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「…さて、お前はどうする?」

先ほどよりも近づいたノアの端正な顔立ち。

「…家に、帰ります」

少しその綺麗な目にも慣れた私は淡々と告げる。

「家はどこだ?従者に送らせよう」

そう言ってくれたのはいいが住所を答えればきょとんとする男。

「…それはどこの国だ?」

知らないという彼に、私は言葉を失った。

「え…?日本ですよ!この国でしょう!?」

ふざけているのかと声を荒げても、ノアは首を横に振る。

いくら川を流されたと言っても、島国である日本から他国へ海を渡ったと言うのか。そんな話、ありえない。

「じゃあここはどこです!?」

そう尋ねれば今度は彼が怪訝そうな顔をした。


「…ここは、アトレア。我がヴァンパイアの帝国だ」

…アトレア?そんな国、知らない。

それよりも気になったのは“ヴァンパイア”という言葉。そんなお伽話、信じる方がどうかしている。

だが視界いっぱいに映る男の表情は至って真面目なもの。

「…ヴァンパイ、ア…?」

震える声で繰り返しても、頭はそう簡単に理解してくれない。

ヴァンパイア…?

人の生き血を吸って栄養源とする不死身の怪物…?苦手なものは十字架、ニンニク、銀の弾丸…あと、なんだったっけ?

空想の中でしか存在しないと思っていた生き物。そんなに詳しいわけもない。明らかに動揺する私を見て首を傾げたノア。

「知らぬか…?」

私の顔を窺うように見る。

その問いにはかろうじて首を横に振ったが、どうしても、この状況が読み込めない。

「…それで、お前の家はどこにある?」

ぐっと噛みしめた唇。家はどこかって?

ここが日本でないと言うのなら、すぐに帰れるわけもない。帰り道なんてわかるはずがない。

「…帰れぬのか…。ならば、私のもとへくるか?」

身を震わせて答えられない私に、優しく声をかけてくれる。それは私が想像していたヴァンパイアとは印象が全く違っていた。

「…私の、血を飲んで殺すんですか…」

ぽつりと呟けば彼は声を出して笑った。

「私たちは意味もなく殺したりはしないさ。生きるために少しいただくことはあるがな」

彼の言葉に、少しだけ安心した。

「…来い、お前は私が守ってやる」

会ったばかりでも、私の頼りは彼しかいないのだ。そんな甘いセリフにも涙が出て何度も頷いた。

「…可愛いな、名は何と言う?」

「…沙良」

「私はノア。この国の皇子だ」

そう言われて、やっぱり身分の高い人だったんだと納得するとともに、とんでもない人に拾われてしまったんじゃないかと冷や汗が流れた。



湖から出て服を身にまとったノア皇子は、本当にお伽話に出てくる王子そのものだった。

服までがびしょびしょの私をその長いマントで包んで優しく包みこんでくれた。

水に入っている間は平気だったけど、あがってみれば少し身が震えていた。

ぎゅっとマントを握った時、そばの草むらがガサガサと音を立てる。

ビクッと肩が上がる私を片腕でぎゅっと抱きしめて身を固くする皇子は戦闘態勢。

じっと目を凝らしてみればそこから飛び出してきたのは小さな子犬。

…そう、私が助けたあの子だ。

子犬までも、この不思議な世界に迷い込んでいたのか。肩の力を抜いた皇子から離れ、小さなその身体を抱き上げた。

「…それは、お前の犬か?」

そう聞かれたから事情を説明するのも億劫だったこともあり黙って頷いた。

犬を抱いたままの私をどこからともなく現れた栗毛色の馬に乗せると、後ろから手綱を掴んで勢いよく走らせる。

…馬とか初めて乗ったんだけど…。

やはりここは21世紀の日本ではないらしい。

だけど瞬間移動の様な体験も、馬に乗ることも、目の前にヴァンパイアがいるということに比べたらすごくちっぽけなことに思えた。

「サラがいた国は、馬に乗らないのか?」

ふと声をかけられて、我に返った。

「え?」

顔だけで振り返ってみればくすくすと笑う綺麗な男。

「乗り慣れていないのだな、身体が硬いぞ」

そう言って身を寄せてくる。

「もっと楽にすればいい」

彼の言葉にふっと力を抜き、身体をノア皇子の胸に預けた。

「いい子だ」と優しい声が降ってきて心地よくて眠気が襲ってくる。

…なんでだろう。この人の声はすごく安心する。

この人の温もりはひどく落ち着く。

まず、この“人”と言うのが合っているのかどうかはわからないけれど。

「サラ、お前の髪は美しいな」

さらりと撫でられた髪。頭のてっぺんにキスを落とす彼はまるで気障な王子のよう…

「あ。皇子なのか…」

自分で突っ込んでしまう。

皇子は「面白いやつだ」とクスリと笑ったあと

「抱き心地もいい」

とお腹をつつく指。それを無言で握り潰そうとすれば「…馬鹿力だな」と慌てて引き抜かれた。

「…言っておくが、私の部屋にしか空きはないぞ」

皇子の言葉に勢いよく振り返ると、にやりと笑う彼の顔が間近に見えて思わず顎を引く。

「…覚悟は良いか?」

そんな色気を含んだ瞳にぞわりと鳥肌が立った。

…どうしよう。

訳も分からぬ世界に来て、早くも貞操の危機?

冗談じゃないよ!!



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