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笑顔の女神⑨

来た道を引き返してから暫くして、漸くケール砦に到着する。

途中、何人もの騎士が脱落しかけていたが、笑顔で皆を励まして周り、私の身も心も、既に限界を迎えていた。


元々体が弱かったらしいナハトは、披露の蓄積から熱を出し、救えた命もいくつかが消えてしまった。

到着してからは、負傷兵を手当てする人員が足りない事から、自ら砦の中を走り回って、手当てをした。


帰って来れた者は、527名の騎士だったが、王都からここに来る途中救えなかった、43名の亡骸が、私の無力さをより訴える。

クーデターにより追放された正騎士団は、この近くの森に逃げていたらしく、つい先程私の元を訪れ、負傷兵の手当に回ってくれている。


その中の5人を呼び出し、亡くなった騎士たちの遺族を、王都からこのケール砦に招待するよう、文を持たせて向かわせた。

そうして砦に到着した遺族は、変わり果てた亡骸を見るなり、膝から崩れ落ちて涙を流したり、私に怒りを向けたりなど、とても立っていられるものじゃなかった。


眩暈に襲われて倒れた私を見て、遺族は更に私に対する反発を強める。

駆け寄って来たチェリーとリュリュに支えられて部屋を出るが、私の意識は既に留められない程に遠くなっていた。


そうして微睡みの中に呑み込まれた私の前に、アイネと出会った湖が広がる。

だが、そこにアイネは居らず、紅い魚が中を遊覧しているだけだ。


「アイネさん、居たら返事が聞きたいです」


数秒耳を澄ませて待ってみるが、当然返事は愚か、物音ひとつ帰って来ない。

水際に蹲った私の背後から、草を踏む音が聞こえて、咄嗟に振り返る。


「憐れね。多くの国民を失い、王でありながら国を追われる。滑稽で仕方が無いわ」


「イシュタルさんでしたか、何の御用ですか?」


「別に貴女に用なんて無いわ、その体の中の神力に用があるの。貴女雷でドラゴンを使ってたでしょ」


「あれがどうかしたのですか」


「どうかしてるのよ、魔力のくせにトールと殆ど違わないのよ。それに貴女の中でリミッターとしてあるトールの神力、もしかして……なるほど、納得がいったわ」


「何がですか、私は私です。確かに何か違和感が消えませんが、私は……」


自分の存在を伝えようとイシュタルに迫るが、彼女は鬱陶しそうな目で私を睨み、広げた掌から雷を放つ。

私の目の前で四散した雷が、今の彼女の気持ちを表しているのがよく分かるが、ここで引く訳にはいかない。


「私はトールさんのものです、ですがこの国の王でも……」


「私はそんなスケールの小さな話をしていないの、貴女は自分の存在が何かも分からずに生き続けてきた、ただの愚か者よ。自分がアトラルと言う自覚も無いの?」


「私の存在の自覚なんて……アトラルなんて言われても……」


「良い? 貴女は1人で生き抜く力も無い、更に何も知らない無知な愚か者。トールが貴女に固執した理由も知らないで、貴女は自分勝手な欲でトールの下を離れたの。トールの気持ちなんか知らないで」


「そんなの分かる訳ないじゃないですか、私だって許されるなら自分の考えで生きてみたかった、村に居た頃には出来なかった事がしてみたかった。なのにある日突然王だなんて言われて、何も知らないままここまで来てしまったんです。貴女に何か1つでも、わたしの心が分かりますか?」


「そんなの……知ろうとも思わない、っての!」


「私だって、貴女なんかに知られてほしくないです!」


先程よりも強力な雷を放ったイシュタルに対抗し、再びトールをイメージして、あの時よりも大きく力を込める。

そうして身体から放出された大量の魔力が形を成し、バハムート型の大きなドラゴンとなり、イシュタルの雷を退けて襲い掛かる。


「こん、のぉ! こっちが加減してあげたら良い気になって、良いわ、本気を見せてあげる」


「待たぬかイシュタル、クライネも魔力を収めぬか!」

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