第三話 人助け
依頼を引き受ける事が出来たので、ギルドを後にする。
ちょっとした遠出になるので、今日の内に必要な物を準備しておこう。
市場で数日分の日持ちのする食糧を買い込んで、装備の点検を済ました頃には日が暮れかけていた。
「もうこんな時間か……そろそろ宿に戻ろう」
夕暮れに照らされた通りを歩いていると、昨日の記憶がふいに蘇る。
リアナの失望と軽蔑の入り混じった冷たい視線を思い出すだけで、気分が萎んでいく。
彼女にとって、俺は取るに足らない存在なのだと思い知らされるような感覚。
仲間として認識されていても、頼りになる仲間では無かったのだと、あの眼が語っていた。
「俺だって、俺にだって力があれば……」
情けない。
惨めな自分を嘆いたってもう遅いんだ。
俺はリアナにフラれたし、仲間からは見放された。
自分の実力不足が招いた事だ。
仲間の強さに胡坐を搔いて、一緒に居たいが為に停滞を受け入れていたツケが回ってきた結果だ。
忘れよう。
こんなモヤモヤする気持ち、抱えてたって何も良い事がない。
どうせなら、あいつらを見返すぐらい強くなって、等級も金級まで上げるという目標を持って生きていく方が有意義だろう。
ふと顔を上げると、前方から歩いて来る見慣れた身なりをした複数の男女が見えた。
咄嗟に、通りの脇に逸れた路地に駆け込んだ。通りから気付かれないように物陰に隠れる。
セルウィン、達だ。
彼らは俺の潜んだ路地裏を談笑しながら通り過ぎて行く。
楽しそうだな。
俺が居なくてもパーティは問題なく上手くいっている事に、少しの安堵と、孤独感に苛まれる。
通り過ぎていく元仲間たちを眺めていると、リアナの視線がふいにこちらに向いた。
リアナはピタリとその場で足を止めて、俺の方を見つめている。
「リアナ、どうしたの?」
「……いえ、何でもないわ。ちょっと知り合いがいたような気がしただけ。でも、気のせいだったみたい」
「ふーん、それより早く宿に戻って休むわよ! あのグズが急に居なくなって雑用した分くたくたなのよねえ。どっかの誰かさんが勝手に追い出したおかげで!」
「それは僕の事を言っているのか? 独断で決めた事は朝に謝ったはずだ。これ以上蒸し返されても困るな」
当てつけるように文句を垂れるララと、苦笑を含んで返すセルウィンの会話が聞こえる。
そんな会話がされている間も、リアナはこちらの路地を見つめたままだった。
それも暫くすると、ふっと視線を前に戻して足を進め始めた。
「そうね。早く戻って休みましょう――彼がいない穴はちゃんと埋めなきゃ」
遠ざかっていくリアナが最後に呟いた言葉には、心なしか後ろめたさが秘められた響きがした。
翌日の朝、宿を出た俺は城門を出た。
昨日引き受けた依頼をこなすのにワズール村へと向かう為だ。
先程もう少し早ければワズール村に帰る馬車があったのにと、衛兵から同情混じりに教えられて落胆した所だ。
馬車に相乗りさせて貰えれば予定よりも早く村に行く事ができたのだが、過ぎてしまった事は仕方ない。
気を取り直して地道に歩いて行くしかないだろう。
街道をひたすら歩き、日が暮れかけてきた頃になってようやく森が見えてきた。
そのまた向こうにはうっすらと、ラグフォール山が聳え立つのが確認できる。
今日はこの辺りで野宿する事になるか。
火を起こす為に枯れ木を探しに森に入る。
森の中は魔物がどこに潜んでいるか分からないので、慎重に進む。
「ん? 何か聞こえる――?」
鬱蒼と茂った森の中で必要分の枯れ木を拾った所で、森の向こうで人の叫び声が聞こえた。
声がした方は街道が森に続いた道がある方角だ。
人が魔物に襲われている。
そう思った時には、集めた枯れ木を放り捨てて走り出していた。
木と木の間を全速力で走り抜ける。
人間の声と、魔物の唸り声が段々と鮮明に聞こえてくる。
もう、近い。
開けた場所に出た。やはり街道から続いていた道だろう。
辺りを見渡すと、馬車の周りに狼に似た魔物――魔狼が五匹程で囲んでいる。
ガタイのいい中年の男が剣を振り回して牽制しているのが見えた。
腰に下げていた魔導剣を鞘から抜く。
持ち手から魔力を注ぎ、黒い刀身に走る魔導紋が発光した事で起動した事を確認。
一番近くにいる魔狼に向かって駆けだす。
馬車に夢中の魔狼がこちらに気付いた時には、剣を振り下ろしていた。
起動させた魔導剣の鋭い切れ味に、容易く魔狼は真っ二つになり地に伏せる。
同胞が葬られた事に気付いた他の魔狼がこちらに意識を向けた。
ぐるる、と唸り声をあげて威嚇してくる魔狼を牽制しながら、中年の男へと声をかける。
肩から血を流しているが、深い傷ではなさそうだ。
「おい! 無事か! 冒険者だ、助太刀するぞ!」
「おお! あんた冒険者か! 助かった、こっちは怪我をしてるが大丈夫だ!」
「分かった! こっちで片付けるからじっとしていてくれ!」
魔狼の気を引きながら、馬車の男と声を掛け合う。
深呼吸をして、気を引き締める。
魔狼は動きは速いが、単調なので予測しやすい。
何十匹も来られると対応が追い付かないだろうが、残り四匹程度なら鋼級である俺一人で問題無い。
目の前の獲物よりも厄介だと判断したのか、俺の周りのそろそろと取り囲むように動く魔狼の一匹が我先にと飛びかかってきた。
獰猛な牙を食い込ませようと大きく口を開けて噛みつこうとする魔狼を、真正面から上段に剣を振りぬいて縦に両断する。
返す刀で後ろから飛びかかる魔狼を横から斬り裂く。
断末魔の鳴き声を漏らしながら地に伏せた魔狼に止めを刺す。
残り二匹。
こいつらは妙に息が合っているのか、左右から同時に飛びかかってきた。
それを前に転がる事で躱し、互いに衝突してたたらを踏む魔狼の片方を斬り伏せる。
続けて最後に残った一匹も難なく斬り伏せ、一息吐く。
起動していた魔導剣の魔力を止めて、停止した剣を鞘に収めた。
魔狼の死骸が、霧のように溶けていくのを見届けて、残った魔石を回収する。
何故かは分からないが、魔物の類は死ぬと死骸を残さない。
残るのは魔物の心臓と思われている魔石が残るだけだ。
魔石には魔力が蓄えられていて、魔物によって内容量は変わる。
魔導具に使えたり、魔導具生産の材料にもなるらしい。
「よし、終わった! 怪我は大丈夫か?」
馬車に駆け寄って声をかけると、中から先程の中年の男が出てきた。
「助かったぜ、兄ちゃん。応急処置はしたから、大事はない。村に戻って治癒術をかけてもらう必要はあるだろうがな。俺はルーカス。この先にあるワズール村で農家やってるんだが、サリアナに買い出しに出た帰り道にこのザマだ」
「間に合って良かったよ。俺はユーグだ、サリアナで冒険者をやってる。丁度良かった、俺も依頼でワズール村に行く所だったんだ。道中の護衛代わりに村まで乗せてくれないか?」
「依頼か。すると、兄ちゃんが子鬼を討伐してくれるのか。それならちょうどいいな。むしろこっちから願い出ようと思っていたところだ。やっぱり護衛をケチるとロクなことにならねえ……街道に魔物が出てくる事は今まで無かったんだがなあ」
ルーカスさんは日に焼けた肌に残る無精ひげの撫で擦りながら、訝し気に言った。
「いくら定期的に冒険者や騎士団が間引きしていても魔物って奴はどこからともなく湧いて来るからな。運が悪かったんだろう」
「そりゃそうだがよ……ま、兄ちゃんに救われたから不幸中の幸いって事でいいわ」
ルーカスさんはおどけるように肩を竦めつつ、辺りを見渡す。
「急げば今日中に着くと思ってたんだが、時間を食われちまった。怪我もしちまったし、今日の所はこの辺りで夜を明かして明日出発でもいいか?」
「ああ、俺もそのつもりだったから大丈夫だよ。よろしく、ルーカスさん」




