第六説 無間郷
前回のあらすじ
ようやく転校したユナの前に事件が起きる。彼女に触れたものは砂になり、俺は彼女の体を調べるべきだと判断した。そこで、俺は久々に部活に顔を出す。
部室の扉を開けると、既に二人いた。
部活の中は実に殺風景だ。何もない。あるとすれば不自然に置かれた扉。
「ん?おう、久しぶりだな智覇彌。もう来ないかと思ってたぞ」
「最近は忙しくてあまり出られなかった。すまない」
こいつは赤石陽一。日本人離れした赤髪の持ち主である。妹がいるが、親はいない。そもそも、この部室にいる時点で普通の存在ではないのだ。
彼の経歴を簡単に話すと、両親が自殺し、孤児となった兄妹は路頭に迷っていたところ、俺が見つけて救い出した。何故両親が死んだのかは彼がいずれ自ら説明してくれるさ。
「まあ俺は良いんだけどよ。向こうがさ」
「約二年半空けた事になるのか」
「そうだよ。全く、お前がやり始めた事なんだぞ」
「悪かった」
「で、今日来たのはそこにいる嬢さんのためかい」
「ああ。ユナ」
彼女を前に出すと、彼女は自己紹介をした。
「ふむふむ。転校生か。そういやさっきお前能力使っただろ。それが関連してるのか?」
「そうだ。彼女は少し異質でな。向こうで研究する事になった」
ここにいる時点で皆異質だからこの説明もどうかと思うが、彼女の場合は俺よりも強い力を持つの可能性があるので、少し異質と言った。
「分かった。あと少ししたら秋彦も来るだろうし、ちょっと待ってろ」
事実上、俺がいない間ここを管理しているのは秋彦と陽一だ。
「あの……そこで寝ている人は?」
「あーそういや言ってなかったな。こいつは安座間亥。あんまり関わらねえ方が良いぜ。こいつに関わると金が消えるからよ」
「……おい、聞こえてるぞ」
「ゲッ……」
亥と関わると金が消える? とユナは疑問に思っているが、その通りで、こいつは無類のギャンブル好きだ。イカサマ無しの真向勝負を求めているせいか大体いつも負けている。
「亥、久しぶり」
亥は幼い頃、ある研究者によって魔眼というものを植え付けられ、呪われた存在となった。被害者だというのに人から忌み嫌われ、異端人として扱われるようになってしまった。彼の眼は光線を放つ……所謂「目からビーム」というものを備えている。もちろん、別の機能もある。今となっては制御可能だが、昔は苦労したものだ。当然彼も俺が見つけて助けた。
「久しぶりも糞もないな。ところで勝負しねえか」
「またか。しない。最近の調子はどうなんだ」
彼は舌打ちをして、気怠そうに答えた。
「変わらず。これじゃあ将来ラスベガス行ってもダメだな」
だろうな。……こいつの夢はラスベガスで荒稼ぎして現地の女性と結婚だそうだ。実にバカバカしいが、豪快で嫌いではない。
「勝負しなくても良いから金貸してくれ」
「俺は個人で金融を取り扱ってない。他に当たってくれ」
「ちぇっ……冷てえ奴」
「お前な……そんなに稼ぎたかったら仕事紹介しようか」
「えー働きたくねえ」
お前の生活費を出してるのは俺だぞ。と突っ込みたいが堪える。
「はぁ、なら大人しくしてろ」
「分かった分かった」
彼の扱いは気苦労する。
「智覇彌なんだか楽しそう」
彼女には楽しそうにしてるように見えるのか。
「そうか?」
「だって、クラスにいるときは無表情で無言が基本だし。仲間?といると会話が楽しそうに聞こえるよ」
ユナがそう思っているのならそれで良いか。
「陽一もそう思うんじゃない?」
いきなり話を振られた陽一は顔を赤らめて「そ、そうだな」と答える。
「何照れてんだ。殺すぞ」
勿論冗談だ。
「お前が言うと冗談に聞こえねえよ! ったく、俺には緋奈がいるんだ。他の女には興味ねえよ」
緋奈とは彼の妹のことだ。つまり彼はシスターコンプレックス、シスコンだ。ちなみに緋奈もブラコン。こういうと悪く聞こえるが、彼の幼い頃を考えると相互依存になるのは必然のことである。緋奈は基本男に心を開かないが俺には開いてくれた。俺は唯一、陽一を除く男で彼女と会話が出来る。
「緋奈?」
「俺の妹。ほら」
彼はスマホの待ち受けを見せた。緋奈の笑顔が見える。悪く言うつもりはなかったのだが、やっぱり気持ち悪い。兄妹とは、あまり仲良くないというのが基本だ。天明島にも兄妹がいるが、あれは仲が悪い。兄はシスコンだが、妹はそれに嫌悪感を示している。
「おいシスコン。ユナちゃん引いてるぞ」
見兼ねた亥が鬱陶しそうに言う。
「あっ、悪い」
「別に良いよ。仲良いんだね」
「そらもう自他共に」
自信過剰なまでに、が正しい。
俺は顔を綻んでいる事に気付いた。ユナの言う通りなのかもな。確かにこのゆるい空気は俺をどこか和ませる。普段気を張り詰めている状態を解ける瞬間である。
「待たせたな」
そして、丁度良い具合に秋彦がやってきた。
「全くだ」
「お、智覇彌。それと……ユナ、だったか。来たんだな」
「誰?」
彼女に彼の説明をすると何か察していたみたいだ。
「それじゃ、今日の部活始めますか」
陽一の合図で亥がその不自然に置かれた扉を開ける。すると、向こう側は森が見える。
「何これ」
ユナは当たり前だが驚いていた。本来ならばこの扉の向こうはただの壁。しかし、眼前にあるのは木々。
「これが俺の言っていた異世界さ。名前は無間郷」
「ムゲンキョウ……」
「厳密には異世界ではなく、別空間に作った特殊な結界。次元的にはこの世界と変わらない。この世界に人間はいない。皆、タイムレスだ」
そう、俺たちは異端人とは呼ばない。タイムレスと言う。意味はそのまま時代を超越した、永遠の存在。失われた一万年より過去には、異形の人間が多々存在していたと研究結果で分かっている。だから、時代を超越して再び現れた存在、ということでタイムレスだ。
「そして、これを創ったのは俺だ。迫害を受けたタイムレスを救済するための措置として新たな世界を築き上げた」
きっかけは、ある女性タイムレスが迫害を受けていた時だった。この世界に居場所がないのなら、新たな世界を造れば良いと。
続けて陽一が説明する。
「で、俺達は普段ここに過ごしてるというわけ。俺は見た目がただの人間だから学校生活を送れてるけどな。普段から向こうにいるのは人間から掛け離れた体を持ってる。びっくりしないでくれよ。向こうは傷付くからさ」
「大丈夫だと思う」
「あ、そうだ。一つ忠告しておく事がある。向こうの時間はこっちの五倍のスピードで動いてる。こっちの一日は、向こうの五日」
秋彦は俺が言い忘れていた事を言ってくれた。
「で、まあその代償として寿命が五百年延びるのと、体年齢がストップする」
「え? それって代償なの?」
「その辺は個人差があるだろうな。例えば小さい時に入れば大人の姿にならないとか。意外と辛いものだと思うな。身長も伸びなくなる」
「ただし太るから気をつけろよ」
亥……お前それは言うなよ。
「智覇彌んとこがバランス良く食事を出してくれるから太りませーん。運動もしてるし」
当人はあまり気にしていないようだ。
「まっ、それなら良いんだけど」
「では行こうか。あともう一つ言い忘れてた事がある。部活の内容……それは無間郷の開拓の手伝いだ。まだまだ無間郷は出来たばかり。開発を進める作業を手伝うのが俺達の活動内容」
こういう内容なので、開拓部としている。表向きの内容は未開発の地を研究する部活、だ。嘘は言っていない。
「なるほど」
「あー……悪いが俺とユナは別で行動させてもらう」
「そうなのか。まあ良いだろう。では行くぞ」
俺達五人は無間郷へと足を入れた。
森。どこまでいっても森。まだ未開発だから、というわけではなく、仮にこの場所を悪意を持って通ろうとする際に迷うように設計されている。謂わば、迷いの森か。人間、タイムレス関係なく悪意を持ったものは必ずいる。そもそも人間は扉を開けても壁が出るだけなのだが、もしかしたら入ってくるやつもいるかもしれない。
「本当に他のタイムレスいるの?」
「そう慌てるなって。そのうち案内人が来る。ほら」
陽一が空を指すと、影がみえる。
「もうこの時間か。あっという間だな」
影は話す。そして降りてきた。
「よっと。ん?見かけない顔がいるな。新しい奴か?」
「まあ、そんなところだ。蒼菜、いつもの案内よろしく」
影の正体、彼女は神東蒼菜。後で説明するが、彼女はこの世界を司る五つの柱の一つである青龍を担当している。
「てか、久しぶりだなーマスター」
バンバンと背中を叩かれる。痛くはないが、不愉快だ。
それを見ていたユナは不可解な顔をしている。
「二年以上も離れていてすまなかったな」
「良いって事よ。そんじゃ、乗ってくれ」
彼女を言い表すなら淡白だ。これを言っていいのかわからないが、この世界の女性は何かと俺を気にしている。が、彼女にはそれがない。おかげで話しやすい。
「乗る?」
「見てな」
彼女の体は翠色になり、尻尾が生え、やがて中国の絵画に出てくるような竜に姿を変える。
「我が名は無間郷を司りし五獣が一つ青龍、神東蒼菜。よろしくなお嬢さん」
「は、はい」
そういえばすっかり忘れていた。ユナが彼女に触れるとどうなる。まずいのでは……。
そんな危惧する俺を余所目にユナは蒼菜に乗った。
「何か変な気分」
良かった、何も起きなくて。杞憂だった。
「だが空を飛ぶのは気持ちが良いぞ」
俺達も蒼菜に乗っかり、空に向かって上昇した。
「俺とユナは別行動するから、館で降ろしてくれ」
「了解。他はいつも通りで良いんだな」
「おう」
彼女はまず館に連れて行ってくれた。途中でユナが酔いそうになっていたから優先してくれたのだ。
「ありがとう」
「いやいや。それじゃ、またね」
彼女が手を振ると、ユナもまた返す。その龍の顔から似合わない笑顔が何とも言えない。
「じゃあさっさと終わらせるか」
この館には使用人がいない。久々に来たものだから、埃まみれになってそうだ。
まずは掃除かな。そう思いながら入っていった。
無間郷に異常事態が起きている事も知らずに。
次回予告
四獣、そしてもう一つの獣。それは無間郷を司り、平和を齎した。その内の一つ、玄武は智覇彌が来た事を知り、会いに来る。
次回、第七説 玄真冬帝
甘い紅茶会。