第十一説 赤石陽一
前回のあらすじ
現実世界に戻った俺とユナ。戻った途端に無数の通知が届く。その内容は零課からのもので、タイムレスによる銀行強盗だった。何とか和解に持ち込もうとしたが、彼らの心はもはや誰にも救えないものだった。俺は決意し半殺しにする。
事件解決後、ユナが俺の為に食事を作って待ってくれていた。その時、俺はもう少し楽しんでもいいのではないのだろうかと考える。
ーーある嵐の日。彼は右手に何かを持って倒れていた。その左横には少女が居て、泣き叫んでいた。俺はそっと手を伸ばし、少女の頭を撫でた。初めは拒絶反応を起こしていたものの、やがて安全だと確認すると嗚咽を漏らす程度に収まっていた。
あれは赤石陽一とその妹緋奈の出会いの日であった。
陽一と緋奈は普段、無間郷に住んでいる。彼はある分野においてはかなりの有名人であるため、外に出ることは難しい。見つかると、色々と面倒な事が起きる。ーーその分野とは科学で、遥か昔に研究が打ち切られた、錬金術のことである。錬金術とは簡単に言うと、あらゆる物質を金に変換することである。応用力にも長けているため、錬金術は魅力的な研究分野とされていた。しかし、錬金術に至る学者は誰一人いなかった。やがて錬金術は不可能とされ、禁忌の研究になった。
だが、その禁忌とされた錬金術を現代においても研究し続けていた一族があった。それが赤石家である。陽一の両親は遂に錬金術を手に入れる事が出来た。
それが事件の引き金にもなったのだ。その嵐の日に錬金術を嗅ぎ付けたある資産家が彼の家に押し入った。錬金術でお金にしないか、と。当然の如く、両親はお金のために研究しているわけではないと反対する。そう突っぱねると、二人は凶弾に斃れた。
陽一は両親の残した石を持ち、妹を連れて外へ逃げ出した。しかし、結局のところ彼も撃たれ、倒れた。そして冒頭へ至る。
「大丈夫だ。お前たちの居場所は俺が与える」
まるで都合の良い神様のように俺は現れた。銃弾を全て銃口へ返し、爆発させる。敵を無力化し、二人を無間郷へ連れて行った。
「両親を守れなくて悪かった」
本当であれば、彼らの親を救うことが出来たはずだ。だが俺はあえてしなかった。そういうシナリオにした方が彼らは人間に対し憎悪を増すからだ。と、当時の俺は復讐に塗れていたため、このような考えを平気で持っていた。
「助けてくれてありがとう」
少女は、ただそれだけを言ってストレスからか寝込んでしまった。
日にちは過ぎ、陽一が目を覚ました。
「ここは……」
無間郷だ、と俺は言い、経緯を分かりやすく説明する。やはり両親の死を自覚するとフラッと倒れてしまったが、再び目を覚ますと彼は涙せずこう誓った。
「俺は憎い。何もかも。こんな石があるから親は死んだ。……だけどな、俺はあえて空気を読まずに人を憎まねえ。この力を人のために使うよ」
彼のAKYの始まりでもあった。AKYというのはあえて空気を読まないの略語らしく、2000年代のネットスラング、KYから来ているらしい。また赤石陽一の赤の頭文字、陽の頭文字という意味も含んでいる、という事らしい。
彼はとにかく空気を読む場面であえて読まない行動が多いのだが、「わざとやっている。その方が面白いだろ?」、と反論している。
話は戻るが、彼が目覚めるとすぐに緋奈も目覚めた。
「お兄ちゃん」
「よお、緋奈。良かった〜緋奈も無事でさ。俺なら大丈夫。ここなら安全に暮らせるっぽいし。だろ?」
「ああ。此処にはタイムレスという人間ではない人間しかいない。……ところでお前たちはただの人間なのか分からないのだが、少し調べさせてもらってもいいか?」
現時点では錬金術を会得した一族という認識しかないため、ただの人間の可能性もある。その場合は無間郷に順応するのに時間がかかる。
「何、少し身体に触れるだけだ」
二人の腕に触れ、目を閉じる。すると、細胞の構造が人のそれではないと感じた。
「成る程、やはりただの人間では錬金術は不可能という事か。おめでとう、お前達は立派なタイムレスだ」
我々がタイムレスと呼んでいるものとは、一見人間に見えるが、全く別の生物であること。特殊な能力を持ち、人々に恐れられるため一般的には異端人と呼ばれる。我々は異端人を差別用語とし、タイムレスと名を変えている。まあ、ただの戯言に過ぎないがな。何故、タイムレスが生まれてくるかは不明。人間同士の交配から突如タイムレスが生まれてくるというのは珍しくない。今後の研究で明かされる可能性はある。
「具体的な能力は錬金術。その石を使い、物質を金に作り変える」
俺は無から金を創り出すことは出来るが、彼の持っている石を操る事は出来ない。
「親が作っていたのは錬金術ではなく石の方だったか」
「賢者の石だよ。えっと……」
名前を言うのを忘れていた。彼に名前を教える。
「智覇彌、か。変な漢字」
当然、ただの当て字だからな。本当は「千早」である。
「この賢者の石で金を作ることが出来る。まあ、用途は今のところ思いつかないかな」
「貧乏生活を抜け出せるよ」
と、緋奈は言うが、「いやいや、金作り過ぎたら価値が下がっちゃうって。……まあ、まだ小学生にはわからんか」と彼は突っ込んだ。
「むぅ」
「貧乏生活なら大丈夫だ。俺がいる限りな」
言葉通りである。お金には困らない。彼らの生活は全力でバックアップする。
「本当?えっとぉ、智覇彌さんありがとう」
「別にさんは付けなくていいぞ」
「あんまり甘やかすと懐くからその辺にしといてくれ〜」
こうして、やがて重い話は賑やかに変わっていった。
「って、ふと唐突にあん時の事を思い出すな〜って。なんでだろ」
舞台は今へ戻る。
「お兄ちゃんどしたの」
「いやあ、智覇彌と会った時の事を思い出した」
昼食前の事だ。ある程度現実でも無間郷でも平和になったため、俺とユナは無間郷に赴き、赤石家に寄って、食事を振舞うことにしたのである。
「ああ、うん……ところで貴女誰」
ここで一つ言っておくと、彼らはシスコンブラコンであり、妹は酷い人見知りである。俺と陽一を除く者には敵対視から始まる。
「ユナって言うんだよ。よろしくね」
が、天真爛漫なユナの前ではそれは無効だ。彼女は手を差し伸べ、握手を求める。
「うっ……」
「大丈夫だ、緋奈。ユナは、その、俺の大切な保護対象だから」
「おにいちゃんが言うなら大丈夫かも」
いつの間にか緋奈俺への呼称は「おにいちゃん」になっていた。いつから緋奈の兄になったのだ俺は。
「ま〜た保護対象とか言ってるし」
ジト目でこっちを見るなユナ。俺も何と言えばいいのかは分からない。
「とりあえず二人で何か話しといてくれ。智覇彌、ちょっと話がある」
「ん、何だ?外に出た方が良いな」
大凡、話の内容は予想していた。外に出ると、彼は空を見上げながら話しかけてきた。
「なあ、あん時親を見殺しにしただろ。薄々と気付いてはいた。お前の能力なら可能だって、な」
「ああ。その気付きも俺は知っていた」
「はあ、ま、お前の掌の上にいる事は俺も重々分かっている。あえて空気を読まずに今言っただけど、別にお前の事憎んでねえし、むしろ感謝している」
「育児放棄か」
研究に没頭する余り、二人の子育てを親はしていなかった。だから彼らは二人で生き残るしかないと共依存となっていった。
「そういうこと。どっちがより幸せかなんて分からんけど、少なくとも今の俺は幸せだ。あいつは勉強が出来て、俺は俺のやりたいことに集中できる。理想郷、というやつだよここは」
「そうか、ならよかった」
「だからこそ謀反を起こした白虎は訳が分からん。何も不自由がないこの世界でどうして反逆したいんだ」
唐突に白虎の事件の話を振られたが、合わせておこう。
「反逆するという自由もある。彼らはその道を選んだのさ」
尤もらしい理由を言ったが、実のところ白虎の反乱の原因は未だ詳しく掴めていない。何せ相手はUNKNOWNであるからだ。
「うーん。それは良いとして、話はさっきの通りだ。俺はお前を憎んでないし、緋奈もお前のおかげで段々と心を開きかけて来ている。今後も無間郷がやべー状態になったらいつでも協力する。いや、無間郷だけじゃなくて地球全体もな」
赤石陽一という男は何処までも面白い人物である。本来であれば彼は復讐鬼となっていたはずだった。だが今となっては彼は類い稀なる救世の使徒と言っても過言ではない。
「それは助かる」
「あーなんか言えてスッキリした。こう、アレだよアレ。言わなきゃいけないことは言わなきゃいけないんだ。……ん?なんか日本語おかしいな」
「語学力を鍛え直すか?」と言うと、大笑いをして「勘弁してくれ〜!」と叫んだ。
その大声にびっくりしたのか、緋奈が外に出てきた。
「どしたのおにいちゃん達」
「いや〜何でもないよ緋奈。さて、飯にするか」
さて、無間郷名物遺伝子崩壊料理を頂く事にしよう。無間郷の食材はどれも味が変化してしまう問題がある。住民の唯一の不満点だ。
「良い事を思い付いた。錬金術の応用で、この食材を元に戻せないか?」
不意に陽一が人参を切っている際に発した言葉である。成る程、良い案だ。普段無間郷に居なかったのでその問題を放置していたが、この機会に向き合うべきだと考えた。
「よしじゃあ行くぜ」
彼はポケットから賢者の石を取り出し、ぶつぶつと綴り始めた。
「ーー変われ」
綴り終わると、人参は金に変化した。
「うわ〜失敗した!金の人参って何だよ!」
「これは、色々と先行きが不安だな……」
「お兄ちゃん、私もやる」
ここで緋奈が名乗り出た。
「行けるか?」
俺は一歩引いてユナと見ることにした。
「ユナ、彼女とはうまく行けそうか?」
「勿論!始めはあんまり話してくれなかったけど、良い子だよ。同性の友達は少ないし、私は嬉しいよ」
それは良かった。確かに、俺の周りの男女比率は若干男性の方が多い。もう少し彼女の為に同性の仲間を紹介した方がいいな。
さて、緋奈はうまく変換できたかな。
「んーん?見た目は変化ないな。そもそも術使えるのか?」
何も起きずに陽一は困惑しているようだ。
「貸してみろ」
はい、と俺に渡してくれた人参を調べる。ーーこれは。
「人参だ」
「いやそりゃ人参でしょ」
「もう少し思考を巡らせろ陽一。ただの人参だ。彼女は成功したんだぞ」
「⁉︎まじか〜‼︎やったな!緋奈!」
「緋奈ちゃん凄い!」
これには俺も賞賛せざるを得ない。これで無間郷の食料問題を解決できる。
「良くやったな」
と、俺は彼女と同じ身長くらいに屈め、彼女の頭を撫でると「そこは俺の出番んんん!」と陽一に鬼の形相をされた。と、同時にユナは静かに微笑んでいた。その内面は真っ赤に燃える嫉妬の塊である。これはまずい。下手を打った。
「まあ、良いけど?私は気にしないし」
「俺が悪かったよ」
「???」と緋奈が首を傾げているが、どうか知らないままでいてほしい。
「そうだよ。お前が悪い。緋奈、俺も頭撫でさせてくれ」
「良いよ〜」
彼女の快諾により、とりあえず陽一は良いものの、ユナに対してはどうすれば良いのか。
「別に良いんですけどね!」
仕方ない、そろそろ例のものを完成させる必要がありそうだ。
「今日の昼食は現実と同じになるよ!」
「それは楽しみだな」
無間郷を作ってから一年が過ぎている。ようやく、食料問題が解決できそうだな。
ここ、無間郷に無駄なタイムレスなど誰もいない。誰もが役割を持っており、それを果たしている。
皆が俺の掛け替えのない仲間。もう二度と手放したくない存在。
次回予告
近未来とは何だ。空想、絵空事、卓上の空論。うんざりだ。何者も成し遂げる事が出来ないのではあれば自分が成し遂げるしかないのだ。それが可能性0.01%だったとしても。
第十二説 Type BOS VIRMA
最強の使用人、爆誕。