その11
見城は赴任して、主担任である秋山のクラスの副担任となった。それから一か月後に秋山は産休に入り、見城はそのままそのクラスの主担任となった。その入れ替わる時期に、問題が一つ起こった。クラスの生徒一人が登校拒否になったのだ。それが馬場と言う女子生徒であった。
馬場曰く、いじめを受けての登校拒否で、それは今もなお続いている。それに関わったであろう生徒たちも、それは一年生の時で今ではすっかり反省して、今日は全く普通に学校生活をしている。もちろん馬場に対しては謝罪をしたいと思っているのだが、馬場自身がそれをも拒んでいるので、取り合えず手紙に書いて、秋山と見城は馬場の自宅へと行き、その手紙を馬場の両親に渡したままで、それっきりなのである。
秋山と見城は互いに、それならそれでも仕方ないと思っている。それは単にこの問題を投げたって訳ではなくて、当の本人の心がまだそんな状態で無理に連れて来ても、全然全てが解決したって事にはならないと思っているからだ。しかしこのままずっと何年も引き籠ったままでは困ると、学校としては別の学校に移っても、はたまたフリースクールに通ってでもいいから、とにかく外に出て再び元気を取り戻して欲しいと、そういう見解の手紙を見城に託して、見城はつい最近再び馬場の自宅へと行ったと言う事を秋山に話した。
秋山「・・・で?本人は?」
見城「ええ。本人に会いました。まぁ、元気そうでしたよ。」
秋山「そうですか。まぁ、それならよかった。」
と言って秋山は安堵した。そして見城は告げた。
見城「で、その時に言ったんです。今年の文化祭の事を。」
その時直接馬場に会った見城は、手紙を渡した後今年の文化祭の事を、見城自身がプロレスを、プロレスラーとして試合に出る事を伝えた。
見城『その証拠に時間があれば、この家の前を、何時頃になるかはわからないけどランニングして、
トレーニングするから、それを見ていて欲しい。そしてなおかつ文化祭に来て、試合を見て
欲しい。大丈夫、決してみんなにはバレないようにするから。』
馬場の自宅は秋山の自宅と、割りと近くにある。なので秋山も昔は馬場の自宅によって、本人に会おうと試みていた。が出産が近づくにつれて足が遠くなっていき、今では全然会わない状況になっていた。そんな時に見城があの日ランニングしていたのを見て、その意味を秋山はここで知ったのだ。更にそれが馬場を励ます為にわざわざ走っていたのかと、それも知って秋山は深く感心した。
秋山「いや、先生!本当に素晴らしいです!」
秋山は感極まってつい声を張った。それを見城は再び注意した。
見城「しっ、ちょっと先生、静かに。」
秋山「いやもう、本当に、私なんかもう恥ずかしいです。そこまでするなんて・・・。」
そう言って秋山は涙を浮かべていた。それにも見城は必死に宥めた。
見城「そ、そんな事ないですって。馬場については、そういう事で・・・。あと、山本の事ですが、
先生も一応、事情は知ってますよね?」
少し気を取り戻した秋山は、そう聞かれて素直に言った。
秋山「・・・まぁ、山本君の事は、何となく、受け持った事はないですが、授業で教えただけで、
はい、印象としてはありますけど・・・。」
男子生徒の山本は、二年生の時に見城がクラス担任となった。しかしその頃山本の両親が離婚した事によって、山本は少しずつ問題行動を起こすようになった。それがやがて傷害事件を犯す事になってしまったが、内容が軽度と判断されて裁判沙汰にはならなかった。でも山本はそれ以降学校に来なくなってしまった。そして静かにフェードアウトするように、いつの間にか住まいを引っ越して、それに伴って転校して行ったのである。だが見城は何らかの情報を得て、その山本の居場所を知る事ができた。そこで見城は自身の判断で、つい先日山本の自宅へと行って、山本に接見する事が出来た。何故なら見城はいつか何年後でもいいから、山本と直に話がしたいと思っていたからだ。すると山本はまだ精神的な衝動に駆られてか、今でも不登校で外出もあんまりしないようになっていた。なので見城は山本に、今年の文化祭の事を打ち明けたのであった。
見城「そういう事で、そんな二人をどうしても呼んで、どうしても見せたいと思ったから、この
プランにできればどうか、秋山先生に協力してもらいたいんです。」
こうして熱く語った見城の思い、そして意義を理解して、秋山は断る理由を見つけられない心境になっていた。
秋山「ええ、もちろん!是非とも、はい。私ができる事であれば、喜んで!」
そう笑顔で返事をした秋山に対して、見城もホッとした表情で感謝した。
見城「そうですか、ありがとうございます。では、・・・まだ準備段階なので、今後また連絡します
から。そしてこの事は当然内緒で、本当に。じゃあよろしくお願いします。」
見城はそう言って秋山に深々と礼をして、そして秋山の前から去って行った。