桜の下で
よろしくお願いします。
満月の明かりの中、さあっと吹き抜ける風に、桜の枝が痛々しげにしなる。
引き千切られた淡い桃色の花びらは、おびただしい血溜まりに降り注ぎ、真っ赤に染められる。
その血溜まりの中心には、息も絶え絶えの少女が横たわり、傍らには悲愴な表情の男がいる。
少女はまだ十代後半くらいで、あどけない顔つきをしている。髪と瞳は闇と同化しているのかと思うほどに見事な漆黒だ。
対する男は二十代前半くらいで、精悍な顔つきをしている。ただ違うのは、男はこの国には珍しい赤毛で青い瞳をしていた。
少女は力を振り絞り、男に手を伸ばす。ただでさえ白い指先は更に色味を失っている。男は慌てて少女の手を握る。
「……いいから無理するな。お前は助かる。俺が必ず助けてやるから……!」
だが、少女は儚げな笑みを浮かべ、弱々しく首を振った。
「……私、は、もう、助から、ない、わ……あな……たは、生き、て……」
「嫌だ! 一人でなんて生きられない。それなら、俺も一緒に死んでやる!」
男の目に狂気が宿る。
「……だめ、きっと……また、あえる……」
「嘘だ! お前は生まれ変わりを信じていると言った。だけど、本当に生まれ変わった奴なんているのか? わからないだろう。それに、生まれ変わったとしても、そいつはもう、お前じゃない。俺はお前じゃないと駄目なんだ。だからお前一人では逝かせない。俺だけじゃなく、お前をこんな目に遭わせた奴らも道連れにしてやる」
「やめ……て、誰の、せい、でも、ない……きっと、いつか、探し……やく、そ……」
く、と言い終わる前に、少女の手から力が抜けた。先刻まで意思の感じられた瞳は空虚になり、何も映さない。
酷い傷を負い、痛く苦しかっただろうに、少女の顔はうっすらと微笑んでいるように見える。
男は少女の手をゆっくりと下ろすと、その白皙に手を這わせた。
少女の顔の造詣を確かめるようでいて、その奥に秘められた、少女の生を感じさせる脈動を確かめたかったのかもしれない。
だが、少女の体温は徐々に奪われていく。
「……まだ、温かいのに、嘘、だろう……?」
男は涙声で呟いた。ぼうっとしている間にも、少女の温もりは消えていく。
少女がどこかに行ってしまいそうで焦った男は、少女の体を搔き抱き、首筋に顔を埋め、懇願する。
「お願いだ……何か、言ってくれ……!」
応えはなく、静寂の中に、ただ、男の慟哭の声だけが響く。
男の体は小刻みに震えている。どうしようもない苛立ち、怒り、悲しみ、憎しみなどが男の心を支配している。
誰に聞かせるでもなく、男は呟く。
「……約束する。いつか、お前を探し出すから……」
男の言葉に反応するように、風が桜の枝を揺らした──。
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