その10
午後になってからお互い授業の時間が空いたので、秋山は見城を廊下で見つけて、先程の話の続きを求めた。すると見城は、辺りに誰もいないかを確認してから、静かに話し始めた。
見城「・・・それは今年の文化祭での企画なんです。」
秋山「文化祭?」
樹布中学校は文化祭の事について、大体五月頃から教師の間で話が行われる。内容についてはほぼ毎年ルール等は変わらないが、その時々の文化や流行している話題について、生徒たちとのコミュニケーションも兼ねて、大人として許容できる範囲であるかどうかの、共有確認のための会議になる。例えば生徒たちから、こういう事がしたいと申請があるとする。それが今の世の中では流行していて、生徒たち若者にとっては、生涯の思い出の一つとなるのであれば、教師たちもその流行にしっかりとのっかり認識して、その思いを共有しようと踏み出す。ちなみに前年はダンスを取り入れ、教師生徒たち全員で踊った事がある。しかもそれをSNSに投稿するまでに至った。
見城「はい。それは僕自身が企画したんです。」
秋山「・・・先生自身が?」
逆に教師からの申し出もできる。これにも十分な審査が必要になる。ただ秋山が復帰したのが、本日の九月なので、今年の文化祭の話し合いには参加していなかった。
秋山「え!?プロレス!?」
そう言って大いに驚いた表情をした秋山に、見城は慌てて宥めた。
見城「しぃっ!静かに。」
秋山「あ、・・・ごめんなさい。」
と秋山は小声になって見城に謝罪した。そしてお互い気を取り直して会話を始めた。
見城「・・・実はそうなんです。今年の企画として、採用になりました。」
秋山「・・・そうでしたか。・・・と言う事はもしかして?・・・先生がやる?」
と秋山が恐縮しながら訪ねると、見城は笑顔で答えた。
見城「はい。だからみんなには内緒なんです。」
それを聞いて秋山は納得した。
秋山「なるほど。そういう事なら、はい、わかりました。」
見城「ありがとうございます。」
すると秋山は不思議そうな表情をして質問した。
秋山「・・・でも大丈夫ですか?段取りみたいなのはあるとしても・・・。」
そう言われて見城の表情が急に強張った。
見城「それはありません。真剣勝負です!」
その言葉と言い方を聞いて、見城の真剣な顔つき目つきを見て、秋山は再び驚いた。
秋山「・・・あ、すいません、変な事言って・・・。」
そして見城は再び力強く言い切った。
見城「プロレスは常に真剣勝負です。そうじゃないと、生徒たちの為にもなりません。きっと、
だからこそ、それが企画として採用された理由ですから。」
秋山「・・・はぁ~、・・・わかりました。・・・頑張って下さい。」
秋山は少し放心状態のまま、取り合えず見城にエールを伝えた。
見城「・・・そうです。真剣です。じゃないと、生徒たち、・・・特にあの二人には・・・」
と見城は視線を秋山には向けずに、何故か斜め上、遠い方向を見つめていた。
秋山「・・・二人?・・・え?お知り合いの方も来られるんですか?」
そう聞かれて見城は、突然視線を秋山に向けて、逆に聞き返した。
見城「あの二人です。馬場と山本の二人ですよ。覚えていますか?」
それを聞いて秋山の表情がハッとなった。
秋山「え?あの、馬場さんと山本君?ですか?」
見城は大きく頷き、そしてその二人の事を話し始めた。