第十四説 Nasty
前回のあらすじ
安座間亥は色々と歪んでいるが、その正義感と実行は誰にも止められない。銀行強盗に単独で挑み、容易く捩じ伏せた。そして、ご褒美にゲテモノコーヒーを飲むと、その不味さに後悔する。
そして、虎視眈々と動き出すUNKNOWNがいた。
休日。非日常の再来。
「兄貴、また来ますんで」
「今日もありがとうございました」
「おう、いい働きぶりだったぜ舎弟一号二号。おかげでめちゃくちゃ進んだわ」
五月に入り、新学年も馴染んだ頃だった。俺と秋彦は去年知り合い、二人が不良の格好をする原因の一つとなっている鳶職のリーダー、市人焔の仕事の手伝いをし、別れを告げる。
焔は俺たちの事を知っており、その上で「別に良いじゃねえか。むしろ羨ましいくらいだ」と数少ないただの人で、タイムレスを受け入れてくれた人物である。尊敬する一人で俺が唯一敬語を使う。勉強は出来ないが、人が出来ている。
俺たち二人は彼を兄貴と呼び、彼は俺を舎弟一号、秋彦を舎弟二号と呼ぶ。
「兄貴が楽になればそれでいいんすわ」
「あまり無理をしないでください」
「一日も早くお客さんに提供する。それが大事なんだな。ま、ちゃんと休んでっからよ。そんじゃ、また助けが欲しい時は呼ぶわ」
最近は定時で帰れているようで安心してはいる。ただの人なんだ。過労すれば死ぬ。前に倒れて病院送りになった時は目も当てられなかった。上に立つものとしては、俺の方が上かもな。
「ユナ、子どもたちとは大分馴染めたか?」
昼。家に帰り、保護した子どもたちと遊んでいたユナを見かけた。
「モッチー!皆サッカー上手くてびっくりだよ〜」
モッチーってなんだ。勿論ということか。あと当然だ。将来はどうなるかわからないがスポーツは皆プロレベルになれるように指導してるからな。野球、テニス、バスケットボール、ゲーム……あらゆるジャンルのスポーツの頂点に立つのは我が子達だ。
「チハヤ、おかえり!」
子ども達は俺を見るや否や走ってきて挨拶した。
「ああ、ただいま。元気にしているか?」
それぞれ一人ずつ均等に頭を撫でる。
「エヘヘ……元気だぞ!チハヤも元気だよな?」
「そうだな、元気だ」
体をよじ登ってくるので落ちないように支える。
ユナの方を見ると彼女も頭を撫でて欲しそうにしていた。
「ユナもありがとうな」
「……!」
反応、仕草が可愛いと思ってしまった。どうやら俺は本当に彼女の事を……いや、違う。
「さあ、昼食を取ろう。動いた後の食事は美味しいぞ」
折角なので外で食べよう。サクッとアウトドアグッズを創り、グリルに炭を入れ、着火する。
「能力って使い方次第だよね」
「戦いの為だけにあるわけじゃない。そもそも、俺の能力はこっちの方が向いているんだよ」
「氷雨、材料を頼む」
内線を使い、氷雨に食べ物を用意させる。
「お待たせしました。皆も呼んできましょう」
島にいる全員でバーベキューだ。
「アルミホイルって便利だねぇ」
「色々と使える。焦げ防止、後片付けが楽、ホイル焼き、鉄板代わり……挙げだすとキリがないな」
「串焼きに、汁物、定番の焼きそば……てっきり肉を焼いてばかりのイメージだったな」
「考えなしならそれでも良い。あとはアイテムが足りなかったりするとそうなってしまう。火力調整さえ出来れば家の食事の上位に立つ」
外で食べるという行為そのものが尚美味しく感じさせる。何故だろうな。これは、俺にも分からない。
「ユナ様、こちらの肉が出来ております。どうぞ」
「ありがと!でも氷雨さんも食べてね」
「私は結構です」
「どうして?」
「立場があるからです。私は従者に過ぎません」
「……命令だ。氷雨、食え」
ぽかんとしたその口に焼き鳥を突っ込む。
「……むぐ。申し訳ございません……」
「何故謝る必要があるんだ」
氷雨は昔はこうではなかった。俺が高校生になってからずっとこの調子だ。理由を知りたければ心を覗けば出来る。だが、知ったところでこれからも変わらない気がする。
「ほらほら、もっと食べて〜」
氷雨は断れず、黙々と食べ続けていた。それで良い。今ここに階級はないのだ。
「ご馳走様でした」
先程に比べ、少しだけ表情が柔らかくなっている。
「うむ、しっかりと食べたな。バーベキューはこの量で足りるか?と思っていても案外腹に来るな」
「楽しかった〜!またしようね!」
「御主人様、口周りに脂が付いてますよ」
ずっと側にいたヴィルマがウエスでユナの顔を拭く。何故ウエスなんだ。
「ちょっ、これハンカチじゃないし!ウエスじゃん!」
「これは失礼しました。いつもの癖で」
「私機械じゃなーい!」
こっちはこっちで、難がある主従関係だな。
「ふふっ……」
「久々に笑ったな。いや、良い事だ。氷雨にはもっと笑ってもらいたいよ」
「……はい」
何だろう、俺、氷雨に避けられている?
少し不思議な楽しい昼食を終えた。
「午後の予定は何も無いな」
自室の椅子でリラックスしていると、MPCから連絡が入る。
「秋彦様からです。『皆で遊びに行こうぜ。あ、皆ってのはお前とユナちゃん、陽一と亥、姉さんに涼太、結ちゃんね』」
随分と大御所だな。
「『あ、それから朱楽が外に出たいらしいけど良いか?』」
無間郷は今のところ問題なさそうだし許可を出そう。
「返信しておいてくれ」
「かしこまりました」
では、ユナを連れて外に出るか。最大限の注意を払いつつ、楽しもう。
「で、何して遊ぶのだ」
「お久。外出許可ありがとな」
現実では大して時間は経っていないが向こうからすれば朱楽とはかなり久々の再会となる。
「普段皆は人間の世界を堪能してないだろ?あ、涼太と結ちゃんは別だけどさ。折角だから楽しんでもらおうと思って」
「で、俺と結はインストラクター的な感じか」
「涼太とかぁ……」
「嫌そうな顔をすんなよ〜」
「とはいっても俺は楽しみまくってるぜ?今日はどこのカジノ行くよ」
亥……お前……空気読め。
「あえて空気を読まずに俺が人間の娯楽を案内していくぅ!」
このパーティー、メチャクチャだ。
「ま、まあとにかく楽しもう。まずはゲーセンとかどうだ?」
不安しかないな。
「よし、俺はスロットしてくるわ」
亥はそうなると思った。
「結ちゃん、ユナちゃん、UFOキャッチャーとかどう?お姉さん頭良いから取りまくるよ〜」
「あ、よろしくお願いします。えっと秋彦のお姉さん……」
「雪凪よ」
「雪凪、よろしくね!」
ここは女性三人組か。残ったのは……。
「うーん、この残念いつメン感」
俺、秋彦、涼太、陽一、朱楽の男五人。
「今日は俺がいるからな」
「朱楽さんよろしく」
「お前が涼太か。貧弱そうな身体してんな」
「悪かったな」
「如何にも人間らしい」
待て、陽一。お前も賢者の石を持っていないと人間と然程大差ないぞ。
「俺には呉燈と幼馴染という他の連中にはない圧倒的な属性があるんで」
「幼馴染の癖に名前呼ばないのか」
「う、うるせぇ」
「まあギスギスするなって。朱楽もただの人間に喧嘩売るな」
「その言い方もねえだろ」
「はぁ……呉燈以外の異端じ……タイムレスってこんな奴ばっかなのか」
「違うな。彼らは人間に酷く怯えているだけだ。種を蒔いたのはそっちだからな。タイムレス同士なら皆仲が良い」
「そうか……俺もまだまだ理解が足りてないんだろうな」
「とにかく、今は垣根を越えて楽しもう。秋彦、お前が言い出したのだ。頼むぞ」
「ああ……」
これは先が思いやられるな。
「朱楽さん、音ゲーって知っているか?」
ここで、涼太が提案した。
「音ゲー?」
「ま、こっち来なよ。楽しいぞ」
着いたのは四人同時に対戦が出来るゲームだった。
「一人余ってしまうな」
それなら、俺が身を引こう。俺は観ている方が好きだからな。
「それじゃ、お言葉に甘えて」
白熱した戦いが始まる。
「は〜?なんじゃこれすぐ死んだ」
「リベンジだゴルァ!」
「涼太、凄いな。今の曲フルコンか。どうやってんだ?」
「分からん。感覚だ。なんか出来てた」
「音ゲーマーあるあるやめろ。で、論理的に話すとどうなんだ?」
記憶と反射神経、かな。後は実際に動けるかどうかだろうか。分かっていても手が動かない場合もある。
「てか死んだんだけど〜⁉︎」
「大丈夫。一クレ三曲出来るから。さあ楽しもう!」
良かった、涼太もすっかり輪の中に入れているな。
待っている間、尿意に襲われたのでトイレを済ませると、二クレ目に突入しているのを見た。ハマりすぎだろう。他に待機客がいなくて良かったな。
さて、他の組を見てくるか。
相変わらず亥は機械に翻弄されているな。逆に才能がある。
「また吸われたァァァ!!!」
そして華やかな女性組はというと。
「何で取れないのォォォ!!!」
こっちも機械に翻弄されている……!
「雪凪さん、もう四千円分ですよ……」
「UFOキャッチャーって取るの難しいんだね」
正確には、違う。今彼女らが取ろうとしているヌイグルミのクレーンは確率機だ。一定以上の回数をしないとアームの力が強くならない。どうやら、相当高めの金額設定だな。
「ギィィィ、もういい!」
あーあ、悪い癖がまた出ている。
「ここは俺に任せておけ」
金にものを言わせるなら俺の出番だ。ずいっと間に入り、五百円を投入する。五百円で六回分だ。
「任せておけと言いつつ全敗じゃない……」
想定内だ。更に五百円を投入する。だがこれでも足りない。
「これで決まりだ」
最後の百円を投入し、確実に仕留める。五千円もするなんて何が使われているんだ。それとも職人芸か?
「で、誰が欲しいって言い始めたんだ?」
「あ、私」
結か。
「ほら、やるよ」
「あ、ありがと……」
「いいなぁ。私も取って!」
「それなら私もだ」
良いだろう。欲しいままにしてやる。
「凄いな〜ありがとう」
「サンキュー‼︎」
思わずこの店を買収しようかと思ったぞ……どうなっているんだこの店は……。
「おっ、ハーレム生成機発見!」
音ゲーを終えた四人がこっちに来た。陽一が空気を読まずに突っ込んで来た。
「誰がだ」
「くっ、俺達に譲ったのはそういう事か」
涼太が羨ましそうにこっちを見てくる。
「どういう事だ」
「姉さん子どもっぽいところ久々に見た」
「そうかもな」
雪凪はずっと働き詰めだったからな。
「俺も姐さんとキャッキャしてえ!」
一人だけ全く別の感情が働いている。
「いやあ、最初はどうなるかと思ったけど楽しかったな!」
「ああ、全くだ」
「次はどこに行くんだ?」
店を出て、次の遊びを考えだす俺達の前に不穏な空気が流れた。
「それはだなぁ」
「お楽しみのところ失礼します。呉燈智覇彌様御一行、ですね?」
何者だこの男。
「……‼︎皆、散れ!」
この男の心、読めない。ーーUNKNOWN‼︎
手にはダイナマイト。それが投げられる。
「っぶねぇ〜!」
「み、店がァ!」
こんな詐欺じみた店は潰れていい……ではなく、とんでもないことをしてくれたな。今ので結構な死人が出たか……。
「亥が!」
しまった、店の中に置きっ放しだった。
「大丈夫だ。全く……俺がいねえとダメみてえだな」
崩壊したと思われていた店が元の形に戻る。
亥の眼の視たものを再現する能力か。埃を払いながら出てくる亥を見た。
「良かった……」
「とにかくやべえ奴みてえだな」
「不快だ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。ですが次の攻撃は避けられますか?」
その言葉に全員が警戒するが、何も起きない。
「フェイクか」
「その通りです。私は何もしていませんよ」
「うぜえ‼︎」
「チッ……名を名乗れ」
「私はN……Nasty。UNKNOWN四番目の使者であり、実行部隊の長です」
随分とベラベラと喋るな。名前は、先程の行動からして不愉快、というところか。
「Nの実行部隊……今までNの刻印が刻まれていた奴らは貴様の部下ということか」
「ご明察。今までよく私の可愛い子ども達を甚振ってくれましたね」
その復讐……いや、そんな事を考える連中ではない。
「……朱楽、雪凪と涼太、結を連れて逃げろ」
ただの人にこの状況はまずい。
「了解した!」
「おい、智覇彌。お前もユナちゃん連れて逃げろ。どうせこいつの狙いはお前らなんだろ?」
「だが……」
「良いからユナちゃんを連れて行け、智覇彌!」
「悪い……任せた!」
ここは三人を信じよう。俺とユナは戦闘を離脱する。
「ふふっ、狙い通り、貴方達だけが残りましたね」
「何……?」
こいつ、何を言ってやがる。智覇彌とユナちゃんが狙いじゃねえのかよ。
「最初から私の目的はU様ではなく貴方達を殺す事です」
「……!智覇彌をこの場から退ける事!」
最終兵器と言えるあいつがいなくなったら戦力は大幅にダウン。
「そう!まんまと釣られてしまいましたね」
「釣られてねえよ。お前、何もしてねえだろ。俺の判断だ!俺の判断で二人を退げたんだ!俺達だってお前には負けねえ……俺たちはあいつに認められたタイムレスだ‼︎」
「そうだな秋彦。俺達はごーちゃんに認められたタイムレスだ」
「思い上がるな!ただの異端人ですよ!突然変異した人の成り損ない程度が!」
「あーそうかもな。で、それでどうした?そんな程度で俺達のメンタルが揺らぐとでも?」
陽一の言う通りだ。
「ただの言い方次第だろ?ごーちゃんは気を遣ってタイムレスとか言ってるけど別に気にした事ねえよ」
「成る程な。お前、智覇彌とユナちゃんについてはメチャクチャ詳しいみたいだけど、俺達に関してはまるで知らんようだな」
「……なるほど、異端人の侮蔑程度では無意味ですか。では次のフェイズに移行しましょう」
今までどこにいたんだ?というくらいの数の敵が増えた。
「俺の眼がある以上、どんだけ数増やしたところで無駄だぞ」
「そうですねぇ。私には効きませんが彼らには効いてしまいます。ので、先に貴方から潰させてもらいましょう」
「俺の眼が効かないだと?そういえばさっきから掛けまくっているが全く無反応だな……」
「私があの研究者の関係者だといえば?」
「なっ……!お前ェ‼︎」
「落ち着け、亥。口から出まかせを言っているだけだ!」
「ふふっ、貴方もこれを見れば落ち着いていられますか?」
スッと懐から棒を取り出す。
「その武器……アメノオハバリか」
「ええ、改造させていただきました。便利ですねぇ。このただの棒切れが簡単に人を殺せる刀になるなんて」
「アメノオハバリはそんなものの為にあるんじゃねえ!返しやがれ!」
「待て、秋彦!挑発に乗るな!」
「どうにも貴方達は喧嘩っ早い。あの偽物だけが唯一平静でいられるようですね。それと、貴方は自身の事を知らないと言いましたが、私は全て知っていますよ。どうやら自分の事を言われると頭に血が上ってしまうようですね」
「偽物だと?」
「ええ、偽物です。呉燈智覇彌はN様の偽物。N様を元に造られたクローンなんですよ!」
「ハッハッハ……で?それで俺まで怒るとでも?この流れ、俺が怒らないといけねえみたいだがあえて空気を読まずに怒らねえぜ!あいつが偽物とかどうだって良いんだよ!あいつは俺達を繋ぐ橋!それで俺達まで偽物になってしまってもそれで良い!」
「やはり自分の事でないと怒りませんねぇ。忌むべき錬金術師の息子。生まれてきてはならなかった忌子」
「言っただろ。その程度で俺は頭に来ねえって。錬金術も俺自身も存在する事に誇りを持っている!所詮自分を不愉快と名乗ってるんだからその程度の挑発しか出来ねえんだよバーカ!!!」
「……チッ」
「どうやら底が見えたようだぜ」
陽一が時間を稼いでくれたおかげでようやく冷静になれた。今あいつの手にあるのなら倒す。それだけで良い。余計な事を考えるな。
「ここからは俺達のターン!」
「行くぜ、亥!」
「ああ!覚悟しやがれェ!」
亥は周囲の敵を石化し始めた。その反撃としてアメノオハバリを投げつけてくるが陽一が防御壁を展開し、これを塞ぐ。そして俺は。
「そういえば今まで俺の能力語った事ねえよな。能ある鷹は爪を隠すって奴だ!」
凍てつく戦士。専用のグローブをはめ、絶対零度を纏う拳を作る。グローブをはめないと手が一切動かなくなるデメリットがあるから普段は使いたくない。
「一つ言っておく。お前、弱いだろ」
一瞬で間合いに入り、殴る。
「カハッ……!」
殴った所は瞬時に凍り、器官を停止させる。すぐにでも死ぬ。
「お前は差し詰め口自慢の仕事下手だ。能書きばかり垂れ、俺達を嘲笑い、完全に調子に乗った状態で部下に始末させようとしていたみたいだが……」
「俺達を舐めすぎたみたいだぜ」
「お前自身は何も出来ないんだな」
その後、奴は何を言えないまま凍っていった。
「ま、初戦はこんなもんしょっ。あいつらも多分様子見だろう」
「にしても、秋彦の能力俺と被ってねえか?どちらかというとそっちのがえげつない気がするが」
「石化と氷化は違うぞ。ゲームでもそうだろ」
「ゲームの話かよ」
それに、まだ俺の能力はこれで終わりじゃない。
「つーかさ、俺この前の戦いといい守ってばっかだな」
前の無間郷の戦いは黄金城塞を作ってそれで終わりだったな。
「重要な役回りだから!それに、陽一のおかげであいつの舌にやられなかったわけだしな」
RPGで言うとタンクに当たる。重要だ。だが、ヒーラーがいないな。そこは現実すぎるな。
「おう、そっか。いやあ照れるな。男に言われるとアレだが」
「おい……さて、アメノオハバリのデータ、返してもらったぜ」
これであいつの力を借りずにHYOZANグループの尻拭いが出来たぜ。
「後、この始末どうする?」
「あいつに任せるしかないな」
「呼ぶか」
戦いの決着が着く少し前。俺とユナは護衛の為、先に離脱していた朱楽達の元へ行った。
「大丈夫かな……」
「大丈夫だ。俺の信頼する友だからな」
「今まで誤解してたけど、智覇彌って結構友人想いだよね。言動が少し冷たい感じがしていたから」
「何、手を差し伸べてそれを受け取ってくれるなら俺は全面的に信頼する。逆に振り払った奴は容赦なく始末する。それだけだ」
「わあ簡単」
合流すると、怯えていた幼馴染二人に話しかける。
「辛い目に合わせてごめんな」
「……いつもこんな事をしているの?」
「本当はこんな事はしたくない。だが、降り懸かる火の粉は払わないといけないから」
「私、心配なんだよ?去年みたいにまた暗くなった智覇彌を見たくない……」
「私の知らない智覇彌……?」
「悪いな。これが俺の人生なんだ。俺以外誰も背押せないから。俺がやるしかないんだ」
秩序維持。障害者、タイムレス、孤児、その他諸々問題を抱えた人の支援。企業監査。環境問題、政治問題……等、この世界に存在する全ての問題を解決する手は俺しか持っていないから。それを行使しないとすぐにこの世界は終末を迎える。悲しいが、他の誰にも出来ない、俺にしか出来ない。本当は誰かに任せたい。だけどその結果その人が死んでしまったら俺は、また後悔することになる。それが嫌なんだ。嫌だから、俺がやる。本当なら、今の戦いも俺一人でやるべきだったのだ。
「悔しい……」
「涼太、どうかしたか?」
「悔しいんだよ!俺はお前の幼馴染なのに何にも出来ねえって事が!お前が背負ってる荷物を一つも持てねえ事が!」
「そんな事はない。涼太は放課後いつも俺を楽しませてくれた。あれがなければ俺はもっと非情になっていた」
「そうじゃねえ!俺の心を読め!」
「……!」
純粋に力が欲しいという事か。この戦いに何も出来ずにいる自分が悔しい。自分にあるのは幼馴染というだけ。他のタイムレスにはあるのに自分にはない俺との絆。それが、欲しいというのか。
「力は……涼太には必要ない……今のままで良いんだ」
「何で分かってくれねえんだよ」
「分かっている。……ならば俺の気持ちも分かってくれ」
「うわーなんか男同士なのに男女の縺れ合いを見ている気がする」
「青春だねぇ」
「茶化すな。……良いか、涼太。俺は巻き込まれて、いや……俺が巻き込んで死んでいった仲間を幾度も見た。もうこれ以上見たくないんだ。信頼はしているが、ただの人間をタイムレスにする覚悟を、今の俺には出来ない」
「そうか、桜花さんの件が……」
「桜花?」
「俺がかつてタイムレスにしようとした男だ。失敗して右足を壊してしまった。そして今は…………土の中にいる」
「ハッ……ハハッ。お前が失敗?」
そういえば涼太は俺の事を完璧超人だと言っていたな。
「そうだ。俺は完璧超人などではない。だから怖いんだ」
「……違う。お前は完璧だ。失敗した原因はその桜花とやらが不完全だったからだ!」
「お前……桜花の事を馬鹿にしやがったな!!!」
涼太が桜花を軽蔑した事で、当然冬帝の弟分である朱楽は怒り出す。
「落ち着け、朱楽。どちらも不完全だったのだ。責めるなら決めた俺を責めろ」
「……くっ」
「とにかく、俺はそいつとは違う。どんな条件でも良い。俺に修行させて力をつけさせてくれ。そうじゃないと俺はいつまで経っても足手まといなんだ。死に物狂いで掴み取ってやる」
「…………そこまで言うのであれば……音を上げたくなるような無茶な条件を付けよう。一ヶ月だ。一ヶ月で仕上げろ。但し時間の進行は現実の三十倍だ。無間郷の六倍。これをお前だけの特別な空間を創り、修行の場とさせる」
「一ヶ月の三十倍……つまり三百六十日、一年弱」
「それをたった一人でやってもらう。誰にも会わせない。俺も会いに行かない。辞めたくなった時だけ行く」
「やってやる……やってやるよ。今すぐにでも」
後悔、するなよ。いや、するのは俺の方かもな。能力も持たない人が孤独の空間で耐えれるのはよくて一週間だ。それ以下の可能性だってある。それをやらせるなど鬼のやる事だ。だがそうでもしないと諦めがつかないだろう。
「分かった……今創ったからゲートを開く」
「本当にやる馬鹿がいるの⁉︎やめて智覇彌!涼太もムキにならないで!」
「私は……分からない。でもきっと智覇彌は色んな考えを巡らせて結論を出しているから、信じるしかない」
「ユナちゃんまで……」
「何言われても引かねえよ。……行ってくる。男子、三日会わざれば刮目して見よ」
「ああ、行け。気の済むまで」
ゲートの向こう側へ涼太は消えて行った。ゲートは自動的に閉まる。
「行ってしまったね……」
「本当にやる馬鹿がいるかよ……」
「はあ……こうなってしまったのもプロジェクトが遅れたせいね……私会社に戻って研究を再開するわ」
雪凪は一人、会社に戻ってしまった。
「涼太……」
「結……」
「あれ、何で涙が……」
やっと邪魔者が消えたのに何で、と彼女は思っている。だが、ただの邪魔者ではない。俺達三人で幼馴染なんだ。居なくなることは寂しいに決まっている。
「俺だけじゃないんだ。お前にとって涼太も幼馴染だから」
「そう……だよね……」
涼太の精神の異常を感知したらすぐにでも連れ戻す。
「……何かシミッタレた空気してんなぁどうしたぁ?」
「陽一⁉︎」
もう、戦闘を終えたというのか。
「いやーもう楽勝も楽勝よ。あいつら俺達を何だと思ってるんだ。モブキャラじゃねえよ。脇役でもねえ」
「まーた秋彦ゲームの話にしてんな。ま、とにかくチャチャっと片付けてきたんで。俺の眼も喜んでる」
「所詮口先だけの奴だった。UNKNOWN、案外弱いのかもな」
「現状としてはそうだな……」
だが、今まで送り込んできた部隊は殆どがN……Nastyによるものだった。Nastyが弱いとすればその部下も弱くて当然だろう。他が一切見えてこない以上、油断は出来ない。それに、俺と同じ能力を持つもう一人のNが本当にいるとすれば、俺以外全員やられる危険性がある。
「油断はしない方がいいと思うなあ。桜花がやられてんだ。もう誰も死なせたくねえからよ。姐さんのあの顔見ただろ」
「そうだな。力はなくても卑怯な手を使ってくる場合はいくらでもありそうだ。妹を人質に取られたらきっと何も出来んぞ俺は」
「……一度無間郷で対処法を練ろう。こちらから攻め込むことは出来ない以上、対応策を練る必要がある。それに、無間郷も安全ではない。ゲートのパスを定雅が渡してしまったからな」
「今こうしているうちに攻め込まれてないのか?」
「それは問題ない。無間郷の情報は常にMPCに送信されるようにしてある。以前はどちらかの世界にいる時はもう一方の世界の情報を遮断してしまう不具合があったが、それはもう直した」
「不具合、ね」
「不具合のないソフトウェアなどないのだよ」
「単に今まで危機的状況じゃなかったら組んでなかった仕様でしょ」
「そうとも言う」
「物は言い様だな」
「では、無間郷に行こう」
ゲートを開く。
「……悪い、結。ここから先は立ち入り禁止だ」
「うん、分かってる……」
いつか、また三人で遊ぼう。あの時のように。いや、その時はユナも一緒がいいな。
「お前達は先に行っててくれ。俺は結を送っていく」
「了解。先に無間郷の奴らに集合するよう呼びかけてくる。姐さんはこの事態を理解してるだろうひ、蒼奈も知っているからすぐにみんなも分かってくれるはずだ」
「助かる。では、四獣の三人で召集を」
それから、白虎を誰にするか決めないといけないな。
「また後ほど」
ユナを含め、彼等はゲートの向こう側へと消えて行った。
「結の家まで送るから」
「それは、瞬間移動で?」
「正確には時空間転移術だ。簡単に言うとワープだな。だけど、これはしない。観測されたくないし、ただの人には使えない」
「そっか。私も所詮ただの人間だものね」
「うむ、なので歩いて帰ろう」
「……ところで、ユナちゃんの事ってどう思っているの?」
「保護対象だ。俺が守るべき人物」
そういえば、二人きりになるのは相当久しぶりだな。
「本当にそれだけなの?そうとは思えないかなあ」
「自分でもよく分からないのだ。人の感情とは複雑なものでな。簡単に解析できれば良いのだが」
「なんかはぐらかされている気もするけど……ま、いいわ。この際、言っておくから。……私……貴方の事が好き」
「そうか」
「……ってそれだけ⁉︎」
「いや、何も知っているからな……」
無断で心を観た事は申し訳ない。
「って事は今まで分かっていた上で接していたの⁉︎私の心丸裸なの⁉︎」
「そうだな……悪い……」
「一世一代の告白が……」
「まだ、それは後に取っておくんだな。俺は、結の事を幼馴染以上に思う事はない。冷たいと思っても良い。これで俺の事を嫌いになって側から離れてくれるなら、きっと結は幸せになれる」
「……バカ。そんな事で嫌いにならないし。これから何度もアタックするから覚悟しなさいよ」
「そうか、そうくるか。人間とは面倒な生き物だな」
「面倒で結構です!ユナちゃんには負けられないから!」
すまない、もう勝負は付いている。
「頑張れ。応援しているぞ」
「なんで第三者視点⁉︎」
「結の反応が面白くてな。ではまた学校で会おう。着いたぞ」
「あーもう、色々と誤魔化された!」
これ以上、彼女を巻き込みたくない以上、踏み込ませない。彼女はプンスカと怒りながら玄関に手を掛けようとするが、振り返る。
「……また、学校でね。……皆に伝えておいて。……死なないでって」
「俺が死なせない。この身に宿る神に誓って」
「そ……うん、智覇彌が言うんだからきっと大丈夫だよね。じゃ、また学校で!」
頷くと彼女は家に入っていった。
「……違う未来で彼女と結ばれる可能性はあったのか?」
創造神に問う。くだらないが、誰一人不幸になって欲しくないと思う以上、こんな事も考える時がある。
「ある。二つの可能性ならな。しかし、いずれも待ち受けるのは破滅だ。心しておけ」
「分かっている……」
結局の所、俺もまた運命に囚われた一人に過ぎない。今はこのまま、創造神の思うように事を進めていくしかない。
「……無間郷に行こう」
心を落ち着かせ、無間郷に行く。彼等からすればかなり待たせている事になるからだ。
本格的なUNKNOWNとの戦いが始まった。きっと、日常を得るには全て終わらせてからだろう。
「……ナスティがやられたか」
「ハッ……所詮はその程度の男だったようです」
「キル、言葉を選べよ。僕はナスティの事を全面的に信頼していたんだ。……意味がわかるよね」
「申し訳御座いません」
「うん、良いよ。でも、そっかぁ……じゃあ、次はナンシーに任せようかな。じわじわと追い詰められる所を見てみたいよね」
「もう一人のN、ですか。成る程……面白いものが見られるかもしれませんね」
「色々と仕込みをしないといけないから、僕はこれで失礼するよ」
Nは消えた。残ったKは、この狡猾な作戦に、心を躍らせていた。
次回予告
選挙。これは無間郷においても変わらない。だが、これはもはや九割以上決まっていた事だった。何故なら、白虎の座は白虎でないとなれないのである。
第十五説 虎牙白夜
選ばれるのは私だ。