目覚め
その夜、消灯時間を迎えた後も、わたしはベッドの中で起きていた。
カーテンの隙間から見える月は、満月。
やがて見回りの看護婦が来て、去った後、わたしはこっそりベッドを出て、あの池へ向かった。
「はぁっ、はぁ…!」
緊張した。心臓が高鳴る。
こっそり抜け出して、周囲に見つからないように気を配った。
…そう言えば前にもこんなことがあった気がする。
あの時は追いかけられていた。
…何に?
とても恐ろしいモノ達に。
でもその正体は分からない…。
やがて池が見えてきた。
けれど先客がいた。
あの医者や看護婦達だった。
思わず近くの木に隠れる。
見つかってはいろいろとマズイ。
彼等はあのイメージのように、無表情だった。
そして何か大きな袋を持ってきていた。
その袋の口を開け、手袋をして、中身を取り出す。
月の光を受けて、その中身が見えた。
それは…人の腕だった。
「っ!?」
慌てて自分の口を手で塞ぎ、身を小さくした。
心臓が耳障りなぐらい、高鳴る。
医者や看護婦達は袋の中に手を入れ、次々と人の部位を取り出しては、池の中へ投げ捨てていく。
池に入った部位は、水に触れるとすぐに溶けて消えた。
そして色も匂いも変えず、池は次々と人の部位を飲み込んでいく。
あまりの異様な光景に、息さえできない。
―ところが。
彼等は気付かなかったが、わたしは気付いてしまった。
彼等の背後の闇から、1人の黒づくめの青年が出てきた。
青年はフードで顔を隠していたが、その口元は楽しそうに笑っていた。
青年は音も無く彼等の背後に立った。
すると―彼の影が動いた。
影は細長く幾重にも分かれて、彼等の体を次々と刺していった。
「っ!?」
声も無かった。
彼等は空気だけを吐き出し、すぐに絶命した。
血が、流れる。
彼等の体や、地面、そして池にも。
「…う~ん。コレでもまだ、足りないなぁ。姉さん側には高い能力者が多いから、もっと力を付けないとな」
そう言って青年は、わたしを、見て、笑った。
「ああっ…!」
尻餅をついてしまった。
けれど動けない!
がちがちっと歯が鳴る。
にっ逃げなきゃっ、でも体が動かない!
彼の赤い両眼が、わたしを動けなくさせている。
彼はニッコリ微笑んだ。
それと同時に、辺りの木々が揺れ動いた。
…いや、木々だけじゃない。
影…闇が動いたんだ。
闇は次々と蠢き、そして、
医者、
看護婦、
患者、
達の体を刺し殺して、池へ放り込んでいく。
辺り一面に、血の雨が降る。
ボタボタ… びしゃっ
彼の体にも、わたしの体にも血が降り注ぐ。
…ああ、わたしはこの血の匂いに感じを覚えている。
目の前が真っ赤に染まる。
あ…そうだったんだ。
そうか、わたしは…。
『何か』だったんだ。
目の前がクリアになっていく。
やがて病院にいた全ての人間を殺し尽くしたのか、闇は静かになった。
池もあれだけ大勢の人間を飲み込んだというのに、静かなままだった。
わたしは立ち上がり、青年の目の前に出た。