第二話 冒険者ギルド
目覚めたのは、太陽が真上を通り過ぎた頃だった。
起き上がり、そこがいつもの部屋ではない事に溜め息を吐いた。
あの後俺は、街の西側にある『陽気な梟亭』から、東側にある宿に拠点を移した。
精神的にも肉体的にも睡眠を欲していたので、泥のように眠ったおかげで頭はスッキリしているが寝過ごしてしまったようだ。
昨日の出来事を思い出し、頭を抱える。
俺、格好悪すぎるだろ。
女々しく追い縋ってフラれた挙句に、パーティ脱退通告のショックのあまりにその場から逃げるように出て行くとか。
いや、リアナにどんな顔で会えばいいのかも分からなかったし、あれ以上に格好悪いものはないので体裁を取り繕っても同じか。
そうは思いつつ、醜態を晒しまくった己に対して羞恥心が冷静になった今頃になって込み上げてきて、ベッドをごろごろと転がった。
言葉になっていない意味不明な声を上げて、やがて疲れが見えて仰向けに天井を仰ぐ。
「はあ……失恋の上に置いてけぼり。情けねえ」
とはいえ、落ち込んでばかりもいられない。
幸いコツコツ貯めていた分が残っているので懐に余裕はあるが、それでもこの宿を借り続けられるのはニ、三月といった所だろう。
冒険者に安定、なんて言葉は似合わないが、収入源は確保しなければならない。
目下やる事はどこか新たなパーティに所属するか、見つからなければソロで依頼を受けるか。
どちらにせよ、ギルドに出向かなければ始まらない。
今からだと日帰りの依頼は受けられないだろうが、パーティ募集の掲示板は確認しておくべきだろう。
ベッドから起き上がって、外出の用意をする。
食事は向かう途中で軽く食事を摂ればいいだろう。
「さて、行くか」
気合を入れ直して、俺は冒険者ギルドに向かう為に部屋を後にした。
ここ、サリアナはオルタリア王国北部に位置する都市で、南北を縦断するサリア川の東側の傍に造られている。
サリア川から水路を引いて張り巡らせている所から、水上都市、なんて名称でも呼ばれている王国北部の経済を支える有名な都市である。
そんな水源の豊かな都市の中心に、冒険者ギルドはある。
冒険者ギルドの中は閑散としていた。
依頼を受けに来る冒険者は朝の内にここに来るし、昼になって訪れるのは他所から来た者やうだつの上がらない者ぐらいだろう。
このぐらい静かな方が落ち着いて用事を済ませられる。
そう思った俺は早速パーティ募集の掲示板を確認する。
「ダメだ、剣士の募集はないな。どれも魔術師を募集している……魔術師不足は深刻だな」
鋼級、鉄級には俺みたいな魔術を使えない剣士なんてざらにいるから当然と言えば当然か。
対して魔術師は冒険者に限らず少ない。
魔術というのは、空気中の魔素に自身の魔力によって干渉して、想像し、具現化する術の事である。
これを為すには魔素を感じ取れる事が必要不可欠であり、魔素を感知できるかどうかは先天的な才で決まる。
魔術の才能がある者の中には視認する事も出来るという。
俺は見えないどころか魔素の存在をちっとも感じ取れないので、魔術は使えない。
魔術師は貴重なおかげで、鉄級だろうと歓迎されるので上の等級のパーティが確保する事が多々ある。
そんな現状を踏まえると『暁の旅団』がいかに人材に恵まれているかが分かる。
何せ、俺とジェラルド以外は魔術を使えたんだから。
「募集はこれだけか。こりゃ暫くソロでやっていくしかなさそうだな」
掲示板に乱雑に張り付けられた募集の紙を一通り目を通し終わった所で、自分でも入れそうなパーティが無かった事に落胆の溜息を吐く。
気持ちを切り替えて、依頼掲示板の方へと足を向ける。
日帰りの依頼は受けられない。というかそもそも残っていないと思うが、数日かかるような遠出する依頼ならいくつか残っているかもしれない。
冒険者というのは、所謂何でも屋だ。
依頼があればそれを完遂して報酬を貰う。それがどんな依頼であっても。
今じゃ冒険者ギルドという組合が立ち上がって依頼内容の制限がかかるようになったが、昔は密偵、窃盗、暗殺、何でもござれだったらしい。
今は如何なのかというと、魔物討伐専門の職業という色合いが強い。
依頼の大部分が魔物関連のものだからだ。
主に討伐、護衛、調査、採取等があり、討伐依頼が半分以上を占めていると言っていいだろう。
出来れば討伐か採取がいい。護衛は……想定外の魔物に遭遇した時に俺だけじゃ対処できそうにないからパス。
目を通してみると案の定、人気がなかったのかいくつか依頼があった。
その中でもソロの鋼級冒険者でもやれそうな依頼に目が止まった。
「ワズール村の近くに発生した子鬼の群れの討伐及び棲み処の破壊、か……鉄級パーティでも苦戦しないような内容だしこれならやれそうだな」
報酬は然程美味くはないが、子鬼の討伐ならこんなものだろう。
それに取り分はソロである為に一人占めできるのだから、金稼ぎにはちょうどいいかもしれない。
冒険者になってから久方ぶりのソロだ。初心に帰って慣らしていかないと、下手をすれば命を失う事にもなりかねない。
よし、これにしよう。
掲示板に張り付けられた依頼を剥がし取り、それを持って受付へと足を向ける。
見知った顔の職員を見つけたので、そこのカウンターの前まで行き、声をかける。
「やあ、ローズさん。この依頼を受けたいんだけど、いいかな?」
「はい。この依頼ですね、子鬼の討伐、と――ってユーグさん? なんでお一人なんです?」
冒険者の間でかなりの人気を誇る美しい顔を上げてローズさんは訝し気に眉を顰めた。
疑問に思われるのは想定していたので言いにくくはあるが、遅かれ早かれ周知されるだろうから素直に白状する。
「実はパーティから脱退したんだよ。どこか新しいパーティに入ろうと募集を見たんだけど、希望が合う所がなかったから暫くソロでやっていくつもりなんだ」
「そう、なんですか……色々思う所がおありでしょうが、めげずに頑張りましょう。私も陰ながらサポート致しますので」
「……うん、ありがとう」
俺の境遇に対して色々察してはいるのだろうが、深くは聞かずに程良い距離感で接してくれるローズさんの気遣いに、頭を下げる。
その様子を微笑みながら見ていたローズさんが、依頼内容が書かれた紙に目を向ける。
「ワズール村は確かここから北東に位置する村でしたね。数日かかる距離がありますがよろしいですか?」
「ああ、問題ない。むしろそういう依頼を受けようと思っていたから」
「かしこまりました。では、依頼を受理します――ユーグさん、気を付けてくださいね。確かワズール村はラグフォール山の麓の近くにありますから」
「大丈夫だよ。危なくなれば尻尾を巻いて逃げるから。まあ、子鬼だけなら難なく終わるさ」
心配気な視線をこちらに寄こすローズさんに、笑って返す。
ラグフォール山は比較的魔素が濃く、魔物も凶悪だ。
深入りしなければ危険はないが用心しておこう。
「依頼成功をお祈りしています。無事に帰って来てくださいね?」
ローズさんが微笑みながら元気づけてくれる。
この辺りが冒険者の男の間で人気を誇る所以だろう。
仕事とはいえ、美女に励まされると悪い気はしない。
「ありがとう。じゃあ帰ってきたら、ローズさんに依頼達成の報告をしに来るから」
「はい。お待ちしております」
そう締めくくって頭を下げるローズさんに礼をして、出口に足を向けた。




