4:初めてのドリス王国
ドリス王国は、お世事にも発展した国とは言い難い見た目の国であった。家屋はボロボロで人々の衣服も汚れている。皆目に活気はなく、苦しい生活に慣れてしまっている様子だ。
「この国は貧乏なんですか?」
私はアルト隊長に直球で聞いてみた。
「ははは。そうだな。正直国家騎士団に降りる金もかなり少ないし、お城の整備も行き届いていない様子だ。相当金がないのだろうな…」
「対策というか、政策というか、そういうのはどうなんです?これじゃ国民の不満が爆発しちゃうんじゃ…」
「この国の王はな、庶民上がりなのだ。王族が皆滅ぼされてしまった時、誰よりも信頼され、推薦された男なのだよ。国民からも、宰相達からすらも、な。」
「あー…それじゃあ文句も言えませんねぇ…そんな信用されている人間が考えた政策の結果がこれですか…」
私は周りを見渡しながら呟く。
「やっぱり庶民が考えた政策など机上の空論だったのだよ。それに文句を言いたいわけではないのだがな。誰か政治に詳しい者を側近として起用させられれば良いのだが、なかなかそんな良い玉は現れん…」
私はアルト隊長の言葉に無言で返した。彼の言葉の中に、転生者ならもしくは…という思いが入っていたのは明らかであり、弱冠15歳、高校一年生の唯香に政治など出来るわけがないのだ。
「今までの転生者にそういう人はいなかったんですか?」
「いたら頼み込んで無理にでも立て直しをしてもらうさ…」
アルト隊長は溜息をついて顔を上げた。そして道なりを指さした。
「っと、あそこに看板が見えるだろう?あれが転生者用窓口だ。あそこで色々聞いてきな。」
「ありがとうございます。」
「おう。こちらこそ助けてくれて本当に感謝している。また機会があったら会おう。食事でもしながら色々話を聞かせてくれ。」
互いに手を差し出し、握手をする。
そして、アルト隊長は隊員たちと共に城の方へ歩いていった。
「いらっしゃい。転生者の方ですかい?」
転生者用窓口と書いてある看板の小屋の子窓から、気の良さそうなおじさんの声が聞こえてきた。
私は子窓に近寄り、先程転生してきたことと、お金がないこと、宿がないこと、当面はここで暮らしたいという旨を手短に話した。
「ほうほう。まぁあたりまぇだいねぇ。まずはお金を工面…と言いたいところだけど、この国は貧乏だから貸し出せるお金はないんだよ。だからまずは仕事を紹介してやらァ。そこには宿…というか寝る場所もあるし食事もあるから安心だよ!」
「ありがとうございます。ちなみに、そこはどんな店なんですか?」
娼館で働けなどと言われたら困るので確認しておく。
「安心してくだせぇ。あなたのような転生者が営業している飲食店ですよォ!」
◇
彼に案内されたのは、城近くにあるレストランのような店だった。店内の広さは元の世界のコンビニレベルで、汚くはない程度に整えられた椅子と机が置かれている。各机の上には1枚のメニュー表があった。
「いらっしゃいませー!って、あれ?リュウさんじゃないですか。どうしたんです?」
小さな厨房らしい奥から顔をのぞかせたのは、ポニーテールに髪を縛った元気そうな少女だった。その顔はたしかに私が元いた世界、というか国である日本の住民とよく似通っていた。
「やぁシノちゃん!元気かい?儲かってるかい?」
「元気ですよ!儲かってるかと聞かれたらそれはもうそこそことしか返せませんねぇ!」
「そうかいそうかい!がんばって儲けてくれぃ!」
「で、今日はいったい何のようで?食事に来るにはちと早い時間ですよ?」
「いやね、今日は新しく転生者がいるから雇ってもらえないかと思ってねェ」
「あ、そのちっちゃい子?」
シノは私の方を指さしてそう言った。流石にイラッときたので元の世界では隠し続けていた殺気を彼女に向けて全開にしてみる。
「えっ、あっ、あ…」
「え?シノちゃん!?大丈夫かい!?!?」
シノは急に腰を抜かしたようにへたりこみ、震え始めた。
「…初対面でいきなり人を指さしたりチビ呼ばわりするのはやめていただけると嬉しいです。」
「すいませんでしたぁっ!!!!」
シノは土下座を敢行した。
私の人生で兄以外の土下座を見るのは初めてだが、なかなかに気分がよく感じた。
「えっとー、だ、大丈夫ですかい…?」
「ええ。大丈夫です。そう言えば名前言ってないし聞いてないですね。私は篠宮唯香。転生者です。よろしくお願いしますね、リュウさん。」
「ええ…た、たしかに自己紹介してなかったけれども、初対面の人が土下座してるのにそれを無視して他の人と話し始める人なんて始めてみましたぜ…」
「彼女から初対面の私に暴言を吐いたんですよ?普通怒りません?」
「そ、そうかもしれねぇ…か、なァ?まぁいいや、シノちゃんよぉ顔上げてくれぇ!話が進まねぇ!」
「篠宮唯香さん!御無礼お許しください!顔を上げてもいいでしょうか!」
「私土下座しろとか言ってないじゃないですか。勝手にしてください。」
「ありがとうございます!!!」
ようやくシノは顔を上げた。
「自己紹介させてください!私は宮田誌乃!この『飲食店ゲスト』で食事、宿、その他もろもろのサービスをしております!今後よろしくお願い致します!先程は本当に申し訳ございませんでした!!!」
ものすごい勢いで自己紹介と謝罪を重ねてきた。
私はもちろん、知り合いのはずのリュウさんでさえ引くほどの勢いである。
「まぁさっきのことは水に流します。これでも私15歳ですからね?子供だと思って甘く見ないでください。」
「承知いたしました!!」
「えーっと、そろそろここにユイカさんを連れてきた理由を話させてもらっていいかィ?」
「あ、その前に誌乃さんに質問させてくれます?」
「はい!何でしょう!」
「さっき言ってたその他もろもろって何?」
「…あまり大きな声では言えないんですが、私、情報屋でもありまして、情報の売買も行っております。ぜひご贔屓に…」
「他にやましいことない?」
「ええ全く!」
「そう、ならいいです。」
頷いてリュウさんに続きを話すように促す
「えっと…シノちゃん。この篠宮唯香さん、ここで働かせてやってくれ…。」
「お安い御用でぇ────え?まじ?」
「シノさん。これからよろしくお願いしますね?」
「は、はは…よ、よろしくお願いします…」
右手を差し出し、彼女のを掴んで立ち上がらせる。そのまま握手して…という流れではあったが、シノの目は終始泳ぎ、体は震えが止まることを知らなかった。