第七説 玄真冬帝
前回のあらすじ
部室に行き、ユナにメンバーを紹介する。そしていよいよ無間郷という現実とは別の世界へ招待する。
第七説
掃除をやる必要はなかった。というのも、蜘蛛の巣一つないレベルで綺麗だったからだ。あくまで比喩で、実際にこの世界では原則タイムレス以外の生物は存在しない。
「意外と小さいんだね」
島の屋敷の百分の一程度か。五百坪程度だ。そりゃ一般的な家に比べればかなり大きいのだが、彼女は島の屋敷ぐらいしか見たことが無いので仕方ない。
「ここは俺の趣味で建てたからな。利用するのも俺くらいだし、大きくしすぎると逆に言え面倒なのでな」
そう、これは俺が一から建てた。能力は使ってない。煉瓦を作るのも粘土から。半年で作ったので現実では約三十七日。
「内装もちゃんとしてるし、逆に得意じゃないことって何があるんだろ」
「実際に直面しないと俺にも分からないな」
それに、もしあったとしても熟せるように努力をするだけだ。
「私も得意な事増やせるかな」
「出来るさ。好きな事を見つけて突き進めれば」
「うん、じゃあまずは好きな事を見つける事から始めるかぁ」
チラリと俺の方を見て、目が合うとすぐ逸らされた。確かに好きなモノだが、それは好きな人だ。事ではない。別の事で磨いてくれ。
「そうだな」
さて、今回ここに来た理由は島にはない研究施設があるからである。現実でやると問題になると考え、無間郷に置いてある。理由は非倫理的な実験を行っていたのだ。ただの人間をタイムレスに変えるという改造実験。今はやっていないし、これからもやるつもりはない。過去に一度だけやったが、失敗に終わり、そいつは身体が不自由になってしまった。
今回やるのはそういった類いのものではなく、単純にユナの体を調べるだけだ。いくら俺が読心術や情報を持っていたとしても、必要情報が得られない物体を解析する事は不可能。ユナを知る者は誰一人としていないのだから、情報を得られるわけがない。
奥の部屋に入り、ユナをベッドに寝かせた。
「何をするの?」
「あまり言いたくはないのだが、君の体を調査する。これを付けてくれ」
専用のパッチを渡すと、ユナは嫌がる事なく付けてくれた。
「私も私自身の事を知りたいから。もうあんな事になりたくないし」
「ああ……」
ケーブルを俺の耳に入れ、脳に到達させる。その後、MPCに接続し、解析を始める。
「五分もかからない」
「分かった」
彼女は目を閉じ、終わるのを待つ。俺はその間、MPCとコンタクトを取る。
「とんでもない発見です。これが事実であるならば人類史上初の構成要素があります」
「何があったんだ」
「彼女は触れたものを忌み嫌いだと判断すれば、即座に、刹那的に破壊します」
「だから、砂のようなものに変えた……」
「そうです。その対象は……あらゆる事象のみならず概念全てです」
「概念を破壊するだと?」
「例えて言うなら神でさえも破壊します。それだけ彼女のそれ(・・)には強大な力があります」
俺の中にいる創造神すらも壊す力……一体何故彼女にこのような能力があるのだ。
「……そうか。だから俺は砂にならなかった。嫌われていないから。ああ、もし彼女に嫌われたら殺されるのか……用心しなければ」
「それと、注意点として、発生するのは素肌に触れたもの限定です。よって彼女が服を着ていて、その上に嫌いなものがあっても消す事は不可能です。もし消したいのなら服ごと消さないといけないので。流石に無理でしょう」
「成る程な」
これであの時、組織の一人がユナから銃を奪った時、何故あの男は消えなかったのかがわかった。奴は直接ユナに触れていなかったのだ。反応は明らかに嫌がっていたので本来なら消えるはずだった。
ただ、この段階ではまだ仮説だ。実証しなければ。
「ユナ、解析が終わった。試しにこれを持って欲しい」
俺はズボンのポケットの中でゴキブリの形をしたプラスチックを創り、手渡す。
「えっ……何……ギャッ⁉︎」
当然、本物だと勘違いをしてすぐ手放した。そしてプラスチックは粉砕されていた。
やはり、そうか。確定的だ。もし彼女があの組織とやらに所属したままだった場合を考えると恐ろしい。利用して世界を支配する可能性がある。
「悪い……それはただのプラスチックだ」
「びっくりさせないでよ……もう。で、結果は?」
「君は……」
説明をすると、そっか、と俯く。無理もない。
「君が嫌いにならなければいい。……言うは易く行うは難しかもしれないが、君になら出来るさ」
「……うん、嫌いにさえならなきゃ良いんだから」
「俺も付いている。全力でサポートする」
「ありがとう」
もう一つ確定した事がある。それは彼女が先天性タイムレスである事。彼女から砂になった男の記憶を取り消す事は出来ず、そしてこの事象を発生させる能力を持つ。
「さて、そろそろ夕食の時間だな。作るから待っていてくれ。……悪いが肉料理は出ないぞ」
畜産はしていない。というより出来ないというのが正しい。ここでは外から動物を連れてくると突然変異を起こしてとても食えるものでは無くなってしまう。
「大丈夫だよ。野菜好きだし」
まあ、その野菜も普通ではないのだがな。ギリギリの範囲内だ。
ーー俺に出来る事は変わらない。彼女を守る事。そして、もう一つ新しいプランが出来た。
食事の準備の為、外に出ると見慣れた顔が現れた。
「あら、久々」
「偶然ね、みたいな顔をしているが、ずっと張っていただろ。俺は知っているぞ」
「だって二年ぶりに来たんだし会いたくなるのは当然よね」
「悪かったと思ってる。俺も俺で現実で忙しかったんだ」
「分かってるわよ……まあ、今は彼がいるし暇する事はないけどね」
「桜花はちゃんとやれているのか?」
「勿論。あんたのせいで大変だったけど」
「今でも反省してるよ……冬帝」
そろそろ説明すると、彼女は玄真冬帝。無間郷の五獣の一つである玄武の担当をしている。桜花とは、北上桜花と言い、彼女の付き人だ。そして俺がやらかした実験の対象でもある。彼はこの世界で唯一ただの人間と同じ能力である。悪く言えば、タイムレスのなり損ないだ。
「うんうん、貴方の頭を下げられるのってわたしくらいしかいないかも。それで、今は何してるの?」
調子に乗っているなあ。
「夕食の準備だよ」
「ふーん、じゃあウチくる?」
「良いのか?」
「桜花ならやるわよ」
「悪いな。じゃあ少し待っててくれ」
ユナを呼びに戻る。
「……また新しいのを連れてきたの」
「普段は向こうで過ごすことになる」
「ん?誰?」
俺が説明しようとすると、冬帝に止められる。
「私から言うわ。私は玄真冬帝。ここの最初の住民よ。貴女は?」
今、彼女の口から最初の住民と出たが、その通りで彼女は俺がここを作るきっかけとなった人物である。
「あ、えっと……ユナです。後藤ユナ」
「後藤?」
「あー……こいつ俺の親戚なんだ」
「貴方に親戚なんていたかしら」
「(まだその設定続けるの?)」
囁いて来たので返す。
「(君が言い出したんだろう……!)」
「ごほん……とにかく、ユナをここに連れて来たかったわけだ。訳ありだからあまり詮索しないでくれ」
「分かったわ……立ち話もなんだしとりあえずうちに来なさいな」
「すまん」
「智覇彌が頭を下げた……!」
あまり驚かないでくれ。
彼女の家に着いた。現実の物差しで考えるとかなりの豪邸で彼女はお嬢様ということになる。
「お帰りなさい」
桜花が迎えに来た。一見普通に見えるが、右脚が不随だ。パワースーツの一部を使ってアシストする事で初めて動く。
「ただいま。悪いけど食事二人追加よ」
「分かりました。あ、智覇彌さん久しぶりです」
「ああ、久しぶり」
実験は失敗に終わったが、俺と桜花は目を背けるような関係ではなかった。私が弱かったため、仕方のない事ですから、とむしろ謝られたくらいに。俺の方こそ謝るべきだというのに。罪悪感は今でもある。
「今日はカレーですよ」
所謂野菜カレー。肉を使わずともスパイスを効かせる事でご飯とよく合う。
桜花はキッチンへ入っていった。
「あの人は?」
「桜花。私の……従者かしら」
「成る程。なんか優しそうな人だね」
「優しすぎるのよ」
そうだ。彼はあまりにも優しすぎる。もう少し俺を責めてくれていたら。ぐちぐちと考えるべきではないが会うたびに思う。
数分経たないうちに戻って来た。
「元々量は多めだったので早く出来ました。もう煮込むだけでしたからね」
「美味しそう。いただきまーす」
見た目は良い。
ユナは迷いなく口にたくさん放り込むが、んぐっ、と息を詰まらせる。
「大丈夫か」
無理やり飲み込み、水を入れるとブヘーと言いながら何か変な感じと呟く。
「慣れよ」
「ここの野菜は独特ですからね……お嬢様の言う通り慣れが必要かと」
「スパイスで加工してもやはり消しきれないものだな。悪いが俺も慣れろとしか言いようがない」
無間郷の住民は皆受け入れたからな。
「うー……分かった。私頑張るよ」
少しげんなりした彼女を見て、桜花は何か閃いたようだ。
「あ、そうだ。ちょっと待ってて下さいね」
奥から何かを取り出す。
「これならどうです?」
出て来たのは、豆。
「大豆?」
なるほど、そういうことか。
「そうです。見た目はね。大豆は畑の肉とも言われまして……ここでは突然変異で味が豚肉のようになっているんですよ。まだまだ数が少ないのであまり出せませんがとりあえず数粒を入れてみましょう」
そう言って、彼はユナの皿にふやけた豆を乗せた。
「まあ今回は一緒に煮込んでないのでコクはないですけどある程度はマシになるかと」
恐る恐る口に運ぶ。あっ、と彼女の口から声が溢れた。
「これなら行けそうかも」
「いやぁ、良かった」
「……これからはそれの量産を急いだ方がいいわね。長らく私たちは今までの食生活に慣れてしまって違和感を抱かなかったけど、新人には辛いものね」
「……だな。俺も迂闊だった」
その後、夕食を済ませた俺たちはくだらない話をしていた。
二時間後、今度はティータイムだと言い、席に付いた。
「あまり刺激の強いものは出さないでくれよ」
「どうかしら。そういえば、向こうはどうなの」
「向こう?現実か。いや、特に何もない。ユナの事くらいだ」
特にない訳がない。この半年の間、俺はある一人の仇を取るために動いていた。その話をまたいずれ話す時が来るだろう。だが、今は忘れていたい。
「そう……二年半の間、こっちは貴方が来ない事で不安がる人もいたわ」
「お茶が入りましたよ」
彼女が頬杖をついて、ふぅと溜息をついたところ、桜花がミントティーを出してきた。
「暗い話にならないようにスッキリするものを持ってきました」
「ありがと。そうね……こんな話をしても意味ないし。とりあえず今は戻ってきてくれて嬉しいわ」
「ピリピリする」
空気を読まずユナはそれを口に入れていた。このミントは爽やかさだけでなく舌がひりつく。代わりにかなり頭が冴える。
「嬉しい、か」
「そうよ?貴方がいて初めてこの世界は成立するもの」
「出来れば俺がいなくても回って欲しいものだな。さて、飲んだら俺は行くよ。部活の本来の活動を忘れてはならないからな。ユナはどうする。来るか?」
グイッと一口で飲みきる。喉が焼けそうだ。だが、好きなものにはたまらないだろう。
「うん、行ってみるよ」
「えーもうちょっと楽しみましょうよ」
お菓子も食べていないし、と言いたげだ。そりゃ確かに俺ももう少しゆっくりしたい。
「悪いがそんな余裕はないぞ!今すぐ来てくれ!」
突然、玄関が勢い良く開き、そこには陽一がいた。
「何?」
「どうかしたのか」
彼はかなり動揺していて、気持ちが上手く読み取れない。息が上がっている。
「とりあえず落ち着け」
彼は深呼吸をした後、告げた。
「……白虎が叛乱を起こした」
次回予告
別れ。それは必ずしも劇的に起きるものではない。意図せず現れる。人はそれを忌避する。別れほど辛いものはあるのだろうか。手に届くほどのものが谷底に落ちて行った時、次に人はどうする。
次回、第八説 北上桜花
別れがあるとすれば、新たな出会いがある。