世界を飲み込む獣②
砦から発つ際に、パレス王国に潜入すると意思を示した、城内では中立的な立場のエルを残し、突如訪問したテオドールの手助けもあり、軍師さんの策も心配が無くなった。
現状を振り返り終わって、1つの思考を絶えさせると、横腹が痺れる様に痛み始める。
「……ッッ、赤雷、ですか。分からないので、文章にして下さい」
『あぁそうだ、英雄になりたきゃよ、早い話俺を使えよ』
「あなたはどなたですか、それにこの痛みは……先程は赤雷と仰っていましたが……」
「だからよぉ、そんな事は良いんだよ、とっとと俺を使えよ。このメドラウトをよ」
頭の中で響いていた声が突然目の前で聞こえると、馬上にも関わらず誰かに引っ張られ、徐々に隊列が停止していく。
開けた目に映ったのは、重厚な鎧を身に纏った騎士だった。
「メドラウト、メドラウト……モードレッドか!」
「何か知っているのですか軍師殿」
「んだよ、分りにくい様に隠してたのによ。バレたんなら良いか、そんじゃ遠慮無くさせてもらうぜ、お前は父上に似てやがるからな、見てるだけでムカつくんだよ!」
黒に包まれた剣を振るった騎士から、まるで内側にある私の黒を覗き込まれる様な、全く良い気がしてならない。
未だ腹に残る不快感が抜けずにナハトに抱えられながら、チェリーとリュリュが足止めしている内に離れる。
私を囲む様に武器を構えて打ち合いを傍観している騎士たちは、その速さに割り込めないで居る。
後方寄りに居たヨルムが上空から横槍を入れると、チェリーとリュリュが吹き飛ばされ、重い筈の一撃を軽々と受け止める。
「あめぇな三流ドラゴン、俺に加減たァいい度胸してんなおぃ!」
1度ヨルムの剣を弾いた騎士は、素早く切り返して二発目を見舞い、大きな盾を出したヨルムを叩き飛ばす。
雷を纏って背後から迫るナハトが槍を突き付けると、鎧の一部を砕いて背中に突き刺さる。
左手の剣を振るったナハトの攻撃を受け止めた騎士が、赤雷を纏ってナハトを吹き飛ばす。
直立しながら地面を滑っていくナハトに、既に懐まで肉薄していた騎士の剣がまともに入る。
血を吐いて地面を転がったナハトが動かなくなり、それを目の当たりにしたチェリーとリュリュが、気合か悲鳴か分からない声を上げながら、それぞれの得物を振り下ろす。
今まで見た中でも一際大きな雷が騎士の頭上に叩き付けられ、砂埃の中に3人の姿が消える。
「うるせぇ! 鬱陶しいんだよ」
徐々に晴れていく砂埃の中に映る2つの影が地面に倒れ伏し、その間に剣を肩に置いた鎧の姿が浮かび上がる。
龍人とバレないように必死に龍力を抑えるヨルムの代わりに、炎を纏ったジャンヌが飛び出す。
だが、その槍すら手で掴んで止めたメドラウトに、完全に精鋭らが大敗を喫する。
「ふぅん!」
気合いと共にレーヴァテインを振るったガルドナル将軍の一撃を、今度はしなやかな受け流しで切り抜け、体勢を立て直したジャンヌの剣を避ける。
軍師さんが遠距離から放つ光の魔法が、ジャンヌの攻撃の直後に襲い掛かり、不意打ちをまともに受ける。
「ほぅ、やるじゃねえか魔法使い。今度は俺から行くぜ!」
「下がって下さい軍師さん、私の魔法で何とかしてみせます」
痛む腹を押さえながらイメージを固めると、赤雷が手の上に生成され、ゆっくりと実体のある赤い槍に変形する。
「はっ、おもしれぇ。そんな繊細な魔法を使う人間が居るなんてな、一撃でへばんなよ!」
剣を構えた騎士に向かって槍を投げ、ナイフを抜いて突っ込む。
槍を弾く為に空いた腹部目掛けて魔力を乗せた一撃を入れるが、軽々と片手で止められ、前蹴りで吹き飛ばされる。
「赤雷よ!」
手を天に伸ばして弾かれて舞い上がった槍の形を崩し、降り注ぐ雷にして騎士の頭上に降らせる。
雷を防ぐことに精一杯な騎士に、ガルドナル将軍とジャンヌが、全力の一撃を出し惜しみせずに叩き込む。
大きな力が合わさった事により生じた閃光に包まれ、土煙を舞い上げて大きく地面を抉り取る。
そこにすかさず雷の槍を放つが、土煙を切り裂いて槍が方向を変えて消える。
土煙の中の影が剣を振って土煙を払うと、ボロボロになった鎧の下から、鋭い目つきの人間が姿を現す。
兜を取った騎士は舌打ちをしてから、剣を地面に突き刺す。
「やるじゃねえか、約束通り今度は俺から行かせてもらうぜ。良い一撃だがよ、まだまだ腹が減ってるぜ」
「化け物ですねあなたは、まずは目的が何か教えて下さい」
「あぁ? お前は何も知らないのに俺の封印を解いたのか、それともあのクソドラゴンが死んだのか? どっちにしろ出られたんなら良い。俺の目的はな、今はねえ。父上をぶっ殺せたからな、次は何をしようか迷ってたけどよ、戦争なら暴れられるだろ?」
「好き好んで戦いたいだなんて理解しかねます、やはり人間とは愚かなのですね。崩れゆく抑制よ、遥かなる雷龍よ、愚かなる私をお許し下さい」
激しい嫌悪感の後に湧く力に包まれ、腹から胸に移った痛みが弾け、指先まで体中を駆け巡る。




