第八説 北上桜花
前回のあらすじ
ユナの体を分析した俺は、冬帝に誘われティータイムをする。だが、その穏やかな時間は易々と奪われてしまうのだ。
「叛乱だと」
白虎、これも五獣の一つである。それを担当するのは西定雅。年齢は三十五でここの年長者だ。
「ああ、そうだよ。あいつ遂に痺れを切らして無間郷を支配しようとしてんだ」
「よりにもよって俺がいる時とはな」
「いや、むしろお前が来たからだよ。挑戦状という奴かもな」
「矢文がお前か」
「冗談言ってる場合じゃねえって!どっから仕入れたか知らんが大量にライフルを持ってやがる!」
この世界に武器はない。どうやって現実に戻り、手に入れた。ゲートの管理は俺がやっている。
「それは面倒だな」
「白虎?」
陽一と会話している間、ユナは聞く。
「五獣の一つよ。あいつんとこだけは部下を置いてる。だから、段々と支配欲が高まったんじゃないかしら」
「部下?でも冬帝さんも桜花さんを部下にしてるんじゃ」
「桜花は部下じゃないわよ」
「そうなの?ごめんなさい」
「分かりづらいですからね……傍から見ればそうなるのも仕方ないかと」
執事は部下ではない。そう言ったのは俺だった。
「兎にも角にも抑える必要がある。開拓なんかしてる場合じゃねえぞ。ティータイムなんかもっともだ。秋彦、亥、蒼奈は既に戦闘中だ。早く指示をくれ」
「そうか……分かった。まずは現状把握といこう。定雅は何処にいる」
「多分、砦だろうな。踏ん反り返って制圧を待ってるんだろうよ」
部下は全員敵対したのだろうか。先程から彼らの精神にコンタクトを図っているが、障害を受けている。このような事は初めてだ。よって、彼らがこの事態をどのように思っているのかわからない。
「うむ、では敵となった連中は主に何処にいる」
「この時間帯は開拓地が一番人が多い。そこを狙われた。町にはまだ来ていない」
「なら、陽一は町を頼む。開拓地はあの三人に任せる。……ところで朱楽はどこにいる」
朱楽とは、五獣の一つ、鳳凰の管理者だ。
「ここに居るよっと」
突然、ボアッと炎が舞い上がり、姿を現した。
「いたのか」
「緊急事態なんでね。姐さんに何かあったら心配だから来てたんだ」
姐さんと呼ばれるのは冬帝。実の姉弟ではないが、彼はそう呼ぶ。
「ありがと。でももっと早くに来るべきだったわね」
「すまないねぇ」
「良し、なら俺と冬帝で敵陣である白虎の砦を攻める。朱楽は空から監視しておいてくれ」
「了解っと」
「おいおい、大将が直接行くのかよ」
「俺が直接話さないと意味がないからな。それとも、俺が死ぬとでも」
「それは思わねえが……あんまりお前が出しゃばるとロクなことにならなさそうな予感がするんだわ」
「そうか、忠告として受け取っておこう」
「陽一さん一人で町を守れるの?」
「陽一は一人城塞と呼ばれている」
あらゆる法則を無視した錬金術。それが陽一の力。賢者の石を基に、黄金を創り出せる。石が発動範囲における法則を捻じ曲げ、無理矢理作り出しているのだ。術者に負担はなく、発動時間も無限大だ。尚、小さな町程度であれば、およそ三分でそれを囲む城が出来る。
ただ、錬金術を手に入れていく過程で彼は親を失っている。いずれこの話もするだろう。
「任せておきな。割り振りも決まった事だし早く行こう」
「ああ」
「ちょっと待って。私は?」
ユナは戦力外としていた。武器もないしな。
「どうする?付いてくるか?」
あまり危険な目に遭わせたくはないが……彼女の意思を尊重する。
「行くよ!智覇彌の役に立ちたいから!」
根拠のない自信だ。だが、俺はこの強い意思に反対する気持ちはなかった。
「分かった」
「お嬢様、私も行きます」
「無茶はしないでね」
「はい。足手まといになるつもりはありません」
これで揃った。白虎の陣営を、これより制圧する。
本営に乗り込む前に、まず、町に敵が潜んでいないかを確かめた。
「いないな」
「そうか、なら分かった」
ごそごそと陽一はポケットから賢者の石を取り出した。紅い。蒼い。見方によって色が変わる石。使い方次第で万物を創り出す兵器にもなる。
「賢者の石よ、我が身を守る盾となり、槍となり、彼の地と契約し、今此処に黄金の城を建てよ。黄金城塞‼︎」
即興の詠唱を呟きながら石を地面に叩きつけると、土は金に変化し、瞬く間に広がって行く。そして黄金の壁が現れ、ドーム状に覆う。
彼の地とは、彼にとって恐らく死後の世界だろう。死後の世界にいる両親と契約を結ぶ、と言ったところか。死後に世界があるかどうかは分からない。良いのさ、発動が出来ればな。
「ざっとこんなもんよ。後は任せたぞ」
「ああ、任された」
彼が一時的に門を開け、そこから俺達は白虎の砦に向かった。その後、すぐさま門は閉じられる。
「急ごう。犠牲者が出る前に」
走れない桜花を担ぎながら、走る。誰一人として殺したくはない。俺が皆を此処に連れてきたのだ。愛情に似た感情を一人一人に持っている。だから殺せるわけがない。
しばらくして、砦の前まで来た。砦は二つあり、どちらかに定雅がいる。
「見張りが十数人。……おかしい。知らない顔がいる」
銃の仕入れと良い、俺の預かり知らぬところでゲートが開いていたというのか。所謂独自ルートというもの。定雅の能力は単なる身体強化のはずだ。部下のリストにそういう能力を持ったものはいない。彼が外に出た形跡もない。どうなっている。
「UNKNOWN」
突然、MPCが俺に語りかけて来た。
「UNKNOWNがどうかしたのか。まさか」
「この件にはUNKNOWNが関わっています。あの見張りの男の首を見てください」
指示された男を見る。すると、首元にNの文字が刻まれている。
「っ……まさか此処を知っているのか。どうやって……何もかもが不明だ。定雅に問い正すしかないな」
となると、武器も人もUNKNOWNが提供したというのか。コンタクトの障害もあいつらが。何の為に。いや、分かっている。俺を狙っている。俺を殺せば世界を掌握できる。無間郷だけではない。全世界を。やはりあの日から俺の日常は狂い始めている。
「ユナ……あの男に見覚えはないか?」
「悪いんだけど、前に言った通り私は他の連中と関わりがないから分からないんだよ。力になれなくてゴメンね」
「そうか……だが気を落とす必要はない。現状は不明な点だらけだ。だがこれを解決すれば手かがりが得られるはず」
謎とは複雑に絡み合った紐のようなものだ。一つ一つ解いていけばいずれは解明する。
「早く制圧しないとね」
「ああ」
「ところで提案良いかしら」
「何だ」
冬帝は二手に分かれようと言ってきた。
「その方が手っ取り早いな。だがリスクは高まる」
「大丈夫。私はあの頃と違って制御できるから」
「そうか……ならばもう何も言うまい。行こう。あいつらは最悪の場合殺しても構わん。だが、出来る限り生かして、謎を解く鍵を一本でも増やすんだ」
頷き合い、合図を発した瞬間、飛び込んだ。
「なっ⁉︎一体何処から‼︎」
不意打ちを決められたUNKNOWNの一人は棒立ちの状態で俺の飛び蹴りを喰らう。そしてそのまますかさず風の魔術、ウィンドを発動する。これで周囲の連中は武器を落とす。
「カラシニコフ……典型的なテロリストだな」
よろめいた連中にバインドをかけ、拘束する。
「良し、これで良いな」
「やっぱり智覇彌一人で良いんじゃないの?」
「そうとも限らん。行くぞ」
俺とユナ、冬帝と桜花の二組に分かれ、それぞれの砦に入る。俺は右側だ。
入った瞬間、銃弾がこっちに向かってきた。シールドを張り、これを防ぐ。
「びっくりした……」
「本当に経験ないんだな」
UNKNOWNとは兵士を作っている節があるが、どうも実践経験が身に付いていないな。
「いきなり撃っても、居場所を知らせるだけだぞ」
音の根源に走り、リロード中の男の顔を掴み、床に叩きつける。気絶したようなので拘束し、これ以上は何もしない。
「一階はこれだけか……ッ⁉︎」
身体が一瞬痺れる。力を奪われるような感覚。
「何が起きている」
手を離すと、その顔は不気味な笑みだった。何がそんなに可笑しい。
「上の階ではどれだけいるかわからん。慎重に行くぞ」
階段を登る。すると扉があるのでそこにC4を創って貼り付ける。
「起爆するから下がっていろ」
少し後退し、起爆。その衝撃音で恐らく全体に気付かれただろう。だが、この階の連中は振動で視界がぐらついてまともに身動きが取れないはずだ。
動揺する連中を御構い無しに、気絶させていく。その度に先程のチクリとした痺れが起きる。だが、止まるわけには行かない。
「これでこの階も片付いた」
問題は次の階だ。警戒した連中は、面倒だろうな。
三階に登ると、流石に同じ手を通用しないと判断し、扉を少しずつ開ける。細長い廊下を螺旋状に形成されている。その中心までいけば最上階にたどり着く。
一人ずつ相手するという事か。既に一人が待ち構えている。
一気に開け、突撃する。
「来たな。死ね!」
三脚を取り付けた(通常は二脚)MINIMI軽機関銃を乱射してきた。
「無駄だ」
俺のシールドは、物理攻撃では消えない。手榴弾を生成し、投げつける。この手榴弾の爆発の威力、タイミングは意のままに出来る。
「うわっ‼︎」
空中で爆発し、死なないレベルで相手を吹き飛ばす。
「観念するんだな」
拘束すると、またもや痺れる。段々と、自分の動きが鈍くなっているのを自覚した。
だが、これをユナに気付かせるわけにはいかない。彼女を心配させてはならない。
次の曲がり角ではAKを持った二人組だった。
銃弾を防ぎつつ、一人目の銃を取り上げ、投げ捨てる。
「ッ‼︎」
だがこの瞬間、身体が全く動かなくなる。シールドも解除された。
「ようやく効いたか。とはいえ、Nの言う通りだったな」
「N……それは誰なんだ。俺に一体何をした」
「誰か答えてもどうせ死ぬだろ。まあ言わねえけどな。冥土の土産として、何をしたかは言ってやる。Nの能力さ。俺達一人一人に麻痺毒の魔術を練り込んでいたわけだ。触れた瞬間にその呪いともいえる魔術を対象者に移す」
Nは魔術を使うというのか!
「一つ一つは微量だが、お前は大量に接触した。その力は蓄積され、今に至る。お前はNを見くびりすぎたな。Nはお前と同じ能力を使える。よって弱点も知っているわけだ」
羽交い締めをされると、もう一人が銃を構えた。
「では死ね」
ここで死ぬのか。こんな簡単に。
一方、冬帝達もまた三階にいた。
「数が多すぎる……こっちが本命なのかしら」
智覇彌達とは違い、既に彼女らは数十人を相手していた。銃弾を躱す術はない。
麻痺毒の魔術もあり、彼女もまた力尽きていた。
銃弾の雨。それを防ぐ手はない。残された道はただ一つ。
「お嬢様‼︎」
桜花は身を呈して冬帝を庇った。そして倒れ込む。
「桜花……ッ‼︎」
「お嬢様だけでも……生きて……」
そもそも桜花とは。名前の意味は。この世界には存在しない太平洋戦争における特攻兵器の事だ。彼は、この為に存在したようなもの。物語の舞台装置にしかすぎない。残酷な事だが、これが彼の全てだ。
「桜花も生きないと意味がないよ……」
「良いんです。これで。元々、半身不随の私がここまで出来たんです。私はここに居てはいけない。でも……最後くらいは花を咲かせる事は出来ます。血の花ですけどね……ハハ……。私の死を乗り越えてください。そうすれば……貴女はこの状況を突破できるはずです」
人は、生まれた時から定めというものがある。過程はどうあれ、結果は収束する。彼は無限の世界において、どの時間軸においてもここで死ぬ。それが定めというものだ。
ーー私がそう決めたのだ。
彼はそのまま絶命した。
「おう……か……」
まず、彼女は悲しみの感情が溢れ出す。そして次に怒りが伴う。誰に対して。動けなかった自分に対して。殺した相手に対して。身体は止めても感情は止まらない。感情は肉体を凌駕し、具現化する。玄武である彼女は尻尾を巨大化させる。
「桜花……殺した……お前ら皆死ねば良い……何もかも……全てッ‼︎」
薙ぎ払い、全てのUNKNOWNは切断される。
彼女は桜花だった物を抱き締め、泣き崩れた。
次回予告
死。それは誰にも解く事が出来ない謎。恐怖とは、理解できないものにこそ発露する。死とは永遠に分かり合えぬ恐怖。それを乗り越えるのは勇気。感情は、無くてはならないもの。
次回、第九説 西定雅
悲しみの連鎖は誰が断ち切る。