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「ですから、あれほど!」

「すまない、すまない」

謝罪の言葉を述べながらも飄々としている皇子。隣で歩くエヴァンは、それはもう鬼のような顔をしている。

「それが悪いと思っている方のお顔ですか!」

「これは生まれつきのものでな」

「ノア様!」

顔を真っ赤にしてそう声を荒げる彼は相当お怒りらしい。その理由は私にも分かっている。皇子が先ほど民に私のことを“自分のものだ”と告げたからだ。


「だから、別に問題はないはずだろう」

うんざりしたように皇子はため息をつく。エヴァンはとても皇子に信頼されているらしい。こんな風に言い合えるのはエヴァンくらいなんじゃないだろうか。それは昨日から会ってきた従者たちの誰もが、皇子に肯定の言葉以外発さなかったのを見て思った。

「…もう、お好きになさいませ。私には手に負えませぬ」

唇を噛みしめて、怒りを通り越し呆れを見せるエヴァン。マントを翻して皇子に背を向けた。

「…ああ、お前に言われずとも」

皇子も拗ねたようにふいと顔を背けた。まるで叱られた子どものように。

カツカツと靴底を鳴らして去っていくエヴァン。このままではいけないと思って、彼の後を追った。…正直に言うと、とても怖いけれど。

「おい、サラ…」

皇子の声を背に受けて、申し訳ないと思いつつエヴァンに駆け寄る。

「あの…っ」

私が追いかけてきたのが意外だったのか、ピタリと足を止め、怪訝そうな顔をして振り返った彼。

「…」

冷ややかな瞳に見下ろされて、無言の圧力に負けそうになるけれど。やっと発した声は少し震えていたかもしれない。

「わ、私を庇ってくれたの、皇子は…。だからそんなに怒らないであげて…」

くいっとエヴァンの服の裾を引っ張ってそう弁解する。きっと彼なら訳を話せば分かってくれる。多分、その怒りは丸ごと私に投げられるのだろうけど。


「…そんなことは、分かっている」

「離せ」と言われるかもと思った。それくらいの罵倒は覚悟していた。けれど、彼から落ちてきた言葉は冷たいけれどどこか柔らかくて、泳いでいた目をじっと彼に向ける。

「…あなたは、皇子がとっても好きなんだね」

ぽろっと出た言葉に、自分でも驚いた。エヴァンも同じように目を丸くしている。慌てて手で口を押えれば、目の前の男の指が私の前髪を掠めた。

「…お前は、不思議な人間だな」

私の目を見下ろしたその視線はさっきと変わっていないのに、もう冷たくなんて感じなかった。


「人間が、嫌いですか…」

私の問いかけに微かに頷く。

「厄介だ。面倒でひどく扱いづらい」

特に、人間の女はな。と付け足したエヴァンは意地悪く笑った…様な気がした。

「…だが、ノア様がお前を可愛がる理由が、少しだけ分かる気がする」

先ほど私の前髪を払いのけた指先が、今度は頬をするりと撫でる。

…あれ、私この人に嫌われているんじゃなかったの?

「…腹は立つが、ノア様があんなに楽しそうに笑うのを久しぶりに見た。お前が原因だろう」

ああ、本当に。この人は皇子のことが大好きなんだ。ただ、心配だから。だから怒っただけで、本当は誰よりも皇子に幸せでいてほしいんだ。笑っていてほしいんだね。


「…エヴァンさん、私とお友だちになってください」

もう、怖くない。私の言葉に呆気にとられて、調子に乗るなと頭を小突かれても。

「…エヴァン、でいい」

それだけを言い残して、今度こそ、去っていく後姿。ちらりと見えた耳が真っ赤になっていたのに私は思わず笑みがこぼれた。




「…まったく」

宮殿の白く丈夫そうな柱に背を預けて、事の成り行きを見守っていたノア。二人が何を話していたのかまでは聞き取れなかったが、ノアは危機感など少しも感じることはなかった。エヴァンがサラに向ける表情が思ったよりも柔らかかったことと、話が終わって踵を返した際に見えた顔がひどく真っ赤になっていたことが何よりの証拠。一触即発だった空気なんてどこへやら、あの堅物な従者の懐をいとも簡単に開いてしまった。

「…サラ」

「なあに?皇子」

自分のもとへと戻ってきたサラをじっと見つめる。先ほどエヴァンが触れた前髪に、同じように触れた。それはもう、無意識だった。

「…あれは、いただけないな」

頭に疑問符を浮かべるサラ。ノアは怒っているわけではないが、黙っておくのは我慢ならないようだ。

「服の裾を引っ張り、上目遣い…男を操るのが上手いな、お前は」

皮肉交じりにそう言えば、少し考えて

「え、そういうつもりじゃ…」

慌てて言い訳をする。そんな彼女がどうにも可笑しくて、その肩を抱き寄せるとふわりと抱きしめた。くっくっと喉を鳴らして笑うノアに、サラは彼の腕の中から抗議の声をあげたのだった。



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