う為に呼んだのか?』って、そうならないように、前もって話をしたんです。」
それを聞いて立浪は、一旦間を開けて、その後ゆっくりと話し始めた。
立浪「・・・そしたら試合前に一度会いますか?・・・どうなんですか?受け身の具合は?
ガタイは?しっかりと仕上げて今回臨んでいるのであれば・・・。もしそうじゃなかったら、
変更もできるし、こっちも経験があるからそれに合わせて、それなりにはできる。ただそれは
正直見ているお客さんにも、わかってしまうから。手を抜くって、そうしてるつもりはない
けど、そう見られてしまうって事でね。」
そう答えた立浪に対して、見城は覚悟を決めて立浪、その他校長にも高実にも、この企画の、大会の、メインの大義を説明した。
見城「いいや、是非!全力で試合をして下さい!実は今回・・・。」