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不退転の聖痕~フラれた男の諦められない冒険譚~  作者: 狛月ともる


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第四話   彼女の面影


 一旦森を引き返して開けた場所で、俺とルーカスさんは夜を明かした。

 翌朝、残りの道中を共にしている。


「へえ、ユーグは鋼級なのか」

「ああ、特に珍しい事でもないさ。何年か地道に経験を積めばどんなに才能が無くても鋼級にはなれる。俺と同世代で凄い奴はもう金級になってたりするしな」

「そういうもんか。俺は冒険者の事は良く知らないが、冒険者ってえのは、魔物相手に戦ってるだろ? 命を落とす奴だってごまんといる中、生き延びてるってだけでも十分誇っていいと思うがなあ」

「考えようによってはそうかもしれないな。でも、俺は今の実力に不満だらけだよ」


 死なない事だけを前提に冒険者を続けるのは簡単だ。

 危険を冒さない。無茶な依頼は引き受けない。勝てるか分からない相手からはすぐに逃げる。

 もちろん、冒険者として分を弁えて行動する上で必要な事ではある。


 だが、強くなる為には時にリスクを含んだ選択をする必要があると思う。

 現状の俺が言えた事ではないが、きっとそうなのだ。

 今まで危険を冒してこなかった男が、ここにいるのだから。


「……現状に不満を抱くってえのは、大事な事だぞ。満足しちまったら、そこで止まっちまうからな、がははっ! ――痛つつっ」


 陽気に笑い声を上げて傷口に響いたのか、顰め面に変わるおっさんの顔に噴き出す。


「あ、てめ、笑うこたあねえだろ!」

「ああ、悪かったって」

「ったく。そういや、うちの村からも冒険者になった娘がいたな。ユーグと同じ年頃でな。サリアナにいるとは聞いてるけど、元気でやってるといいんだが」

「へえ、そうなのか。もしかしたら顔見知りかもしれないな」

「すげえ美人だからユーグも知ってるかもしれねえな――っと、村が見えてきたな」


 太陽が昇りきる前に村が見えてきた。

 村の入り口で止まった馬車を降りて、伸びをする。

 ルーカスさんも降りると、村の人が駆け寄ってくる。


「ルーカスさんおかえりなさい――ってどうしたんだいその傷!」

「ああ、帰る途中で魔狼に襲われてな。そこにいる冒険者の兄ちゃんに助けてもらったんだ」

「どうも、ユーグです」


 集まってきた村の人達に頭を下げて、名を名乗る。


「ギルドから依頼を受けてここまで来たんですが、それは後にして。ルーカスさん、早く手当てした方がいい。やせ我慢してたの丸分かりだから」

「ちょ、おま、それは気付いてても言わないのが人情ってもんだろうが!」

「まあまあ、ありがとうねユーグさん。ほら、早くセリナさんとこに連れてくからね」

「分かった、分かったから押すなって! ユーグ、また後で礼はすっから!」


 おばさんがニコニコと笑いながら、ルーカスさんの背を押してその場を離れて行った。

 それを苦笑で見送って、残った村の人達の方を向いた。


「あの、そんな訳なので村長さんの所に案内してもらいたいんですが……」






「いや、ようこそいらっしゃった。依頼を出してもなかなか来ないので、どうしたもんかと頭を悩ませていた所でしてな」


 村長の家に案内された俺は、好々爺といった雰囲気の村長に歓迎された。

 出された茶を啜り、一息吐いた。


「子鬼の討伐ですから、鉄級パーティが受けるような依頼が数日かかる距離というのは、その、冒険者の間ではあまり人気がなくて……すみません」


 俺自身、ソロで肩慣らし程度に仕方なくという本音もあって、罪悪感が少し出て頭を下げる。


「いやいや、よいのです。そうであっても、今こうしてあなたが出向いて下さった。こんな田舎ですからな、仕方ありません」

「依頼はしっかりとこなします。子鬼程度なら俺一人でもどうにかなるので、御心配には及びません」

「うん、うん。それは心強い。儂らは一般人、戦う術を持ちません。自警団はおりますが、それを駆り出すと村の警備が疎かになってしまう。ユーグくん、頼みましたぞ」

「任せてください。では、子鬼の群れの目撃場所はどの辺りですか? 後、どのぐらいの規模だったかを大まかでいいのでお願いします」

「うむ、一週間前に目撃されたのは村の北東、ラグフォール山の手前の森との事。規模は確認できただけでも五、六十匹はおるようですが、奴らは繁殖速度が速い。今頃はもう少し多く見積もっておくべきでしょうな」


 一週間前に五十匹程、か。

 村長が言う通り、子鬼の繁殖速度を考えるとその倍の百はいると思っていた方がいいだろう。


「分かりました。では本格的に討伐に動くのは明日にします。今日は正確な奴らの位置と規模を把握する為に調査する時間に当てさせてください」

「面倒をおかけしますが、よろしく頼みましたぞ。おお、そうじゃ。寝床は狭い所ですが、儂の家を使って下され」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて――」

「その必要はないぜ村長! ユーグは俺ん家に泊まって貰うからよ」


 急いで来たのか慌ただしく入ってきたルーカスさんを、咎めるように村長が睨む。


「これ、ルーカス。客人がおるというのに慌ただしい。ユーグくんと知り合いなのか?」

「おう、帰り道で魔狼に襲われちまってよ。その時に依頼でこの村に向かっていたユーグに助けてもらったんだ。命の恩人をもてなさない訳にはいかねえだろ」

「むう、そうだったのか。ユーグくん、こやつがこう言ってますがよろしいですかな?」

「ああ、俺は構いませんよ。雨風が凌げるだけでありがたいですから」

「ではそのようにしますかな。ルーカス、失礼のないようにな」

「分かってらあ。じゃあユーグ行くぞ!」


 用件は済んだとばかりに出て行くルーカスさんに続いて、村長に礼をして家を出た。

ルーカスさんの横に追いついて並んで歩く。


「肩の傷、良くなったみたいだな」

「おうよ、セリナさんの治癒術にかかればあっという間だぜ」

「治癒術を使える人がこの村にいるとは驚いたよ。サリアナでも珍しいのに」

「まあセリナさんは特別だからよ。そのセリナさんにお前の事を話したら話を聞きたいって言ってたぜ」

「俺と話を? そりゃまたなんで」

「さっき村で冒険者になった娘がいるって言ってただろ? セリナさんはその娘の母親なんだよ。娘が元気にやっているかどうか気になっているらしくてな」

「おいおい、俺はその娘の事を知らないのに話せる事なんてある訳ないだろ」

「そうなんだけどよ。でもあいつ、噂じゃ金級に上がったらしいから有名なんじゃねえかと思ってよ。まあとにかくセリナさんに会ってみてくれよ――ここだ。おーいセリナさん、連れてきたぞ!」


 俺と同年代の凄い美人で金級冒険者? おいおいまさかそれって――。

 ルーカスさんは一軒の家に立ち止まり、扉を数回叩いて呼びかける。

 中から足音がパタパタと近づいてきて、扉が開いた。


「はーい。あら、早速連れてきてくれたのね! いらっしゃい、ユーグくん、でいいのかしら?」


 現れたのは、彼女が成長していけばこうなるだろうと思われる大人の魅力を兼ね備えた――完全版のリアナだった。


「リアナ……?」


 思わずそう口にした時には既に遅く、


「まあ! やっぱりリアの事を御存知なのね! 話を聞かせて頂けるかしら? あの子ったら全然顔を出さないから心配なのよね。ささ、狭い所だけど入って入って!」


 娘の名を口にした事で目を輝かせたセリナさんは、ここぞとばかりにまくし立てて俺を家に連れ込もうとしてきた。

 この人、リアナとは違って強引だ。

 でもあまりそれを嫌だとは感じなかった。これが美人の成せる業か。

 想い人に良く似た――というか親子なんだが、それでも良く似た顔の人に急接近されて、どぎまぎしてしまう。


「おーいセリナさん、ユーグが困ってるから落ち着けって。っていうかやっぱりリアナの事知ってたんだな。ここで話すのもなんだ。とりあえず中に入ろうや、な?」


 ルーカスさんにポンと肩を叩かれ、俺は諦めて首を縦に振った。

 どうやらこの村は、リアナの故郷だったらしい。

 彼女の面影に強く重なる柔らかに揺れる金髪の後を、とぼとぼと着いて行く。




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