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二人でぎこちないながらも世間話をしながら作業をする。私、人見知りなんだけど。
洗濯の仕方を丁寧に教えてくれる女性はとても可愛らしくてヴァンパイアには見えない。この王国に住む人にそんな印象を抱いたのは何度目だろうか。それほどに、人間に近しいものを感じるのだ。それも、このヴァンパイアたちにしてみれば嬉しいことではないのだろうけど。ヴァンパイアは基本的に人間を敬遠しているらしいから。中には友好的な人もいるそうだけれど。
「…あの、貴方は一体エヴァン様とどのようなご関係でしょうか…?」
川辺でやったこともない手洗いでの洗濯に奮闘していると、隣で手伝いを申し出てくれた女の人がそう尋ねる。
「えーと…」
ここで軽々しく王子のことを言ってもいいのだろうか。…否、決して良くはないだろう。
「貴方は人間のようですし…」
少し警戒しているのだろう。それでもエヴァンのことは信じているから、彼が連れてきた私を無下に扱うこともできないのだと思う。
「私は…」
彼女が抱く疑心を晴らさねばならないと思う。だけどそのための言い訳を咄嗟に思いつくはずもなく。彼女の不信感がどんどん膨らんでいくのが見て取れた。
「…この女は俺の婚約者だ」
後ろから私の首元に腕を回して引き寄せたのは
「エヴァン様…」
信じられないような嘘を吐いた、王子の護衛担当。この人は人間が嫌いではなかったか?
「…ふふ」
それでも女性はその嘘を信じたらしい。
「エヴァン様が珍しく感情をお顔に出される相手がいらしたものですから。なるほど、婚約者様でしたら納得です」
そんなことを言ったものだから、思わず背後にいたエヴァンを睨みつけた。
「よくもまあ、あんな嘘が言えたね」
女性が半分ほど洗い終えた衣服やシーツを干しに戻った後、二人きりになりエヴァンに向かって皮肉交じりにそう言う。
「そうしておいた方がいろいろと都合がいい」
「ああ…そうですか」
納得なんて全くしてないけれど相槌を打つ。すると少し考え込んだエヴァンがポツリと零した。
「…バレたらノア様に殺されるかもしれんな」
…なんて物騒な。
なぜ私たちが皇子に怒られるのかは分からないけれども。
「…お前は、この国が怖くはないのか」
エヴァンがいつもとは違った声色で告げる。それはどこか戸惑うようなもので。
「…怖くなんて、ないよ」
一瞬、間ができてしまったのは私を気遣うように見るエヴァンの瞳に、胸が詰まってしまったから。
「怖くなんてない。エヴァンも皇子も優しいもの」
もう一度、しっかりと答えを出すとエヴァンは安心したように微笑んだ。
「安心しろ。お前の血は不味そうだからな。俺は飲むつもりはないぞ」
「エヴァンは一言多いよね!」
怒りを込めた拳で隣を歩く彼の肩を叩く。けれどエヴァンは全く痛がることもなく、避けられるはずなのにそれもしない。ただ笑って私を見ていた。
つられて私も、笑った。
その後も掃除や洗濯に勤しんだ。私を引き入れたエヴァンにも当然手伝ってもらったのだけれど、他の人たちにとったらあり得ない光景だったようで。今まで何やってたの、この男。
「手伝うと言ってもここの人たちはさせてくれんかったからな。自分たちがやるから俺はゆっくりしていろ、と」
要するに皇子の側近であるエヴァンに仕事をさせるなんてできなかったのだろう。同情します。
「皆さん、これからこの人こき使ってくれて構いませんからね。力なんて有り余ってるんだから」
そう声をあげれば「は、はいっ」といい返事が返ってきた。さすが婚約者パワー。
エヴァンは私の言葉に不満そうだったけれど、私は間違っていないし本人も手伝う気は満々だから文句は言ってこず。
「なんで俺がお前のいうことを聞かねばならんのだ…」
なんて不満を零すから
「婚約者なんでしょ?私」
って返せば
「…本物の嫁はお前とは正反対の娘にする」
とまあ失礼極まりないことをブツブツと呟いていた。
「明日は食材持ってこようね」
「む。何故」
「ご飯食べて栄養つけなきゃダメでしょうが」
「…ふむ。そういうものか」
「皇子に頼んでみよう」
「…お前の頼みなら、あの方は喜んで聞いてくださるだろうな」
「…そういうものですかねえ」
「そういうものだ」