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プロローグ 失恋から始まる物語

 

「ごめんなさい。貴方の気持ちには応えられないわ――」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の心に亀裂が入った音がした。

 金色に輝く髪が揺れる。整った美しい顔に苦笑を浮かべ、彼女――リアナは困ったように、だけれどもはっきりと断りの返事を返した。


 ある程度は予想していた。リアナが俺に対して恋愛感情など微塵も持ち合わせていない事は、日々を過ごす中で分かっていたから。

 ならば何故そんな勝ち目のない告白をしたかというと、特に理由はない。

 想いを告げようと思って告げたわけじゃない。たまたまちょっと二人きりになって話をしていたら、気が付けば俺の緩い口が勝手に想いを口にしていた。

 衝動的に想いが溢れ出してしまったのか。俺の口よ、いつもなら堅いのに何故こんな時に緩々なんだ。


 思わず口に手を当てたが、何もかも遅かった。

 リアナはそれを聞いて驚いたように目を見開いたが、ただそれだけだった。

 そして、一瞬目を伏せて躊躇したかと思えば、その硝子のような瞳に俺を映して先程の言葉を紡いだ。


「――そっか。いや、唐突に変な事を口走ってすまない。魔が差したというか……言うつもりはなかったんだけどな」


 顔を強張らせていた俺は内心の動揺と落胆を無理矢理抑え込み、数回深く息を吐き出して震えた声でなんとかそう返した。


「いえ、気持ちは嬉しいわ。ありがとう、ユーグ」


 相も変わらず苦笑を浮かべているリアナは、やっぱり可憐で美しかった。

 彼女は笑顔が一番似合うけれど、残念ながらその笑顔が俺に向けられた事はない。

 大抵がこの苦笑と、戦闘が終わった後に少し残念めいた目線を向けるぐらいだ。

 だがそれでも、彼女の視界に自分が入り込んでいるのだと思うと、胸が張り裂けそうなぐらい高鳴っていたのを覚えている。というか、今も高鳴っている。別の意味でも、だ。


 初恋、だったのだと思う。

 誰かを好きになるなんて初めての事だったから、もっと親密になれてから勝ち目があると思った時に言おうと思っていたのに。

 こんな唐突に失恋してしまうなんて、誰が予想しただろうか。安心しろ、俺が一番びっくりしている。

 ああ、頭が回らない。何か、言わないと。


「……なんでダメだったのか、聞いてもいいか? 俺、自分で言うのもなんだけどそんなに悪い見てくれじゃないし、リアナの横に立っていてもギリギリいけると思うんだけどな。まあ、崖っぷちに近いけど……あ、もしかしてあれ? 他に好きな人がいるとか? 誰だろう、セルウィンかな。あいつには何もかも勝てないからなあ」


 やめろ。


「……ユーグ」

「でもさ、例え恋敵がセルウィンでも、流石にこれだけは譲れないぜ。顔も人望も剣も魔術は……俺が使えないから置いておいて、その他諸々全て俺よりもあいつの方が勝っているのに、恋まであいつに負けちまったら情けなさすぎるだろ、はははっ」


 やめろやめろやめてくれっ!

 一体俺は何を言っているんだ。

 今すぐその馬鹿な事をほざいている口を閉じろ。

 だが、そうは思っていても自分の口から次々と女々しい言葉が紡がれていくのを、止められなかった。


「そうだ、一回、一回だけ試しに付き合ってみないか? そしたらほら、俺の良い所とか見えてくるかもしれないし、俺ももっとリアナの事が知れる。そうだ、そうしようぜ! きっと楽し――」

「ユーグッ!」


 リアナの怒鳴り声に、びくりと震えた。

 我に返って、たった今自分が口走っていたとんでもなく馬鹿馬鹿しく誠実さの欠片もない言葉の羅列に血の気が引いた。

 リアナの方を振り向くと、そこには失望と軽蔑の入り混じった瞳と目が合った。

 

「あ、いや、違うんだ! これは――」

「ユーグ、貴方はそんな軽々しい気持ちで私を好きだと言ったの?」


 俺の惨めな言い訳を遮って、リアナは鋭く険しい視線でこちらを抉っていく。


「違う……本気だよ。本気なんだ」

「その本気がどの程度なのかは分からないけれど、私は貴方の気持ちには応えられない。貴方に恋愛感情を持つ事ができるとは思えない」

「あ……」

「セルウィンの事は、好ましく思ってるわ。頼りになるし」

「う……」

「ああ、理由を聞かれたんだったわね。私は、多分私より弱い男を恋愛対象として見る事はできない」

「……」


 今度こそはっきりとした拒絶の言葉に、俺は呆然として言葉を発せずにいた。

 彼女より、俺は弱い。

 それは手合わせで勝った事もなく、魔物との戦闘でも明確に分かるほどの差がある事で証明されている純然たる事実だ。

 何より彼女と俺とでは冒険者としての格が違う。

 彼女は金級なのに対し、俺は三つも格下の鋼級。

 確かに、それを言われてしまうと何も言えない。


 冒険者の世界は実力主義だ。そこに身分は関係ない。当たり前だ、そうでないと簡単に命を落としてしまうのだから。

 自分の背中を預けるに足る相手を信頼する。それが仲間であっても、恋人であっても同じなのだろう。

 リアナは垂れた金色の髪を耳に掻き上げて、心なしか冷たい視線をこちらに向けながら「それに」と続けた。


「貴方のその卑屈で無理だと諦めている態度が――心底気に入らない」


 そう言い残し、リアナは背を向けて去っていった。

 取り残された俺は、暫くその場から動く事ができなかった。

 夕焼けの沈みゆく中、俺は唐突に、そして一瞬にして、最低最悪の失恋を経験した。


 

 心の何処かで、ポキリと――何かが折れる音が聞こえた気がした。



 

よろしくお願いします。

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