選んではならない最期
「思い出した? 自分が何ものか」
「ああ、思い出したよ。わたしは…その池に捨てられた、人間だったモノだ」
「大当たり」
彼は笑って、フードを外した。
血のように赤き眼。美しい顔立ちをした青年だ。
「じゃ、ボクが今何を考えているか、分かる?」
彼は楽しそうだ。
わたしが何を言うのか、すでに気付いているんだろう。
「わたし…いや、全てを食らいたいと考えている」
「また大当たりぃ~♪ て、ことで。良いかな?」
尋ねるも、その眼は否定を許してはいない。
「…ああ、構わない」
どうせ、この体は長く持たない。
わたしは深く息を吐くと、池の前に立った。
「察しが良くて助かるよ。いやね、この間山の中の村に行ったんだ。そこの湖、骨がいっぱい捨てられてたんだよね。そこの村じゃない人間の骨だから、埋葬されず、あの湖に捨てられててさ」
彼は楽しそうに語る。
「だから怪しい病院とか調べたら、ああいう湖、あるんじゃないかなと思ってさ。まさにここがビンゴだったんだ」
「…そう」
「じゃ、よろしく頼むよ♪」
わたしは目を閉じ、そのまま池の中へ身を投げた。
水の冷たさが、体を満たす。
そして眼を開け、わたしは水を自分の中へ取り込み始めた。
…こんなことができるのだから、わたしはもう人ではない。
いや…『わたし』はすでに、死んでいたんだったな。
『わたし』の正体は、この病院で殺された者達。
この病院は、違法な臓器売買を行う、違法の闇病院だった。
山奥に建てられ、普通の人間には一切知らされず存在する。
この病院の客は、主に権力者や金持ちばかりだ。
臓器の病気にかかった時、彼等はここへ来て手術を受け、延命するのだ。
そしてその臓器提供者は…売られた者や連れ去られて来た者、どうしようもなくなって来てしまった者と、理由はさまざまだ。
だが一つ言えることは、ここへ来てしまった者は、もう二度とここから出られない。
生きたまま臓器を取られ、ギリギリの状態で生かされ続ける。
そして使える臓器を全て取られ、死んだ者はこの池に捨てられる。
この池は特殊な作られたもので、水はただの水じゃない。
この水に触れたものは、全て溶けて無くなってしまう。
本来なら有のものを無にするだけの池。
しかし彼が、『わたし』を作り出してしまった。
バラバラにして捨てられた部位を集め、『わたし』という人型の生き物を作り出したのだ。
だから記憶がなかった。
でもデジャブは感じられた。
例え脳が覚えていなくて、体で覚えていることはあったから…。
そして全ての水を吸収した後、わたしは穴から這い上がった。
「助かるよ。今のボクには肉体が必要でね」
「そう…」
「何か言いたいこととかある? 大サービスで聞いちゃうよ」
彼は本当に機嫌良さそうだった。
しかしわたしは首を横に振った。
恨みたい相手は、この身に吸収してしまった。
もう、何も思い残すことはない。
「そう。それじゃあ、バイバイ」
彼の背負う闇が、わたしを包み込む。
…ああ、ようやくわたしは眠れる。
深き闇に抱かれて。
でも…彼は?
この闇を操る彼は、眠りにつくことができるのだろうか?
人ではないモノは、安らかな最期を迎えることができるのか?
…その答えは、きっと分かる。
この闇とわたしは、一つになるのだから…。
願わくば彼には、安らかな眠りを……。