戦争への誘い
誤解が解けてから暫くすると、息を切らしながら医務室に飛び込んで来たエルが、楽しそうに軍医と話している私を認めると、ドアに背を付いてへたり込む。
「王よ……もし悪戯であればお辞め下さい。報告が来た途端寿命が縮まりました」
手に持っていた紙を後ろに隠したエルは、直ぐに立ち上がって来た道を戻ろうとする。
「確保」
「はっ？」
手を掴むとエルは気の抜ける様な声を出して、咳払いしてから立ち直す。
「まだ何か御座いましたか王よ」
「クライネで良いですよ」
「その様な恐れ多い事出来ません、口が裂けても言えません」
両手を体の前に出して恐れ多いと体で表現するエルの右手から、先程体の後ろに隠した紙を取る。
慌てて取り返そうと手を伸ばすエルをかわして、廊下を全力で走る。
鎧を身に着けているエルが軽装の私に追い付く筈も無く、中庭に出るまでにはもう姿すら見えなくなっていた。
木陰に腰を下ろして紙の内容を見ると、一つ国を挟んだ向こうの国からが差出人になっていて、ドラゴンとの戦争に参加してほしいとの事だった。
私の居場所をすれ違った騎士に聞いてこの場に辿り着いたエルが、私の持っていた紙を取り返して複雑な顔をする。
私の反対を表明した目を見て、眉間に指を当てて瞼を閉じる。
「王よ、私もよく分かっていますが。それでも小国の我らがこの国に逆らう訳には……」
「ドラゴンに味方します」
その言葉を聞いてエルは瞼を開いて叫ぶ、
「王よ！ そのような事は私の前以外で言ってはなりません、それもこの様な誰が聞いているかも分からない場所で……」
おっとりとした雰囲気が一転して、騎士の雰囲気を纏ったエルは、突然口を噤んで頭を下げる。
「申し訳有りません。取り乱してしまいました」
「兎に角、理由も無いのに戦争に参加などしたくありません。理由があってもする気は無いです、まだ即位して日も浅い内に戦争など、本当にこの国を想っているのならそんな事は言う筈が有りません」
恐らくそれをエルは分かっている、だから私の言葉に反論も出来ず、私の知らない所で動いている圧力にも耐え続けている。
例えその国が私が戦争に参加しないから攻めてくると言うのなら、ドラゴンの方に味方して打ち破ってみせる。
いつしか人のする戦争は己の国を守るものではなく、己の欲を満たす低俗なものに変貌してしまった。
そんな戦争に参加して勝ったとしても、その国は真の繁栄をすること無く、間もなくして衰弱の一途を辿る事になる。
栄枯盛衰とはそのような国であり、決して全ての栄えた国で起こる現象ではない。
「ですが……この国を栄えさせる為には、間違った決断もしなければいけない時もあります。貴女様は……こ、この国を……ッッッ潰す気ですか」
漸く振り絞ったという様な声で私に意見を具申した。
こんなに騎士道に溢れるエルが追い詰められる程の事を、私は議会にも出さずに棄却する気は無い。
「議会に提出します、今すぐ重臣を集めて来て下さい。場所は参謀室で行います」
「直ちに」
そう言って拳を握って走っていったエルを見送って、着替える為に自室に向かう。
