43:獣王の秘密
短めです
体調が悪くて頭が回らない…
目が覚めると、知らない天井が目の前に広がっていた。
「あ、おはよう唯香。体に変なところとかない?」
どうやらベッドに寝かせられているらしい。瑠璃香が顔を覗きこんできた。
「そうね…あー、まだみぞおちが痛むわ…」
体を動かそうとしてみぞおちの鈍い痛みに顔をしかめる。
…改めて、私は初めて負けたのだと痛感させられた。隙の少ないキングゴブリンとか、強い(だろう)魔物とも何度も戦ったし、その度に勝ってきた。全部一撃だ。今回も、仕留める過程も仕留めた感覚もあったのに、気づいた時にはやられていた。
たしかに人を相手に戦ったのはこの世界に来て初めてだが、元の世界で殺しをしていた手前、隙のない敵と退治してしまったこともあるし、その時は命懸けで戦って、勝った。この世界で力を手に入れて、絶対に負けることは無いと思っていたのに…
暗い顔で俯いた私に、瑠璃香の隣にいたのであろう乃愛が抱きついてきた。
「ゆいか〜…ぶじでほんとによかった〜…のあ、しんぱいでしにそうだった〜…」
私の顔は乃愛の胸に埋もれる。息苦しい。
「乃愛…くるし…」
解放されようと顔を上げると、乃愛の目には涙が溜まっていた。
「乃愛…?」
「あいつ、ほんきでばけものだった。ゆいかがなぐられたしゅんかん、のあがころしにいこうとおもったんだけど、すきがないし、さっきがふつうとちがった。あのめは、なんまんものひとをふみだいにしてきたひとのめ。」
涙をポロポロこぼしながら言う。きっと、乃愛がなかなか感じることの無い『恐怖』という感情をかなり大きい形で感じてしまったことで、気持ちが制御できていないのだろう。まったく、慰めてやらないと…
そう思って口を開こうとするが、乃愛がまたギュッと抱きしめてきて完全に顔が胸に埋まった。息ができない。顔を埋め尽くす柔らかさに、心地良さを感じながらどこか遠くへ向かう感じがする。何となく瑠璃香の声が聞こえる気がするが、私はそのまま意識を手放した。
再度目を覚ました時、見えた景色は一回見たことのある天井だった。
「ゆいか!」
目を開けた私に乃愛が抱きついてくる。今度は苦しくないようになのか、私の腹部に抱きついてきた。それはそれでまだみぞおちが痛むので、「うぐっ」とうめき声が出てしまうのだが。
「唯香、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。それよりもここは?2度目の気絶の前、倒れたのはたしか戦闘フィールドだったわよね。」
乃愛の頭を撫でつつ尋ねる。
「ここは医務室だよ。獣王が運んでおけって。あと、しっかり頭を冷やして、なぜ負けたか考えるように、だって。」
なぜ負けたか?決まってる。私の経験不足だ。元の世界でも数える程しか対人戦闘はしていないし、こっちに来てからも2回だけだ。それも実力差が大きすぎて経験も何も無いパワープレイでの瞬殺だ。こんなので経験が積めていたら、チートにも程がある。チートは数値に関してだけのはずだ。
「頭を冷やすまでもなく、分かってるわよ。数値の高さとスキルに頼りすぎたわ。対人戦闘の経験が少なすぎるのもそうだし、相手のスキルを見たはずなのにそれぞれに対応する策を持たずに突っ込んだのもそうね。あー、思い出すといくらでも敗因って出てくるのね。嫌になるわ…」
「なんだ、よく分かっているじゃないか。」
扉を開けて入ってきたのは、獣王、ベオラントだった。
「なんです?負けたのだから王子様の妻になれとでも?最初にそういう条件聞いてないから無効ですよ?」
「え?篠宮の孫はわしの息子の告白を断ったのか?了承したからこの城に来たのかと思っていたのだが…」
「違います!国と対立したくないからキーストとかいう騎士の命令に従っただけですから!」
「そうか…なるほどな…」
ベオラントはあごひげを弄り、安心したように息をついた。
「先程は意識を奪うほどの攻撃を当ててしまって済まなかったな。想像以上にお前の実力が高くて、あまり加減を考える間がなかった。」
「いいですよ。私の自惚れで負けたんです。普通なら死ぬところを気絶ですんだのなら安いものですよ。」
「お前は本当に強い。きっと仲間の2人も、相当の実力を持っている。だからな、これからも訓練として、たまにわしと戦ってくれんか?」
拗ねたように吐き捨てる私に、苦笑いを浮かべながら、ベオラントはひとりが寂しい子供のような提案をしてきた。
「いいですけど…私絶対に王子様の妻になんてなりませんよ?もう何度言い寄られたって断りますから。」
私は警戒しつつ返答する。もう断る手はないのだ。最悪この国を捨てて異国の旅をするのもありかもしれない。私の中で、乃愛が提案したパワープレイ案が光り輝いている。
そんな私に獣王は、苦笑しながら意外な事実を伝えてきた。
「王子にはお前を諦めるように伝えたよ。お前達3人は、魔王討伐のための大切な戦力なのだろう?そんな存在をこの国の王子の手中に収めさせるなんてことはしたくない。」
「な、なんで魔王討伐のことを知っているの…?あなた、転生者じゃないわよね…?」
驚きのあまり、敬語が抜けてしまった。まだ魔王は倒されて四年、復活まて百年のはずだから、この世界の人が近いうちに魔王が復活する事実を知っているはずがないのだ。
そんな私の反応を見て、ベオラントはため息をつく
「お前達を見た時から、まさかまさかとは思っていたがやっぱり事実なのだな。…じつは、わしは神にあったことがある。」
私たちはまたしても驚愕した。転生者でもないのに、神に会うなんてことがあるのか。
「まぁ、だいぶ昔の話だ。篠宮梅男が魔王を滅ぼすよりも前、わしがまだ結婚する前だったな。寝たと思ったら空に浮いていたんだ。上も下も空。前を見たら神っぽい老人が座布団に座って茶を飲んでいる。その時のわしは不思議と落ち着いていた。その神は、わしを神の向かいの座布団に座らせて、お茶を進めてきた。1口飲んだところで神は、まもなく魔王が復活すること、英雄が魔王を滅ぼしに来ること、その魔王はすぐに復活すること、そして、英雄の孫が復活した魔王を滅ぼしに来ることを教えてくれた。」
どこまでも冗談のような話だが、神に転生させられた私たちは、冗談だろうと一笑に付すことが出来ない。
「正直、あのときは全く信じていなかったが、魔王が侵攻を始め、英雄、篠宮梅男が魔王を滅ぼしたのを見て、確信した。あれは本当の話だと。魔王が滅んで4年、お前達がわしの前に現れたこと、わしは魔王が復活する前兆か、もう復活している証拠ではないかと思うわけだ。」
つまり、今の神ではない、前任の神は色々と予知した上で、現地の人間に予言を与えたわけか。
「そういうわけだから、魔王討伐のために力をつけなければいけないお前達が不自由になるのは良くない。そこで、だ。王子にお前を諦めさせる代わりにわしと訓練として戦ってくれ。わしは強い。魔王を倒すお前達に、技能が低くても強い者の戦いを学んでほしい。わしに魔王を倒す手伝いをさせてくれ。」
ベオラントは真面目な顔で私たちを見る。
「強くなれるのは私としてはこの世界を生きるのに良いので、さっきも言った通り、また戦いましょう。私も頑張って、あなたの技を盗ませてもらうわ。けど、普通に冒険者もしたいから冒険者させてください。毎日じゃなく、何日かに1度手合わせしてください。」
「うむ、まぁそれでもいいだろう。」
互いに納得し、握手した後、ベオラントは出ていった。
私達はしばらく休んだ後、外に出てすぐにいた使用人に帰る旨を話すと、食堂に案内された。
そして、野性味溢れる豪華な肉料理が提供された。なんとなく筋力が上がった気がする。
食事には獣王も王子も現れなかった。私達はそのままゴルド子爵の家に帰り、挨拶もそこそこに眠りについた




