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井上達也 短編集4 (ちょっと上手になってきた編)

君が高嶺の花になってしまうその前に

作者: 井上達也

 僕は、大学の授業で使いもしない教科書をたくさんデイバックに詰め込んで、大学までの長い道のりを歩いていた。

 毎日毎日、片道2時間かけて大学に通う。

 学割が効いているとはいえ、決して安くない交通費に、若いうち貴重で無限な24時間のうち、往復で4時間消費してしまっていた。こんな勉強以外の面でこんなにも頑張って通っている大学に価値を見出すの容易ではない。

 僕は大学に勉強をするために通っているのか。

 それとも大学に小旅行を毎日繰り返しているのか。

 目的がよくわからなくなってきていたのだった。

 ある時のことだ。

 僕は自習をするために大学の図書館に行くと、本棚と本棚の間で本山さんに会った。

 本山さんは、細い黒縁メガネをかけていて片手に何冊かの文庫本と難しそうな書籍を持っていた。

「おはよう」

 本山さんが僕に話しかけてきたくれた。僕は、「おはよう」とたどたどしく返事を返した。

 彼女とは、サークルが一緒だった。サークルは、全然飲み会が多いような部類のものではなく、写真部だった。しかもその写真部は変わっていて、一眼レフとかフィルムカメラとかそういう本格的な類のカメラは使わない。いつもスマートフォンで写真を撮って楽しむサークルだった(たまに、なぜかインスタントカメラを買って写真を撮ったりもしたけれど)


 僕には、幸福なことに3年間付き合っている女の子がいる。

 その子は高校の頃に知り合って、付き合い始めた近所の女の子である。

 でもさすがの僕でも(なにがさすがなのかはよくわからないが)、恋愛の定説には勝てないようだ。そう、3の法則である。

 3日、3ヶ月、3年。

 恋愛の世界では、この3のつく年数はマンネリ化が不安視されると言われている(週は、どちらかといえば1週間)。

 見た目もかわいいし、性格も可愛らしい。でも、僕の気持ちはマンネリ化していた。

 そんな気持ちでしばらくいると、案の定、彼女からお別れの言葉をいただいてしまった。

「あなたより、お金をもっていて、車も持っている。才能もありそう」

 こんなことばをいただいてしまった。マンネリ化していたとはいえ、現実が目の前に現れると僕は悲しくなってしまい、別れを告げられた時にその子の前で大粒の涙を流した。男とはこんなものである

 その子は働いていた職場の男性といい感じになったらしい(単なる体が資本の会社で「才能もある」とはどういうことなのか問い詰めたかった)。

 僕が、片道2時間かけて重い教科書を背負って、勉強とアルバイトに汗をたらしていた時に、彼女はその男性とよろしく仲を紡いでいたらしい。


 僕はひどく落ち込んで、サークルの忘年会に参加した。

 大学近くの安いチェーンの居酒屋で飲み放題料理がついて3,000円。大学生の定番とも言える居酒屋のコース料理に僕らは舌鼓を打った。

「別れたんだってね」

 僕の横に、本山さんが日本酒を持って登場した。ビールのジョッキではなく、グラスに日本酒を入れて登場する本山さんはなんだか色っぽかった。ショートボブで仕上がった髪毛を耳にかけて、僕の方を見た。

「それで、原因は?」

 本山さんの一連の仕草は、「僕の話をきいてあげる!」という意思表示の表れであると僕は認識した(たぶんちがう)

 僕は、自分の愚かさを吐露するとともに、向こうの彼女に対する気持ちも率直に述べた。

 それでも、「本当に本当に、毎日彼女のことはいつも気にしていたんだ」と僕は本山さんに打ち明けた。

「気にしているなら、気にしているって女の子は言ってくれないとダメだよ。でもまぁ、その子も結構ビッチだね」

 と本山さんは言って、日本酒を口にクイッと入れて飲み込んだ。本山さんは、他に何かを言いたそうであったが、日本酒のアルコールが少々きつかったのか、ちょっとだけ黙り込んで机の一点を見つめていた。

「だ、大丈夫ですか?」

 僕は、本山さんに問いかけた。本山さんは、首を縦に一回、振った。

 数分後には、本山さんは自主的に部屋の隅っこに移動し、そのまま眠りについてしまったのだった。


 

 その後の年末は何もなく、テレビを見て過ごした。

 はじめのうちは、年末の総集編番組を見ながら、ふらふらになって帰っていった本山さんが気になってはいた。

 本山さんは無事帰れただろうかと心配ではあったが、帰り道とは逆方向だったため、そのまま本山さんはサークルの女友達に託していた。まぁ、単なるサークルの友達だからこれでいいのだろうと僕は納得した。


 年が明けて、またいつものように片道2時間の小旅行が始まった。

 僕は、また自習をするために大学の図書館に行くと、また本棚と本棚の間で本田さんとあった。

「おはよう」

 本山さんは、難しそうな学術書を両手で持っていた。これから、課題の論文でもしたためるのだろうか。

「おは…」

 僕は、驚いてしまって途中で挨拶がぬけてしまった。

 本山さんは、メガネをかけておらず、ちょっとだけ髪の毛の色が茶色なっていたのだ。

 僕は、驚きのあまり、本棚に肘をぶつけた(ちょうどファニーボーンに直撃した)

「大丈夫?」

 本山さんは、なんの悪びれもなく、僕を心配してくれた。僕は「だ、大丈夫」と答えて、自習席に向かった。


 僕は、かばんから取り出す手が震えていたし、なんだか胸のドキドキが止む気配がなかった。

 たしか、年が開ける前にも同じシチュエーションがあったかと思ったけれど、インパクトが全然違かった。今回は、僕の何かを突き破ってきたのだった。


 僕は、その日を境に彼女の目を見ながら、お話をすることができなくなっていた。

 目を見てしゃべれないのは、彼女に原因はなく、僕にある。

 彼女は、おしゃれに気を使い、髪型もこだわりがある。コンタクトをしはじめても、たまに「コンタクトが今日はあわなかった」と謎の理由を言って、細い黒縁メガネをかけてきた(これがまた最高にたまらない)。

 反対の僕はといえば、謎の英語のセンテンスがかれたTシャツを好んで着ていたし(今日の和訳は、僕はバカ)、千円カットのお店で、無個性な髪型に切ってもらっていた。メガネなんて、レンズには無数の傷が入り、フレームのネジがゆるゆるのため、なんどもづり落ちて、落ちるたびに人差し指でくいっと上にあげていた(でも、くいっとあげる動作がかっこよいと思ってはいた)。コンタクトなんて、目に指を入れるのが怖くて作れずにいた。

 こんな両者の差が、僕の中で僕自身に対する自信が失われていった。

 でもそんな気持ちとは裏腹に、気がつけば、どんどん彼女のことが好きになっていった。

 そして、彼女はどんどん僕の中で「高嶺の花」になっていった。

 ただ、冷静に考えてみればそれは僕の頭の中の妄想であり、彼女は見た目は多少変わったとはいえ、性格に特段変化はない。僕の頭の中で、彼女は最強の美人となっていったのだった。


 

 サークルで、春寸前の公園の景色を撮りに行こうという企画で、僕は大学近くの国立公園に着ていた。

 三月にもなると、梅やらさくらのつぼみが公園のいたるところで観察することができた。

 僕は、スマホのシャッターを切ってはいたものの、どうしても本山さんのことが気になっていた。

 サークルの他の男子に誘われてどっか遠くの方にいっていたし、戻ってきたと思ったら、また別の男。僕は、どんどんスマホのシャッターを切る速度が遅くなっていった。

 いよいよ、スマホを構えるもののシャッターボタンを押すことすら、しなくなっていた。僕は、大きい大木から生えている緑色の一枚の葉っぱをずっと眺め続けていた。

「あ。いたいた!」

 僕が、葉っぱに気を取られている間に、後ろから本山さんが現れた。でも、僕は本山さんにも気がつかないで、ずっと葉っぱを見ていた。いわゆる放心状態というやつである。

 本山さんは、しびれを切らして、僕の脇腹をこちょこちょとくすぐった。僕は、わぁ!と成人している男性とは思えないような気持ち悪い声を出して驚いた。本山さんは爆笑していた。

「やっと気づいた」

「いや、やっと気づいたとかじゃないですって」

 悪びれるそぶりも見せない本山さんは、嬉しそうにしていた。僕は、驚きのあまり振り返りざまに一瞬だけ目があったが、それ以降は僕は彼女の目を全く見れないでいた。

「そういえば、あれから、彼女できたの?」

「いや、できるわけないじゃないですか」

 僕は、即答した。

「ふーん。あそうだ。年末、酔いつぶれてごめんね。なんか、せっかくその別れ話の相談に乗ってあげようと思ってたんだけど」

「いや、むしろ本山さんが飲みすぎて逆に心配しましたよ」

「ははは」

 彼女は、笑ってはいるもののどこか寂しげな表情を浮かべた。

 僕は、その不思議な笑いの裏事情を知っている。サークルの男友達から、事前に聞いていたのだ。


 ー本山さん、実はおまえと同時期に彼氏に振られたんだってさー


 僕は、その話を聞いたときに、本当は彼女が話を聞いてもらいたかったのかもしれないと思っていた。

 彼女が、本当は「もっと好きである」ということを愛する男性からもっと聞きたかったのかもしれない。

 僕は、本当に自分勝手で愚かである。

 世界で一番、自分が不幸だと思っていたのに、世界で一番不幸であるはずの自分をそっちのけで、僕のような人間の失恋話を本山さんは聞いてくれようとしていたのだ(結局、飲みすぎてしまったのだが)


 僕も別れてしまってからはあまり時間は経っていなかったが、まずは本山さんの目を見てしゃべれるようにならなければと思った。このまま、彼女を「高嶺の花」として崇めてはいけないのだ。現実に目の前にいる。

 いろんな男性に声をかけられようとも、僕の前にこうして現れているのだ。僕は、少しだけ勇気を出してみた。

「あの…今度。今度ですよ。一緒にお茶でもしませんかね。お互いの失恋話でもしませんか」

 僕は、おもいきって彼女の目を見つめて話しかけてみた。

 彼女はとても驚いた表情をしたあと、大いに笑った。でも、なんだか嬉しそうだった。

「いいですよ。いいお店、ちゃんと選んでね。ふふふ」


 気がつけば、僕は彼女の目をじっと見つめていたし、話すこともできるようになっていた。

 僕ももっと努力をしなければならない。まずは、服装からかな。

 

 本山さんと付き合える日を夢見て

ああ。彼女がほちい。

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