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7月

 幸田の家で料理を作っている途中、窓から外を見た。

外は紫色の空で、それが夜だとは思えなかった。横浜の空は明るい、それは幸田の家から見える空においてももちろん言えることだった。


☆☆☆

「今日さ、七夕なんだよ」

 和風パスタをフォークでつつきながら、万里はそう言った。幸田はパスタをすすりながら「へえ、そんな時期なんだ」と答えた。

「平塚でこの前、七夕祭りあったじゃん。アトリエからも花火見えたよ」

「僕のところからも見えた」

「平塚なら星が見えるのかなあ。こんなに明るいと彦星と織姫が無事に会っているかどうかもわからないというか」

「安心していいよ。雨が降るのは地球だけであって、天の河の水かさが増すことはないから」

「まあそうだけどさ」

 万里は一呼吸置いて、言った。

「七夕企画とか、ないわけ? 作家の間で」

「それビール飲んで親睦深める企画?」

「違って、七夕を題材に何か書きましょう……みたいな」

「ネットの作家でもないのにそんな暇あると思うの? 君」

「いや、なんか季節を憂う心も忘れそうになる生活にもうちょっとメリハリを出したくて……」

「メリハリを出したかったら運動でもすればいいのに」

 幸田が困ったように笑った。

「じゃあ、プチ七夕企画。君が今日中にこの問題を解けたらご褒美をあげよう」

「何それ? ご褒美とかに釣られると思うなよ?」

 すでに釣られて乗り気な様子の万里に苦笑いをしながら、幸田は言った。

「ある地方の奥地にある神社で、ひっそりと七夕祭りが行われるんだ。夜店も出るし、短冊ももちろん作るよ。でも見ものなのはね、巫女がその短冊を水神に奉納する儀式なんだ。祭壇に繋がる水の回廊の両サイドから水が吹き上げて霧のようになったところにね、光が当たってライトアップされて、とても綺麗なんだよ」

「ふんふん」

「まあ見てきたことはないけどね」

「つまり架空の神社ってことだね?」

「さて、巫女……といっても、けっこうな年齢だよ。四十歳くらい? が、近所の子供が遊びにきたとき、こう言った。『水の祭壇の間の水はどうやって噴出してくるのか、トリックが分かる人』と。子供たちは驚いたね、あれは魔法で噴出しているもんだとばかり思っていたから。それで、ゲームが始まった。水が噴出すカラクリを探すトリックだ」

 そこで幸田は一呼吸置いて

「君にはわかるかな?」

と言った。

 万里はちょっと考えこみ、そのあと本格的に考えこみ始めた。

 その様子を見て幸田はにんまりと笑ってから

「さて、僕はシャワーでも浴びてこようかな」

と言って立ち上がった。

 万里は食器を洗いながら考える。水を噴出させるのは水道の蛇口でいいとして、それを霧状にするためにはどうすればいいのか。

「竹筒に箸をいっぱい刺して、その隙間から水を……」

 そんなことをすれば箸まで巫女に襲いかかるということを考えて沈黙する。

「竹に穴をいっぱいあけておいてそこに水で圧をかけるとか……」

 それも竹筒が巫女に襲い掛かりそうな気がしたが、でもさっきよりは現実的かもしれない。問題は隠れ神社で、ずっと昔から伝承されてきたであろう奉納の儀式だということだ。もし近代ならばシャワーでもドライアイスでもなんでも方法があるというのに。

「あーもう、わからない」

 悔しくなって冷蔵庫から幸田のビールを取り出すと勝手に飲んだ。幸田はキリンビール派で、そしてビールよりもウイスキーが好きだ。万里は安酒万歳なので量のある麦焼酎やアサヒビールが好きである。

 口元の泡をぬぐいながら、どうすれば解けるか考えた。と、待てよ、と思い先程の幸田の台詞を反復する。

「あああ!」

 万里がビールを片手に立ち上がってそう叫ぶと、風呂場に突進して扉を開けた。

「幸ちゃん、わかった!」

「君ね……」

 狭い湯船につかっていた幸田が呆れたようにこちらを見る。

「緊急の用事でもないのに、僕があがるまで待てないわけ?」

「いや、待てます」

「じゃああと五分ほどあとに回答は聞くとして……」

「いえ、待てません。今すぐ答え言わせて」

 幸田が呆れたようにこちらを見つめて、「どうぞ」と答えた。

「シャワーでしょう?」

 万里は自信満々にそう言った。

「考えてみれば、隠れ宮で代々伝えられてきた儀式みたいに表現されていたけれどもまったくそんなこと言ってないものね。ライトアップされている時点でけっこう近代だし、シャワーくらいあるでしょう?」

「うん、正解」

「やった!」

「だからドア閉めて。僕のお風呂、もう邪魔しないでね」

 ぴしゃりとそう言われた。万里はすごすごと退場した。ドアの向こうでシャワーを使う音が聞こえる。

「でもこれってトリックって言えるの? 水の祭壇のところにシャワーが出る仕掛けなんて、そんなミモフタもないトリック」

 万里がそう呟いた瞬間、後ろの扉が開いて、幸田が出てきた。

「トランクスとって」

「ああ、はいはい」

「あと服も」

「甚平でなく?」

「うん、服のほう」

 タオルで体を拭きながら万里から着替えを受け取って着替え始める幸田。三十代の割りにはそこそこ締まった体つきだと思う。万里は自分のお腹をさわってみた。下り坂の女よろしく、お腹がぷにっとしている。

「どうしたの?」

「いや、幸ちゃんのお腹と比べて私のお腹は油断しすぎだなって」

「そんなの、会ったときから油断しまくりじゃない」

 幸田は笑って万里の手にあったビールを攫うと、それを口に運んだ。

「つまらないトリックだと思った?」

「え? うーん、小説で書いたら絶対バッシングくるようなトリックだとは思った」

「でもその場で問題言われると案外考えこむでしょう?」

 幸田は笑って、ビールを万里に返すと

「さらに追加の問題です」

と言った。

「このトリックをつかって、二重の伏線を張るとしたら君はどうする?」

「二重の……伏線?」

「ひとつ目はそのトリックでいいよ。ふたつ目は君が考えるの」

「うーん……」

 にわかには思いつかない。

「幸ちゃんならどうするの?」

「子供のひとりが問題を解いて巫女のところへ答え合わせに出かける。すると巫女は何かを隠そうと頑張っている。そう、子供たちががんばって作った短冊が雨にやられてぐちゃぐちゃになっていたんだね」

「雨の日に短冊を取り込まなかった巫女のうっかりだね」

「まるで洗濯物を取り込み忘れた奥様のうっかりみたいな言い草だな。ともかくね、七夕の儀式になっちゃえば、どろどろのぐちゃぐちゃでも、どうせ水にぬれちゃうわけだからわからなくなるけれども、そのぐちゃぐちゃになった短冊を巫女は子供たちに見せたくなかったんだ」

「だから時間稼ぎに問題を出したと?」

「そう。子供の興味を他にそらしたわけだね」

 幸田はそこまで言うとテーブルの上に置いてあった財布と鍵を手にとった。

「ちょうど今の僕が、七夕を気にしている君のためになんか格好のデートスポットを考える間の時間稼ぎに、てきとうに作った問題を君に押し付けたみたいに」

「は?」

 万里が素頓狂な声をあげる。幸田はポケットに財布を詰めながら、「時間稼ぎでした」と言った。

「ちょっと待て、リアルにまで伏線張っていたの?」

「咄嗟に『何か解け』とか『何か作れ』って言われるとそれ以外に本当の目的があるって思わないでしょう?」

「思わないけど。って、あれあれ? ずるいぞ、今のは幸ちゃんずるいぞ」

「では謎解きといきましょう。いきなり七夕の話題を持ち出された幸田直哉は、彼女に言われるまで七夕のことなんてすっかり忘れていた。平塚で花火があがっているのも何のイベントだろう? くらいにね。だけど君は彦星と織姫の恋の行方が気になるらしい。何かいいサプライズを用意してあげるっていうのが男のやることでしょう。でもサプライズを用意するどころか、僕が『七夕だ』と言われてサプライズしたくらいだ。時間稼ぎが必要だ、とっさに思いついたのがクイズだった。しかもあとで何とでも答えの用意しようのあるクイズ。それを解かせている間に風呂で考えごとをしていると君が風呂のドアを開けてきた。直哉はびっくりした、いくらなんでも解くのが早すぎるだろう、と。仕方がないから別の時間稼ぎの問題を与えて、口ではでたらめなストーリーを作りつつ頭ではデートプランを練るのに頭はフル稼働だ」

「今あっさりとネタバレしているけれども、でもそれって口と頭ばらばらに使っているんでしょう? そんな器用な真似、よくできるね」

「君の場合ひとつのことをまともにひとつ終わらせるのに苦労するかもしれないけど、僕はふたつのことを適度にてきとうにやりこなすくらいのことはできるからね」

「うわ、腹立つ」

 玄関に鍵をかけると、階段を下りていく幸田についていく。一階のバーの駐車場と同じところにある自家用車に乗り込むと、キーを回して幸田は隣に座った万里を見た。

「さて、行く場所だけれども」

「うん」

「長野あたりどうだろう?」

「長野!?」

「僕の友達が『愛知って案外近いんだよ』って言うんだ。さすがに愛知は遠いと思うけれども、長野あたりなら」

「いや、遠いでしょう」

「僕もそう思うんだけれどもね。試すならばひとりで行くよりふたりで行ったほうが楽しそうだし」

 車を出しながら、幸田は笑う。

「きっと星、綺麗だよ」

 幸田の顔は根暗な顔だ。その顔で「へっ」と笑われて

「きっと星、綺麗だよ」

とか言われても本当に綺麗なんだろうかと疑いたくなる。

「長野ってことは美味しい蕎麦あるかな」

「そば食べたいの?」

「今年の新蕎麦まだ食べてないもの」

「じゃあ帰りにそれ食べよう」

 どうせ毎日仕事と言えば仕事、毎日休日と言えば休日なふたりである。お互いの締め切りが遠いことを確認したら、静かに車をスタートさせた。

 よくよく考えると幸田はさっきビールを飲んだから運転してはいけないはずなのだが、万里は運転できない上に方向音痴だ。一口しか飲んでないし、事故にあわないことを祈った。

 途中の道のりがあまりに暇でしかたなく、万里はついうとうとと寝てしまった。

 夢の中に出てきた彦星は織姫とのデートプランを練る間に問題を出していた。一年に一回しか会えないんだからその間に練っておけよ、と万里は夢の中で突っ込んでいた。

 別に、そんなたいしたサプライズを用意してくれなくたって、演出してくれなくたっていいのだ。会いたいときに会うことができる、その手軽さが嬉しいときもある。


☆☆☆

「ついたよ」

 幸田にかけられた声で目が覚めた。万里がまじまじと幸田を見つめるものだから、幸田は「どうしたの?」と首をかしげた。

「幸ちゃん考えてみてよ。彦星と織姫は一年に一回しか会えないんだよ。その日のことが待ち遠しくなると思うでしょう?」

「そうだね」

「ところが一年に一回しか出会えないのにそのデートプランが冴えないと織姫が機嫌を損ねるわけだよ。彦星は毎年大変なわけ」

「へえ、知らなかった」

「それが七夕の生まれた時代から今に至るまで毎年毎年、何かデートプランを練るんだけれどもそれもネタが尽きてきてね、そのとき彦星は思いましたとさ。『毎日会えるって素晴らしい。多少がっかりなデートでも会える楽しみがあるのに』って」

「それで?」

「毎日会えるって幸せですね」

 万里の言葉に幸田はいつもの根暗な笑みを浮かべて、「そうだね」と答えた。

 この笑顔だけはいただけないと思いながら、それでも大好きな人が隣にいてくれる喜びを、そして満天の夜空をいっしょに見られる幸せにいっぱい浸った。

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