第五話 揶揄い上手
「それで、うちのリアとはどういう関係なのかしら?」
まだ知り合いだとすら伝えていないのに、セリナさんの中で俺は既にリアナの知人になっているらしい。
どこにそんな要素が、と思ったが、そりゃ自分を見て娘の名前を口走る男が目の前に現れたら、何か関係あると思うのが自然か。
しかし、リアか。リア。うん、いい響きだ。彼女に良く似合っている愛称だ。
いや待て。俺はもうフラれているんだぞ。
リアナの愛称を聞いて何を納得しているんだ。
そもそも今の状況が可笑しい。
何故俺は失恋した相手の実家に転がり込んで、失恋した相手の母親に関係を聞かれているんだろう。
「ユーグくん?」
「あ……いや、リアナとは、知り合いというか、パーティを組んでいたというか」
「あら、今は違うの?」
「まあ……情けない話ですが、彼女達と実力が離れていきまして、実力不足で最近脱退したばかりでして、はい……」
「あ、そうなのね……」
暗い雰囲気になる事が分かっていたのに何馬鹿正直に話してんだ俺は。
まずい。脱退したことはまだしも、彼女にフラれた事は絶対に口にしてはいけない。
俺もそうだけど、実家にフッた男がやってきて、家族にフった事を話されるなんて迷惑にも程がある。
今でも十分迷惑を通り越している気はするが、とにかくはぐらかさなければ。
「まあ、そんなわけで今は彼女とは顔を合わせていませんが、俺がパーティに居たのも最近の事ですし、元気にしていましたよ」
「そう、元気でやってるのね」
その言葉に安心したのか、セリナさんはほっと息を吐いて笑みを浮かべる。
しかし見れば見る程、リアナと似ている。
本当に母親なのか疑問に思えてしまう。肌がきめ細やかで若々しく、お姉さんでも通るのではないか。
彼女の無事を伝えられたなら、このよく分からない状況も悪くはないか。
「それで、ユーグくんはリアの事が好きなの?」
「ブフッ――ゴホッ、ゴホッ、な、何を言って……」
予想外の質問に出されたお茶を飲んでいた俺は盛大に咽た。
ダメだ、俺この人苦手。怖い。
「えー、だってユーグくん、リアの名前呼びながら、凄い特別な人を見る目で私を見てたでしょ? もしかしてそうなのかなあって思って――あら、当たっちゃった?」
「勘弁してください……」
「あらあらまあまあ! 顔赤くしちゃって可愛いわねえ。うふふ、うちの子可愛いでしょ?」
「いや、まあ世界一可愛いですけど――じゃなくて!」
「わあ、本当に好きなのねえ」
くそ、調子が狂う。
ふと横に目を向けると、ルーカスさんが同情めいた視線を俺に向けていた。
「なんだよその目は……」
「いや、俺もセリナさんには同じ目に合ってるからよ……しかも相手は本人だぞ。少なくとも俺よりはマシだ」
「マジかよ……なんかすまん」
ルーカスさん、あんたセリナさんに惚れてるのか。
悶絶必至の出来事を暴露してくれたルーカスさんに黙祷を捧げる。
そんな俺達を横目に、若い少女のように目を輝かせてセリナさんは話を聞く気満々でいる。
普通ならいい年こいてと言う所だが、この人の場合は年齢不詳で無駄に似合うから始末が悪い。
「それでそれで? ユーグくんはパーティを脱退した事で距離が離れてしまう前に想いを告げよう、なんて事は考えなかったの? ほら、物語でよくあるじゃない! 引き離される二人。離れ離れになる前に少年は少女に告白する……少年の愛の言葉に少女は胸をときめかせて――きゃあああ!」
「あんた自分の娘が当事者の恋愛事情を何大げさに話を膨らまして盛り上がってんだ」
リアナに良く似た容姿できゃぴきゃぴ言ってるこの人に遠慮するのも馬鹿らしくて、思わずツッコんでしまった。
もう、詮索されるのも面倒になってきた。
「あのですね、俺もうフラれてるんですよ。それはもう見事に玉砕、木っ端微塵、塵も残らない程に」
「へ?」
「自分より強い男じゃなきゃそういう目で見れない、俺の卑屈な所も無理だと諦めている態度も気に入らないと、言われたんです。だからもう終わった事なんで、これ以上はリアナの為にも詮索するのはやめてもらいたいです」
「……あちゃー、そうなのね。ごめんなさい、ちょっと揶揄いすぎたわね」
ちょっとどころじゃないけどな。
畜生、何で瘡蓋さえできてない真新しい傷口を弄り倒されなきゃならないんだよ。
「――でも、それでもう諦めちゃうの?」
「……何が言いたいんですか」
「だって、諦めている態度が気に入らないってリアに言われたんでしょ? なのに言われっぱなしで諦めちゃうんだって思ったのよ――それこそ、リアの気に入らない態度なんじゃない?」
悪戯っぽく微笑むセリナさんを睨みつけていたが、脱力感が押し寄せて肩を落とす。
「揶揄わないでくださいって言った所なんですけどね。リアナがそういう意味で言ったんじゃない事は分かってるでしょう」
「そうね。だけど、言われた側がどのように受け取るかは自由なのよ? 一つ助言しておいてあげる。恋愛はね、押した者勝ちなの。私も夫に押し切られて絆されちゃったもの」
「押した者勝ち、ですか……まあ一理あると思いますが、俺の場合は恋愛対象という土俵にさえ立ててないですから」
「だーかーらっ、そういうとこなのよ! 土俵に立ててないなら立てるようになればいいじゃない」
「なんで俺、フラれた相手の母親に諦めないように諭されてるんだろう……」
でも、言ってる事は至極真っ当だった。
言われた通りに考えを改める訳ではない。だけど、強くなればいいという単純明快な目標は今の俺には魅力的に思えた。
「助言を頂きありがとうございます」
「うんうん、あの子、ああ見えて甘えん坊だから。甘えてもらえるように強くならなきゃね!」
動機が不純な気はするが、想像したら幸せな気持ちになれた。
顔がにやけるのを堪えていると、家の奥から物音が聞こえた。
「お母さん、お客さんきてるの?」
幼さの残る可愛らしい声に顔をそちらに向けると、肩にギリギリかからない髪の長さの女の子が立っていた。年は俺よりもいくつか下だろうか。幼さの残る顔立ちには、セリナさんとリアナと同じ血が流れていることが伺える。
ただ、一つ彼女らと違う点を挙げるとするならば、この女の子には儚い印象を受けたという事だ。
「ミア、もう起きて大丈夫なの?」
「うん、お薬も飲んだから、心配しないで。あの、初めまして。ミアナと申します。聞き覚えのない話し声が聞こえてきたので気になってしまって……お邪魔でしたか?」
セリナさんの心配気な声に弱々しくもにこりと笑顔で返し、俺に視線を向けて自己紹介をした。
察するに、リアナの妹だろうか。
「初めまして、俺は冒険者をしているユーグです。あー、騒がしくしてごめんね。むしろ俺がお邪魔しているから、そろそろお暇しようとしていた所だよ」
「そう、なんですか……お姉ちゃんの事を話してたみたいなので、一緒にお話を聞きたかったんですけど……」
そんな残念そうに目を伏せられると、良心を揺さぶられる。
とはいえ、そろそろ依頼の標的の調査に向かわなければならないのも確かだ。
「俺で良ければ、また時間がある時にでもお姉さんの事、話すよ」
「本当、ですか?」
「ああ、約束だ」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」
俺の言葉に、ぱっと顔を明るくして喜ぶ姿を見て、姉の事を慕っているのが良く分かる。
「それなら、今日の晩御飯一緒に食べる? おばさんももっと話聞きたいし」
「セリナさんはこれ以上何を聞くって言うんですか……御迷惑にならないのであれば、いいですけど」
「じゃあ決まりね。御飯作って待ってるから、気を付けて行ってらっしゃい」
「なあ、その飯は俺もありつけるのか……?」
「やだ、当たり前じゃない。仲間外れになんかしないわよ」
黙って成り行きを見守っていたルーカスさんが立ち上がる。
「そういう事なら、ユーグには依頼の事を早く片付けて貰わねえとな。俺も一旦家に戻るぜ。おい、行くぞ」
「では、また後で」
二人に礼をして、ルーカスさんに続いて家を出た。




