凡人が天才に追いすがる物語
山本尚弥は自分で言うのもなんだが平凡な人間だ。特に教室で目立つ特技や話術、一目置かれるようなことはない孤立はしていないが休み時間にはほどほどの友人とほどほどに話して過ごしているだけのひとりの学生だ。
友人といってもそこまで多いわけではないので大抵の決まった友人と過ごすことの多い高校の教室。それも2年生の春になったらある程度は面子が固定されてくる。僕が今朝登校してホームルームが始まるまでの何もないただのあまり時間、話している相手は香山歩だ。彼は将棋部のエースであり、県の大会で上位に入ったのだとか。
「山本はさ、部活で試合に出たりしないのか?」
平凡な僕は個人戦以外で試合に出ることはなく特に目立った成績があるわけないので当然こう答える。
「まともに出たことないよ。テニス部なんだけどさ、化物クラスの天才が3人いるんだ。」
「あぁ。そっか。あの王子様ってテニス部だもんな。なんだっけ?プロの子供なんだよな?」
「そうそう。それも日本で1番大きな大会で優勝した親がいんの。弱いはずがないよ。」
僕はそれが彼のプレッシャーになるとわかっているが愚痴らずにはいられない。
「そりゃあ災難だな。同じ部活にそんなんいたら無理じゃん。半端ないって。ははは。」
「イトカワ半端ないって。あはは。」
「あ、そうだ。」
と香山は言い、自身の鞄をあさり始めた。
「ん?どうした?宿題でも忘れたか?」
「んー。いや、いつも通り詰将棋を解いてもらいたくてな。」
「あー、なるほど。わかった。見せてくれ。」
と言い、詰将棋の本を香山からもらうと、
香山が僕に解いてもらいたいという詰将棋の問題を見ると11手詰めと書いてあった。
「手数多いな。難しい。少し時間かかるかも。」
「なかなか難しいものを選んできたからな。放課後までに解いてもらえば問題ない。」
そう言ってもらえたので、残り15分あるホームルームまでの時間を詰将棋に費やすことにした。
こういう出来事が週に何度かある。最初は香山が将棋部に部員を増やすための勧誘をクラスの中で行った時、同級生のほぼ全員に詰将棋を解かせたのだ。この高校では2年生である僕たちが1期生であり、どの部活も人数不足になりがちだったのだ。
その中で1番多くの詰将棋を解いたのが僕だった。そのため、香山は当然僕を将棋部に勧誘したが、自分はテニス部に入っているからと断ったのだが、詰将棋を僕に解かせる事が習慣になってしまったのだ。
などと考えているうちに詰将棋が解けたので香山を呼んだ。
「お、とうとう降参か?流石に11手をこの時間では難しかろう。」
やたらと上から目線で言う香山にしかめ面を向けながら、
「いや解けたぞ。11手だろ?見てみろ。」
「本当に10分くらいで出来てる……。お前やっぱりすごいな。将棋部入ってくれよ。お前がいればかなりいいとこ行くと思うんだよ。」
「何回も断っただろ?僕はテニス部で頑張るから将棋部は入れないって。」
そこで教室の中での雰囲気が変わった。
教室の黒板側のドアからひとりの男子生徒が入ってきた。たった1人で教室の雰囲気が変わるほどの存在感がある人間を僕は1人しか知らない。人気者の彼の友人が群がっていく。
先ほどの香山と話していた生徒だ。全日本選手権で優勝し、海外のツアーでも活躍した糸川大輝。その息子であるのが糸川輝義だ。
彼はテニスが強いのはもちろんのことその外見も鼻は高く顔付きがシュッとしていて所謂ハンサムという風貌だった。話もうまく、いい意味で浮いてなく、クラスの人気者という風だった。もちろんのことながら、お金あり、顔もよしと女子生徒が放っておくはずもなく高校中の女子から言い寄られているらしいが浮いた話はほとんど聞いた事がない。それこそホモセクシャルなのではないかとも噂されていることも尚弥の耳には入っていた。
そこでいつもならすぐに彼の席についてクラスメイトと談笑を始めるのだが、今日はいつもと違う事が起きた。俺と香山の方へ向かってきたのだ。
「それは、何をしているんだ?」
話しかけられたことを驚き、返答出来ずにいると、香山が
「山本に詰将棋解いてもらってるんだよ。こいつ俺が持ってきた詰将棋すぐに解いちゃうんだよ。」
と、香山のコミュニケーション能力に助けられた。
「お前将棋なんて出来たのか。それであのテニスが出来てるんだな。」
と俺に話しかけた。
「ん?将棋とテニスって関係ないように思えるんだけど……。」
「なんだお前、知らないのか?」
「何が?」
と意味もわからず聞き返すと
「えーと、じゃあこの世で1番頭を使うものは?」
と問いを投げかけてきた。
「突然なんで問題形式?うーん、政治とか?」
「なんか聞いたことある。確か、チェスだっけ?」と意外にも香山が答えた。
「そうだ。じゃあ2番目は?」
「将棋!」と香山が答えたが糸川は首を横に振った。
俺はさっきの会話から
「それってさ。テニス……じゃない?」と答えた。すると糸川はニヤつきながら
「正解だ。やっぱりお前は頭いいよ。テニスもきっともっと上手くなる。」
そういうと糸川はいつも通り席で級友との談笑に戻っていった。
俺と香山は互いに目を合わせ、頭上にクエスチョンマークを浮かべていた。