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先日はガラの悪い男たちに絡まれてしまったけれど、それ以外は楽しい観光だった。日本では見られない町並みは見るだけで感嘆の声を上げるほど。町の人たちはとても優しくてヴァンパイアだなんて忘れてしまうくらいだった。
「ねえ、皇子。また町に行ってもいい?」
仕事の合間を見計らって皇子の部屋を覗き込み、問いかける。振り返った彼は怪訝そうな顔をしていた。
「連れて行ってやりたいが…今日は仕事が立て込んでいてな…」
難しい顔の皇子に
「別に一人でも大丈夫だよ」
と言ったけれど、その表情からすると許してはくれなさそう。
「この間のようなことがあったらどうする?一人では行くのは許可できないな」
皇子の言うことは尤もだ。そう言われることを予想していなかったわけではないけれど。唇を突きだして拗ねれば溜息をつかれた。
「じゃあエリンと行く」
いいことを思いついたと彼に提案すれば、少し悩んだ後また首を横に振る。
「ダメだ。あいつは戦えない」
「えー」
不満たっぷりでそう返せば皇子は「そうは言われてもな」と困ったように笑った。
「では、私がご一緒しましょう」
低い声が私たちの間を通り抜ける。私の背後にいたのはエヴァンだった。皇子の眉がピクリと動く。
「私がサラ様をお守りいたします。それでよろしいでしょう」
そう言ってくれるエヴァンをキラキラと輝く目で見上げた。
「いいの!?」
「…仕方がないからな」
ぶっきらぼうだけど、照れたような表情をしているエヴァンが可愛い。皇子に「これでどうだ」と言わんばかりに視線を向ける。すると呆れたように溜息を吐いて
「…まあ、エヴァンならば安心だな」
と渋々首を縦に振ってくれたのだった。
「ありがとう、ノア」
椅子に座っている皇子の首に腕を回してぎゅっと抱きつけば、目を丸くしたその人が右腕をそっと私の背中に添えてくれる。
「…こんなに嬉しい褒美がもらえるのなら甘やかすのも悪くないか」
私の行動に機嫌を直した皇子は、諦めたように笑った。エヴァンはそんな私たちを見て呆れたように肩をすくめていた。
「はやく、エヴァン!」
無表情のエヴァンの少し前を歩く。振り向いて手招きすると彼は苦笑している。
「城下へ来てどうしたかったんだ?」
一応私にも関心を持ってくれているらしい。何気なく聞かれたけれど、特に理由はない。
「…皇子ばっかりに頼ってたらダメかなって」
少しは一人でも行動できるようにならないと、と思ったことは本当だ。皇子の話によれば、この国に人間が出入りすることは許可さえあれば問題はないらしい。珍しいことではあるそうだけれど。それに、私が皇子の女…であることは多くの民に伝わっているようで、顔も割れているそう。危害を加えてくる命知らずはそうそういないだろうが、王室に対して何かしら嫌悪感を抱いているような連中に捕まってしまう可能性もあり、そうなれば非常に危険だと皇子は言った。それでも私が黙って守られているような可愛らしい女の子ではいられない。…まあ、要するにただ宮殿でいてもすることがなく暇なだけなのだ。
「皇子がいなきゃ何もできないような女じゃないもの」
そう意気込んでいると、エヴァンはジトッとした目で見ていた。
「…じゃじゃ馬め」
彼がポツリと呟いた言葉は聞き逃さず。
「プリコンめ」
“プリンスコンプレックス”略して“プリコン”。“マザコン”とか“ブラコン”みたいなものだ。たった今私が作った。
「意味が分からないが、俺に喧嘩を売っていることだけは理解した」
ボキボキと指を鳴らすエヴァンに、成す術などない私は
「暴力反対!」
くそう、在り来たりな言葉しか出てこない自分が憎らしい!
「要するに、具体的に何かがしたいというわけではないんだな?」
呆れたようにそう言ったエヴァン。悔しいけれど図星で、頷くしかなかった。
「誰かの役に立てたらいいんだけど、皇子の仕事は手伝えないしエリンの手伝いをしようとしたら怒られるし…」
チラリとエヴァンを見れば何か思案顔だった。
「…ならば私俺の手伝いをするか?」
そう問いかけて暮れるエヴァン。でも彼の仕事は皇子の護衛のはず…。
「私、戦えないよ?」
そう笑えば「違う」と即答。
「俺がノア様に内緒でしていることがある。その人手が欲しい」
皇子に内緒って…まさかヤバいことじゃ…。
青ざめた顔で良からぬことを考える私に気が付いたのか、エヴァンは怪訝そうな顔をした。
「…何か誤解していないか?」
「…皇子に内緒で薬の売買とか?人身売買とか?臓器売買とか!?」
そう捲し立てる私に口元をピクピクと引き攣らせた彼が、今にも殴りかかってきそうだ。
「お前は俺をなんだと思っている」
舌打ちをしたかと思うと手首を掴まれて強引に連れて行かれるから、冗談じゃなく命の危険を感じた。