第十三説 安座間亥
前回のあらすじ
ヴィルマをユナに渡し、これで俺がいない時でも護衛ができるようになった。その後現実に戻ると秋彦に呼び出され、姉の雪凪がリーダーのプロジェクトの情報が何者かに流出させられてしまったので原因を突き止めて欲しいと言われる。そして同時に邪神が顕現し、ユナが勝手に戦闘に出向いたのですぐに駆けつけ、これを解決したのであった。
明くる日。最後の日常。放課後の屋上にて。
「何黄昏ているんだ?亥」
今日は天気が良かったので風に当たろうと屋上に来たところ、柵に凭れ掛かり、夕暮れを見上げる亥を見つけた。
「ん……よぅ、ごーちゃん。儲かってるか?」
「こりゃスッたな」
「今日も負けたぞ畜生」
また、今日もサボりか。
「今日は負けても良いが、出席日数が足りなくなって人生を敗北する事になるぞ」
「かーっ、ちげえねえ!ちったぁ真面目にするか」
「真面目にしろ。全く……賢く、またずる賢くなれ。ラスベガス、行きたいんだろ?」
正々堂々と勝負するのは構わない。だが、軍資金もなしにどう行こうと言うのだ。
「応。……いてて」
「何だ、まだ眼が痛むか」
「おかしいんだよな。ようやく打ち解けたはずなのに最近また痛み出したんだよ。俺を使えって言っているような感じがする」
「それは恐らく……」
UNKNOWNが動き出した事に影響があると推測する。魔眼の能力はまだ未知数だが、敵と判断した者を持ち主の意思に関わらず容赦なく光線を発射する事が分かっている。魔眼的にはUNKNOWNを敵と捉えており、早く動きたくて疼いているのだろう。
「UNKNOWNねぇ……この前の無間郷の戦い、アレは久々に眼が輝いたな」
撃破数一位は伊達ではないということか。亥は開拓地戦においてその魔眼による作用で悉く敵を石化させた。昔は、人を殺す事しか出来なかったのにな。
「どう思う」
「さぁね。俺はあいつら達とは立場が違うからな。だけどまあ……俺に害する者、ごーちゃんに仇なすは皆全てやっちゃうからよ。手ェ、貸して欲しい時はいつでも言ってくれ」
「助かる」
UNKNOWNは恐らく名前からして七人の隊長クラスがいると考えて良い。全体の数は未知数であるが、先の戦いからして大量にいると考えられる。気になるのはどうやって人員確保をしているかだ。
そういえば、Nは俺と同じ能力を持っていると言っていた。俺という存在はこの世に二つも存在せず、また膨大な能力数を完全に真似するということは不可能。
「もしや……」
「何か考え事か?」
「ああ、UNKNOWNについてな」
「ほう。何か面白い事があったら言ってくれ」
「まあ、待て」
MPCに問い合わせる。これまでにUNKNOWNの刻印がされた者が犯した事件数はいくつか。
「警察が保持しているデータは三件、無間郷における事件を合わせて合計四件です。先日の邪神の件はあくまでも憶測の領域から出ませんので除外しております」
表沙汰は殆どない。そして、俺はこの四件とも関わっている。
「データの照合。これまでに俺が見たUNKNOWN、警察のデータに載っているUNKNOWN、全ての顔を出してくれ」
「こちらになります」
「ビンゴ」
ああ、やはりそういうことか。
「どうした、急に」
「分かったんだよ。あいつらが何故これ程までに人員を持っているのかを」
「金じゃねえのか?」
「ある意味では当たりだが違う。答えはクローンだ。悟られないように立ち回っていたようだが、残念だったな。十六年前の事件と、先日の空き巣事件に関わったUNKNOWN二人が全く同じ顔付きをしている。そう、本来であれば有り得ない。だがクローンとなると話は別だ。
「クローン、ね。でもクローンって作るのに膨大なお金が掛かるじゃん。やっぱり金だよ金。で、その資金源はどっからだ?」
「そこまでは分からない。UNKNOWNだからな。まあ、推定としては闇ルートがあるのだろう。俺の目を掻い潜るなど素人には無理だがいかんせん俺と同じ能力を持っている……まさか、俺のクローン?」
「まあいてもおかしくないだろうな。逆もあり得たりしてな」
「それは、ない……と言い切れない俺がいる」
俺がクローンなはずがないと断言できないのが怖い。生まれた時の記憶がないからだ。そしてMPCを通しても出てこない。誰か俺の出生に立ち会っていればその記憶を通して見つける事が出来る。だがそれも不可能。正に俺の出生はUNKNOWN。
「冗談だよ。それに……例えお前がクローンだとしても今まで俺達に手を差し伸べてくれたのは事実だ。どっちが良いか、なんて聞かれたら出生はどうあれお前を選ぶ。さて、堅苦しい話は終わりにして、俺は甘いもの飲みたくなった!アスバに行くぞ!新作も出たらしいしな」
そうか……。俺はその言葉に救われるよ。
ところで、アスバとはアースバウンドコーヒーの通称。なんちゃらカプティーノで有名のチェーン店だ。
「……考えすぎるのも問題だな。俺もリフレッシュしよう。行くか」
学校を出て、市街地に向かう。
「蒼ちゃんじゃん」
アスバの近くまで行くと店の前でピョコピョコ跳ねる蒼奈を見つけた。
「やーマスター、亥、元気かー?」
「元気だぞ」
「程々だ。というか無間郷から出て来たのか」
「管理してるんだから知ってるでそ。出て来たのは一ヶ月に一度の新作があるからだぞ。今月は何かなー」
「オレンジバナナグレープメロンソーダコーヒーだそうだ」
「うわ、何だその不味そうなの!人間考える事わからん!てかカプティーノではないのか⁉︎」
それぞれ分けた方が良いのでは……。極上の素材も作り方によっては史上最悪のゲテモノが出来ると言われている。
「ちょっと前に炭酸コーヒー流行ったから……ん?流行ったか?」
「メーカーとマスコミが流行らせたの間違いだ」
「だよね」
さて、久々にシミュレーションをして先に人柱になった者達の意見を見るか。
「絶妙にマッチして美味しい!」
「甘味と酸味が合わさって美味い」
「これ、ドリンクバーで出来るやつじゃん」
「うわ、まず!」
意外にも、賛否両論だ。人の数だけ味覚があるからな。後はまあ……アスバ信者もいるだろう。
「結局のところ、物は試しというところだよな!行くか!!!」
「あたしもやってみるよ。人間、面白い」
この前まで人間憎い殺すとか言っていなかったか?
「ごーちゃんは?」
「ただのコーヒーで良い」
「うわーつれねー」
「ねぇわ」
「イロモノはいらない。クロだけ。……なんてな」
「うわ、真顔で冗談言ってきた」
人を何だと思っているのだ。何、俺も一つや二つ冗談を言う時くらいは……あまりなかったな。
「ごーちゃんが冗談言うなんて珍しいな。やっぱりユナちゃんの影響かな。……。っていうかユナちゃんは⁉︎いつも一緒じゃないの⁉︎」
「ユナなら先に帰らせているから問題ない」
「一緒にいたらたのしーと思うなー」
「そうそう、ユナちゃんもいれば絶対楽しいぞ」
「お前ら会いたいだけだろ……今は厳戒態勢なんだ。登校以外外に出すつもりはない」
「ちぇっ、しょうがねえの」
「厳戒態勢?」
そういえば、蒼奈、いや無間郷全体に伝えていなかったな。
「成る程、UNKNOWNね。桜花の件、絶対許さねーから。見つけたら始末して良いんだよね」
もはや奴等には有無を言わせず処理するのが良いだろう。少しの隙も見せてはいけない。
「よっしゃ燃えてきたー!」
「あっ!!!!!」
どうした、突然煩いぞ。亥。
「金殆どねぇ……使いすぎた」
アホかこいつ……。
「金ならやるよ」
「バッカ、自分で稼いだ金だから美味えんだろうが!お前から恵んでもらうつもりはねえよ!」
ギャンブルで稼いだ金は果たして本当に稼いだと言って良いのだろうか。否定はしないが……腑に落ちない。
「下ろしてくるわ」
そう言って近くの銀行に行った。そういえば、もしもの為に口座を開設しておいたんだったな。……あれ?それって元は俺の金じゃねえか?
ああ言った手前、引き返せねえがこれから出す金はあいつのなんだよなあ。恥ずかしい。
さてさて、手数料無料になる所はここか。どれくらい下ろそうかな。五千?いや、ここは控えめに三千……。高校生の金銭感覚ってどれくらいだ?もうずっと使い過ぎて覚えてないぞ。
よし決めた、無駄遣いしないよう千円で行こう。ってこれじゃ、一杯飲んだら何も出来ねえな……。ああ、もう、世の中金かかり過ぎ!
「よし、一万円だ!ってうぇっ⁉︎」
銀行に入った瞬間、ガチャっと嫌な金属音が聞こえる。
「抵抗するな。両手を上げてそのまま伏せろ」
まさかの銀行強盗ですかぁ⁉︎嘘だろ、最悪だ。あいつには能力を使うなって言われているし助けも呼べない。とりあえずここは従おう。
「それで良い。おい、早くしろ!!!」
「は、はいぃ……」
銀行員が銃を突きつけられ金庫の鍵を開けている。
可哀想だな……色々と。…………どれだけあいつが頑張ってもこんなくだらねえ奴は生まれてきてしまうんだもんな。金には困らないようになっている社会になっているはずなのに。どうして人ってそこまで貪欲になるんだろう。……俺もそうか。形が違うだけだ。
でもな、形が違っても本質は同じ、だったとしても許されねえ事してんだから許す訳にはいかんよなぁ。
ごめん……許してくれ。俺、あいつの仇なす奴は絶対にぶっ飛ばさなきゃ気が済まねえ。
「あ?なんだお前、伏せろって言ってんだろ‼︎」
怒号を飛ばしても俺には何も響かないぞ。
「撃てるなら撃ってみろよ。クソッタレども」
眉間に皺を寄せ、血管が浮き出てくるのが見えた。
「そんなに死にてえか‼︎」
セミオートライフルから数発弾が出てきた。
「悪いね……俺の眼は呪われている‼︎」
ズァッ!っと右眼の眼帯を外し、魔眼を解放する。至極色の焔を宿し、弾に対し石化を掛ける。
静かに弾は落ち、崩れる。
「な、何をした……」
「おい!何の音だ!」
金庫に向かっていた敵の仲間がやってきた。
「わ、分からん!こいつ、俺の弾を!!!」
更に光らせ、ライフルを石化。
「おもっ……⁉︎」
あまりの重さに耐えきれず、落としてしまうのが実に面白い。
「抵抗するな。両手を上げてそのまま伏せろ、な?」
「くっ……」
後は縄を縛り付けて、警察を呼んだら終わりか。あー嫌だなあ、時間無駄にした上に事情聴取で間違いなく今日は帰れねえぞ。
「亥ー遅いぞ……って何だこの状況⁉︎」
「強盗でもあったのか」
そんな他人事みたいに言わないでくれ。
「そうか、事情は分かった。処理は俺がする。これでも、警察に関わりがあるからな」
「知っているよ。零課、だっけ?でもこれはタイムレスが関わっていませーん」
「お前が関わっている」
「あっ、そうか」
やれやれ、また記憶を書き換えないといけないのか。だから、外で能力を使うなとあれほど忠告しておいたのに。
ひとまず、零課の0に報告し、警察の到着を待つ。
「だがまあ、よくやった亥。友人として誇らしい」
今回は武装解除だけで済んだし、成長したものだ。犠牲者もなく、再び平和を得られたのならそれで良い。
「お、デレた」
「何だ?褒美のお金、いらないのか?」
「あ、いりますいります!!!」
言っていることとやっていることが無茶苦茶だな。
「ふぅ、やっと買えたぜ」
「一汗掻いたし、きっと美味いよ」
一通りの事を済ませ、ようやくコーヒーを入手。
「嫌な汗掻いたけどなぁ」
思わずフッと笑ってしまう。
「あ、笑ったなぁ⁉︎」
「で、味はどうなんだ?」
その、オレンジバナナグレープメロンソーダコーヒーとやらは。
「濁してきたな。……うーん、よく分からん……何か気分悪くなってきた」
「だろうな。ほら、これでも飲め」
ホットコーヒーを渡す。
「ありがと……っ、あっつっっっ!!!お前、お前ー!!!!!」
不注意が過ぎる。
「えー、あたしは美味しいと思うけどなー」
「人によって感じ方は違うものだからな」
「そーかー。別にあたしが変ってわけじゃないんだね」
「あっつ……ふぅ、ふぅ、あっつ……」
「亥ってお子様みたい」
「まだ子どもじゃー!お前とは違うんじゃー!」
でも、ギャンブルはしているよな。という無粋なツッコミはやめておくか。
「水でも飲んでろ」
「二重の意味で冷てえ」
上手いことを言ったつもりか。
「今日はありがとうねー。ちょっと厄介ごとあったけど楽しかったー」
「蒼奈、また外に出たい時は一言かけてくれ。人の世界、まだまだ面白いのがあるからな」
「案内してくれるのか?」
蒼奈には無間郷の管理ばかり任せてしまっているし、羽を伸ばす機会を用意しないと。
「ユナちゃんがいるのにまた口説いちゃって……」
「何を言っている?」
「マジレスされると反応に困るっす」
「亥が案内してもいいんだよー?」
「え?そ、それはぁ、いいぞ」
お前が口説かれてどうする。
「それじゃ、また今度ね!」
ゲートを開き、無間郷に帰っていく。
「それじゃ、俺もな」
今日は久々に日常に戻れた気がするな。……早く事件を解決してユナと共にこの素晴らしい日常を歩みたい。
「ただいま、ユナ」
「おかえり、今日は早かったね」
「買い出し、行ってきたのか」
彼女の手にはスーパーの袋でいっぱいだ。
「うん、あ、勿論ヴィルマと氷雨さん他諸々護衛連れて行ったから安心してね」
「そうか……」
やはり、この島では彼女にとって窮屈、なのかもしれない。
「今日は一緒にご飯作れるよね?」
「……!ああ、作ろう、皆で」
その日の夕食はいつも以上に豪華になった。
「さて……参りましょうか」
「ナスティ、頼むよ」
「勿論でございますN様。同じNとして恥じぬよう努めてまいります」
ナスティと呼ばれる男はその場から姿を消す。
「まずは周囲の異端人から抹殺だ。ユナ、お前には僕しかいないという事を分かってもらわないと」
Nは、不敵な笑みを浮かべていた。
次回予告
不愉快な言葉に唆され、激情する。だが怒りとは戦場において死を意味する。どんな言葉でも常に冷静であれ。自分を制する者が敵を制するのだ。
第十四説 Nasty
口は災いの元。