笑顔の女神②
「柵を左右交互に立てて下さい、間隔はそれ程広くなく、1つの道には何も置かないで下さい、柵の道には落とし穴、何も無い道にも最後に落とし穴を掘って下さい。で良いんですよね軍師さん」
私の指示を受け、急ピッチで進められていく迎撃準備は、軍師の提案に殆どを任せ、私には元気な姿を見せ、時に手伝いや、食料の差し入れをする事しか、出来る事が無かった。
伝達魔法で届いたナハトの声は、限界ギリギリと言う声で、息が上がって苦しそうだった。
内容は、リュリュやガルドナル将軍の加勢があったものの、やはり多勢に無勢、とてもじゃないが、足止めなど不可能だと言う内容だった。
一応地面を削って深い堀を掘ったものの、勢いを止められず、500も削れていないそうだ。
魔力の量が枯渇しているからか、伝達魔法は聞き取り難く、途中で消えてしまった。
「こっちの落とし穴は終わりました、次はデコイですね」
「はい、お疲れ様ですジャンヌさん。頬に土が付いてますよ」
鎧を脱いで作業をしていたジャンヌは、泥だらけになった体で、別の隊の作業に移ろうとする。
そんなジャンヌを引き止めて、まずは顔と手に付いた泥を布で取り、変えの服を渡す。
「ありがとうございます、クライネ様、着替えたらすぐに次に移行します」
「無理しないで下さいね、私も手伝います。ほら、行きますよチェリーさん。軍師さんは終わった隊に次の指示をお願いします」
「あぁ、必ずこの砦で追い返す策を立ててみせる」
「はい、私たちもその為に頑張ります」
こんな時だからこそ笑顔を絶やさずに居ると、今まで遠慮気味だった騎士が、いつの間にか、気軽に笑顔で話し掛けてくれるようになっていた。
そこから自然と周りに伝染し、デコイを作る私の周りには、沢山の騎士が手伝いに来ていた。
「おーい、クライネ様の所ばかり行ってないで、こっちの力仕事に来いよ。人が足りないぞー」
「お前もクライネ様とお話がしたいなら、さっさとそこの穴掘ってこっち来いよ」
「っな、あのなぁ。お前はここの穴担当だろ、勝手にサボってんじゃねぇよ」
「なら、私が手伝いましょう。シャベルはどこですか?」
デコイを作り終えて立ち上がると、周りに居た騎士も一斉に移動を始め、最後の落とし穴に群がる。
「もー、これじゃあ意味が無いですよ。デコイ班と穴掘り班に分けます、私は穴を掘る班に行きます。デコイを作っていた人たちは戻って下さい、私とどちらが早いか勝負です」
「戻れ戻れ! 負けれないぞ、ほら早く全部作っちまえ。分担していくぞ、ほら早く早く」
「あっ、負けませんよー。ほら掘っちゃいましょう!」
「はい、どんどん掘れ。もうすぐだぞ」
そうして始まった競走の結果は、殆ど終わり掛けていた、落とし穴隊の勝利となった。
競い合ったからか、デコイも殆ど同じタイミングで終わり、予想以上に早く迎撃準備が進んでいた。
迎撃準備にも終わりが見えて来た頃、遠くから飛行する影が1つと、地上を走る馬の姿が見えた。
その奥には、ナハトが削った溝から這い出てくる帝国兵が続き、兵刃が接するのも、最早時間の問題となった。
1つ影が足りない事に、何が良くない事を考えていたが、圧倒的な早さで私の下に飛んで来たリュリュが、傷だらけになったナハトを抱えていた。
「ナハトさん、また無理をして。お疲れ様ですリュリュさん、砦の中で休憩して下さい」
「リュリュはまだまだ大丈夫だよ、でもナハトは寝かせてくるの。待っててクライネ」
「私は……大丈夫だから、クライネ様の隣に、居させてリュリュ」
「駄目だよナハト、ちゃんと休まないと死んじゃうよ。私ナハトが死ぬのは嫌だもん」
「死なないから、大丈夫。駄目な2人を置いていけないし、まだまだやりたい事も、平和な街でお買い物も行きたいから。私は大丈夫、まだ……戦える筈」
それを最後に落ちたナハトを抱えて、リュリュにも休む様に促すと、リュリュは素直に休息を取る事を受け入れる。
このまま目を覚ますまで抱きしめていようと、ほんのり温かく、良い匂いのするナハトの細い腰に腕を回す。
「これより迎撃戦を始めます、総員配置に付いて、1人たりともこの砦からは進ませない」
「総員用意! まずは門で食い止めてから頃合いを見て引いてくれ、押し過ぎず引き過ぎずが大切だ。全員カモフラージュしてある落とし穴に落ちるなよ!」
「ガルドナル将軍が砦に帰投なされました、間も無く兵刃が迫ります」
「総員壁を作れ! 盾は隣の者と自分に被るように持て、自分が倒れれば友も倒れると思え!」
遂に始まった戦闘は、溝によって置いて来ざるを得なかった馬が居ないことにより、横に広がった盾の壁に、完璧に勢いが殺される。




