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王権喪失③

「クライネ様、起床時間の10分前です。そろそろ準備致しましょう」


ナハトの綺麗な声で意識が眠りから覚めたが、体の方はなかなかそうもいってくれず、寝たフリを続けて瞼を閉ざす。

暫く体を揺すられても寝たフリを続けていると、服の中に細くて小さな手が潜り込んでくる。


「夢の中みたいに、私が全身を舐めて……」


「起きました、おはようございますナハトさん」


お腹の上でナハトの手を掴んで勢い良く跳ね起きると、残念そうな顔をしたナハトと目が合い、寝たフリの危険性を思い知らされる。

代わりに抱き寄せて頭を撫でると、突然倒れ込んできて、支え切れずに背中からベッドに倒れ込む。


その音で隣で寝ていたチェリーが上体を起こして、私たちを確りと見て数回瞬きをした後、何事も無かった様にまた寝転がる。

盛大な勘違いをされている気がするが、思い違いかもしれないと自分会議をする。


「あの、チェリーさ……」


「グゥー」


「誤解です、これは挨拶です。10分前にナハトさんが起こしてくれたので、ご褒美も兼ねてのものです」


「槍が1本、槍が2本、槍が3本、oh nice spear」


「戻って来て下さいチェリーさん!」


スっと起き上がったチェリーは私たちの方を見ること無く、テキパキと身支度を整えて部屋から出ていった。

いつまでも乗っかっているナハトを押して引き剥がし、デルタイル帝国兵が着る軍服に着替え、廊下を曲がったチェリーの後を追う。


長い廊下を走ってチェリーを追い掛けて、王城に繋がる渡り廊下を駆け抜け、1階に下りる階段でやっと追い付く。

ぴったりと付いて来ていたナハトも加わり、城の外に出たチェリーを追って、訓練前の走り込み自主鍛錬が開始する。


「待って下さいチェリーさん、私の話を聞いて下さい」


「ナーイスナイス、ナイス槍。あの日見たゲイボルグに劣らない美しさだね」


「どこかに飛んで行かないで下さいチェリーさん、さっきのは別に盛ったとかじゃないですから」


それを聞いたからなのか分からないが、突然チェリーが走るのをやめて、徐々にスピードを落として止まり、私の方に振り返る。


「やっぱりだよね、私はてっきり体を許したのか思ってたから」


「クライネ様、やっぱり私とは遊びだったんですか? 私が舌で優しく舐める度に……」


「やっぱりやってたじゃないか」


「舐められてなんかいません、ナハトさんが勝手に見ていた夢ですから」


再び走り始めたチェリーを追って自主鍛錬が始まり、行き止まりに行き当たって漸くゴールする。

壁の端っこに背中を着けて、怯えた目で私たちを見るチェリーは、しゃがみ込んで頭を腕で守る。


「私はやらない、巻き込まないでほしいな」


「だから、誤解なんです。あれはナハトさんが倒れ込んできたからああなったもので、ナハトは夢の中で勝手に私を舐めていただけです」


「現実でさせて下さいクライネ様、チェリーも応援してくれるよね」


「あぁそう……そういう事だったのか。もちろん応援するよ」


「やった、なら……」


「クライネ様のね、淫魔退散!」


魔力で大きな風を起こしたチェリーがナハトを吹き飛ばし、息を吐いてから私の方を向いて頭を下げる。


「ごめんクライネ、話をちゃんと聞くべきだった。確かにクライネは軽くないから疑う事が間違いだったね、もう朝食の時間だ、良い運動が出来たね」


「はい、正直もうくたくたでお腹減ってました。ここが行き止まりで本当に良かったです」


来た道を今度は歩いて戻り、その途中で膝を抱え込んで反省していたナハトを拾い、リュリュを迎えに宿舎棟に向かう。

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