第三説 天明島
前回のあらすじ
平和は突如として失われた。住んでいたアパートに空き巣が入る。俺はそれを一人残らず捕まえる。その中に一人、何処かで会ったような少女と出会う。
四月九日。午前六時。
「起きろ、朝だぞ」
ぐっすりと彼女は眠っていた。寝顔を見て、俺は少し顔が緩んでいた。良かった、彼女はもうこれ以上脅かされる危険性がないと判断出来たのだ。だからこうしてすやすやと寝ている。
「ん……」
「既に話は終わらせてきた。迎えも来ている」
「迎え……?」
ああ、と俺は頷き、彼女に手を差し伸べた。
「行こう。ユナの新たな人生の第一歩だ」
「新たな人生……」
外に出ると迎えの者がいた。
「遅くなってすまなかった」
「何を申されるか。さあこちらへ」
「リム……ジン?」
「生で見るのは初めてか?」
コクリと頷いてくれる。そうだろうな。一般人でもそうそう関わりを持たない車だ。
「縁、何故これにした?」
彼は縁五月雨。縁とは俺の執事で、既に還暦を迎えている。
「これが一番ですから」
「だろうな。さて、ユナ。君には一番の歓迎をしたいと思っている。というわけで乗るんだな」
彼女は無言で入っていった。
「いやはや襲撃の事を聞かされた時はヒヤヒヤしましたよ」
「ほう?」
「貴方様がまた人を殺すかと思い」
「今回はやっていない。心配するな」
俺は過去に殺人を犯している。今回と同じように過剰防衛のせいで。決して俺は良い奴でもあいつが言う完璧超人ではない。ただの穢れた人間だ。
だけどこれだけは言わせてほしい。俺にはあの時復讐する権利があったはずだ。
「……そうですな。私は信じるのみです。先代達がそうしてきたように」
「それじゃ、運転頼むよ」
乗り込むと、彼女は縮こまっていた。
「何か飲むか? 悪いが俺は未成年なので酒は置いていないし、ユナも未成年だろう」
「えっと……じゃあ、それで」
「葡萄だな」
グラスに注ぎ、渡す。いつもとは逆転している。
「ありがとう……」
「まともな食事もしてこなかっただろう。とりあえず喉を潤すんだな」
「では……溜めに溜めた俺の紹介をしよう。俺の名前は……」
前にも言った通り、後藤千早。世界を牛耳る後藤財閥の代表取締役兼会長を務めている。
世界を牛耳るとは言葉通りの意味で世界市場を支配している。中小企業全てを含む企業に俺の部下が配属されており、全て管理されている。基本的に不干渉だが、不祥事を起こせば表に出るまでに即行動に移る。いわば監査的存在を担っている。
政治にも同じ事をしており、唯一内政干渉が許されている。此れ迄の歴史の中で後藤財閥、その祖先が全ての戦争を防いだので、特別に許されているのだ。戦争の原因は諸々あるが、彼らがそれを解決させていくことでガス抜きしていったのだ。よって西暦以降戦争は一切ない。後藤の由来は藤原氏にまで辿り着く。その先は検索範囲外だ。俺はその子孫ということで生きている(実際は養子)。とはいえ、まだ子どもなので実権は縁に渡している。
長々と説明してしまったが、要は世界一の企業の社長兼会長であるということだ。
説明を聞いていたユナはポカンとしていた。当たり前だ。
「その権力に驕るつもりはないよ。使う時は使うが、基本は俺は俺らしく生きたいからな」
「そんな人に手を出そうとしてたなんて……」
「確かにそうだ。いや、だからこそ奴らは俺を狙ったのだろう」
そろそろ着く頃合いだな。
「そうだ。これから君には学校に行ってもらわなくてはならない。手続きを済ませよう」
「え?」
「今のままでは十分な教育が受けられていないと判断する。中途入学試験があるからそれを受けると良い。高校生活、楽しみたいとは思わないか」
「良いの……?」
「勿論」
パッドを開き、手続きを済ませた。
「そんな簡単に出来るの?」
「俺だからな。今俺が通っている蒼紅学園。出来たのは遥か昔だが今の理事長は俺だ。俺の権限で君を入れる。が、試験だけは受けてもらう。学力を知りたいのでね。それで、入学する際には名字も必要なので後藤ユナと名乗ってもらえるだろうか」
ついさっき権力に驕るつもりはないと言ったところでこれだ。
「大丈夫」
「良し、これで行こう」
「着きましたよ」
この時、車が停止する。ドアが開けられ、外に出ると使用人が一列に並び、待っていた。
「おかえりなさいませ」
長である縁氷雨が一礼をする。氷雨は縁の孫で俺の三つ年上だ。付き人の中で一番近い存在である。
かつて養父は言った。帝王学には三原則がある。一つ、原理原則を教えてくれる師を持つこと。二つ、良き幕賓を持つこと。三つ、直言してくれる部下を持つこと。この三原則を守れ。そうすれば皆ついて来てくれる、と。言われたのは三歳の頃で、その後事故で亡くなってしまったが、今の俺の環境を整えてくれた言葉だ。
氷雨は三つ目の存在に当たる。一つ目は縁で二つ目は涼太と結のことである。
「ああ、戻った。既に聞いているとは思うが、襲撃に合ったので今日からまたここで過ごすことになる」
挨拶を済ませた後、屋敷の中に入る。
「広い……ここ全部貴方の土地なの?」
「そうだ。この島全て、な」
「島?」
説明をした。ここは天明島。地球で最初の生物が存在した島という伝説がある。ただ、一般的な歴史には出てこない。この島は秘匿されている。結界が張られており、レーダーに反応せず、ここを通ろうとしても一般人には見えず、ただ海上を走るというだけになる。位置は東京と小笠原諸島の間にある。ここに来るには東京のあるテレポート地点を通過しないと来れない。
「結界っていうのは」
「深く考えなくて良い。要は特殊な力でこの島は外来から守られているということだ」
「なんだかよく分からないけど、今はそう理解しておく。……本当に此処に住んで良いのかな」
「臆する必要はない。それに、此処にいるのは何も権力がある奴らばかりではない。難民の受け入れも行っている。親に捨てられた子どもを探し、ここで育てる。義務教育分の勉強を経て、社会復帰していく。とはいっても、就職先は俺の子会社ばかりだけどな」
「そういう人もいるんだ」
「皆屋敷の右手にある建物に住んでる。ユナはこっちだがな。さて、腹が減っただろう。朝食にしよう」
話していく度に彼女の言動は柔らかくなっていくように感じた。元は優しい子なのだろう。
「誰が作るの?」
「俺だよ」
一時間後、八時。オニオンスープ、ベーコンとスクランブルエッグ、サラダ、焼き立てのパンが並ぶ。
「全住民の分を用意したから呼んできてくれ」
使用人の一人に拡散するよう言うとユナに近づく。
「今時、男が家事をするのは普通だ。それは主従関係においても同じこと。区別すべきところだけ区別すれば良い」
「何でも出来るんだね」
「どうかな。俺がやりたい事だけをやってるだけさ」
俺はある日を境に自分の満足行く世界を創造すると決めた。誰かに行き過ぎた正義、偽善だと言われても俺は俺を貫くと。どうやら後藤の祖先もそうして来たようで、結果として今がある。
「あ、もうこんな時間か……悪いが俺は学校に行ってくる」
「朝食は良いの?」
「パン一つあれば良いさ。ユナはここで待機していてくれ。夕方には戻る。ここの住人に挨拶をしておくと吉だな。氷雨に伝えておく」
「分かった。待ってる」
そういえばずっと学ランを着ていたまんまだった。昨日の件ですっかり汚れている。仕方がないから俺は指定のブレザーに替えて洗濯に出した。
その後、車庫に行く。ここには全車種が置いてある。だが一度も乗った事がない。もはやコレクションに過ぎなかった。俺が乗るのは大型二輪。高校生では取得不可能だが、いつものように俺は例外で乗れる。
このバイクは古くから置かれており、製造者がわからない。ボディにドラゴンと刻まれており、恐らくそれが名前なのだろう。自動二輪が出来るより昔にあったとされるのに、劣化はなく、かつ2020年製と遜色ない辺り、異常だ。俺はこれに惹かれ、この島にいる時の通学はいつもこれに乗っている(一年のある時まではここで過ごしていた)。
天明島から東京の大田区へ行くのには五分もかからない。天明島の北端に出来損ないの橋があり、それを超えるとある地点にワープする。そして俺の学校へ行くのだ。
「間に合ったな」
どうしても間に合わないのであるなら、時空間転移術という、行ったことのある地点なら何処にでも行けるテレポートがあるのだが、出来るなら使いたくない。俺の正体を明かしたくはないからな。
「おはよーさん。ちゃんと来たか」
駐車場で俺を見るなり涼太は声を掛けてきた。
「ああ、おはよう」
「てか今日ブレザーなのな。珍しい。寝癖は相変わらずだけど」
「昨日汚してしまったからな。今洗っている」
「お前なら替えがあるんじゃねえの?」
「あれは特別だからな。他の学ランを着るつもりはない」
「そうかい。まあいいや。行こうぜ」
ああ、と俺は答え、校舎に入る。ここだけは日常だ。何者にも侵されることはない。生徒の騒がしさも俺にとって今は癒しすら感じる。
「おはよ」
結が挨拶してきた。ので、俺はそれを返すと彼女もまたブレザーに違和感を覚えていた。
「らしくないというか……でもそっちのが良いよ?中学卒業式の時はまだマトモだったのに」
「そうそう、お前にゃ不良は似合わねえ」
「そこまで言うのなら……いつか俺の正体が学校に知れてしまったら辞めよう」
「おう、バレてしまえ」
「でもバレたらバレたで大騒ぎになりそう。智覇彌を狙う人が多くなるかも……」
「それはどういう意味で言ったんだ?」
色々な意味だろう。お金目当てか恋愛目当てか。どちらもお断りさせていただく。
「それは……」
率直に言うと、結は俺の事が好きである。中学の時から知っている。彼女はそれを言わないので、俺は何も言わないし、彼女への恋愛的な興味があるかと聞かれたら、それはないと答える。残酷だが、俺は彼女をそういう目で見れない。
それから、涼太は結の事が好きである。三角関係、だろうか。俺は涼太を応援したい。だが奴にその勇気はない。一般的な人間なのだから言えないというくらいはわかる。
「ま、大体わかってるけどな」
涼太もまた彼女が俺の事が好きなのもわかっている。複雑だ。どちらかが言えば今の関係は崩壊するかもしれない。
「ふーん、そう。じゃあ聞かないでよ」
ついでに、結は涼太の事を邪魔だと思っている。俺がここにいる時、涼太が居ないことは滅多にない。皆幼馴染なのだからもう少し仲良くしてもらいたいのだが、俺はとてもそれを口にする事は出来ない。女性の扱いは難しいのだ。下手に言えば逆撫でするだけである。
「へいへいすまんのぅ」
そして朝のHRが始まる。担任も俺の格好に驚く。クラスメイトも驚く。何だ、そんなに俺がブレザーを着ることに違和感があるのか。
「スーツとか似合いそうだな。その髪型さえなんとかすれば」
とまで言われる。スーツなら既に仕事で着ている。それに仕事の時は流石に寝癖直しを付けている。
そんなくだらない一日が終わった。くだらなくても皆が楽しければそれで良い。
俺は、早く帰ってユナに会いたかった。……会いたい? 何故俺はこういう感情を抱くのだろうか。いや、答えはわかっている。わかっているからこそ苦悩する。
ドラゴンに跨り、ヘルメットを被ると幼馴染二人組がやってきた。
「そういや、なんで今日乗ってんだ?最近全然だったのに」
「色々と事情があって、また本家から来ることにしたんだよ」
「そうなんだ。家庭的事情?」
「そうともいう」
彼らを巻き込むわけにはいかない。深くまで言わないようにしよう。
「また本家で三人で遊ぼうぜ」
「構わないが」
その時には一人増えているが、問題はないだろう。
「そうだね」
結は、俺と二人きりの方が本当は良いんだろうけどな。悪いがそれは出来ない。
「じゃ、俺は急いでいるから。また明日な。……明日は楽しみにしているんだな」
「???」
俺は意味深長な事を伝え、走り出した。
今日の出来事を彼女から聞きたい。まずは試験があったはずだ。それから使用人と何の会話をしていたのか。
俺は今までにない心地良さに浸っていた。荒地に花が広がっていく感覚だった。
次回予告
縋りたい思い。誰もが願うこと。人は、独りでは生きていけないのだ。例外はない。彼も彼女も皆同じ。同じだからこそ、寄り添う想い。
第四説 邪神再臨
創造神への手向け。