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情けは人為も偽にあらず

「……」


困ったことになった。


「……無い」


鞄に付けていたストラップが無い。加えて言えば、クマが「お揃いで付けたい」と騒ぎながら私にくれた猫のストラップが無い。

そのことに気付いたのが十数分前。私は「お腹が痛いから一度家に帰る」と言ってクマを先に学校に向かわせ一人来た道を戻り、目を皿にしてストラップを捜索していた。


『はい!可愛がってね!わたしの熊のやつとお揃いだからね!』


あの時のクマの笑顔や言葉が走馬灯のように蘇る。結局彼女はストラップが燃えてしまうからという根本的な問題から鞄にストラップを付けてはいなかったが、私の鞄にぶら下がっているのを見ていつも嬉しそうだった。


「……クマ、絶対泣くよね」


別に私もストラップを適当に扱っていたわけではない。大切な友人からの貰い物だ。傷が付きにくい場所に付けて、汚れたりすれば綺麗に拭いていた。紐が切れそうになっているから今度補強しようと思って、そのままずるずると機会を逃していた。


「何で今日に限って寝坊なんかするかな……」


少しばかり寝坊した私は急いで家を出た。鞄もだいぶ揺さぶられた。その道中で落としたのだろう。

理由がどうであれ、今は探すしかない。外での失せ物は早く見つけてしまわないと、もう二度と返ってこないかもしれないから。


「……」


ああ、神様。基本的には大嫌いだけど、どうか私を助けてください。


「あの……」

「……はい?」


急に声をかけられ、大嫌いな神様への祈りの途中だった私は声の主の方に顔を向けた。


「これ、もしかして門戸さんのですか?」


そこには三つ編みの同級生。

その手には目つきの悪い猫のストラップがあった。


神は存在した。


…… ……


「前に門戸さんが鞄に付けていたのを、おぼろげながら覚えていましたから……」

「……ありがとう。本当にありがとう、梅田さん」

「いえいえ、どうかお気になさらず」


そう言って私に優しく微笑んでくれた彼女、梅田 優は私のクラスの委員長だ。文武両道、才色兼備の上に優しさと冷静さ、何をとっても良が付く。困った人を放っておけない彼女は、外見中身どちらの面から見てもクラスの人気者と言って間違いない。


「あれ……梅田さん、もしかして今日も?」

「ええ、そうなんですよ……」


そんな彼女だが。彼女にも一つだけ抱えている問題がある。


…… ……



「おや、今日も梅田さんは遅刻ですか?」

「そうみたいですね〜」


不思議なことに彼女は遅刻の常習犯だ。おそらく、普通に登校してきている生徒の中では、その数は一二を争うだろう。


「あ、そういえばカドもまだ来てないよ」

「おやおや、本当ですね」

「こっちも常習犯だよね〜」


主に私と。



…… ……



「お婆さん頑張ってください!もうすぐ病院に着きますから!」

「ごめんねぇ……こんな若い娘に無理させちゃって……」

「……待って……鞄二つは……結構重い……」


お婆さんを軽々背負い走る梅田さんと、その後ろを学生鞄二つを抱えて走る私。





まだ、当分校門はくぐれそうにない。



門戸さん

#3 情けは人為も偽にあらず



「ごめんなさい門戸さん……私が勝手に首を突っ込んだことに付き合わせてしまって……」

「……え、ああ……気にしないで。ストラップの恩もあるし、すぐ側にいて手伝わないってのも……おぇ」


病院までの激走で胃を引っ繰り返された私は、心底申し訳なさそうにする彼女に、片手をひらりと振って説得力のない無事を伝えた。当の彼女は息の乱れすら無いようだった。


このやり取り、実は私がストラップを受け取ってから既に六回目である。ある迷子少年に遭っては手を引いて親を捜し、ある財布を無くしたご老人に遭っては財布を捜し娘への贈り物の花まで花屋で選ばされた。


そのひとつひとつに梅田さんは丁寧に応対した。その対応に皆一様に礼を言って去ったが、明日には彼女を覚えているものは、一人たりともいなくなっているだろう。


「うわぁーん!!ぼくのふうせんがぁー!!」


そうこうしている間に、困っている人が、また一人。これは偶然ではない。彼女は彼らを引き寄せる力を持っている。ここまで多く遭遇するのは、一つ私の所為もあるかも知れない。


「あ、ごめんなさい!すぐ済ませますので……」

「いいよいいよ、ゆっくりで」


そして、それを解決に導く力も。


…… ……


私達が病院から学校へ向かう道、傍の街路樹の一つに、水色の風船が顔を出している。おそらくそこの少年のものだろう。


「ふうせんが木にひっかかったんだ……」

「随分と高いところに行きましたね……でも大丈夫、お姉さんに任せてください」


梅田さんは少年にそう言うと、その場で軽く跳躍した。そして、少し深く膝を曲げたかと思うと、そのまま高く跳び上がり、途中で風船の紐を引っ掴んで着地を決めた。


「はい、どうぞ。もう手を離しちゃ駄目ですよ?」

「うわぁーい!!ありがとー!!」

「ふふ、どういたしまして」


少年は風船を手にすると彼女に礼を言って何処かに駆けていった。


私は、もう見慣れた筈の彼女のアクロバットに軽く呆然としていた。


…… ……


「お待たせしました。遅くなっちゃいましたけど、学校行きましょうか」

「そうだね。まだ昼までには間に合うかも知れないし」


梅田さんは、困っている人を引き寄せると共に、その困っている人を助ける時だけ能力が人の限界を超える。先程のお婆さんの時も、彼女はお婆さんの持っていた大きな荷物ごと背負って走っていた。


「そういえば門戸さん、そのストラップはどこで?」

「いや、これは花隈が買ってきてくれたやつだから……」

『きゃあああああああ!!!』


耳を劈くような女性の悲鳴が私たちの会話を遮った。ぎょっとしてその声の方を見ると、どうやら引ったくりらしい、黒いニット帽の男が盗品のバッグを片手に走ってくるところだった。


「……私がやります、門戸さんは少し離れててください!」

「あ、うん、怪我はしないでね」

「はい!」


全力疾走の男の前に立ちはだかるように梅田さんは立った。私は道の傍に逃げる。


「怪我したくなかったらどけ!」


梅田さんが自分の逃走を邪魔しようとしていることに気付いた男は、ポケットから折りたたみのナイフを出して彼女に向けた。彼女は向かってくる男に何も言葉を返さない。


「……舐めやがってクソガキがぁ!」


どうも短気な男だったようで、そのまま彼女を刺し殺さんという勢いで腕を伸ばして走ってくる。


「……ハッ!」


彼女はそのナイフを、手の甲で横からはたき落とした。武器の喪失に男が怯んだ隙に彼女はその鳩尾に前蹴りを放つと、狼狽に染まり体勢の崩れた男の体を背負い、そのまま一気に地面に叩きつけた。男は四肢を投げ出して動かなくなった。


「……お見事」


自然と小さな拍手が出た。私はナイフを拾って畳んだあと、後から追いついた婦人に警察を呼んでもらうよう頼んだ。


警察官は男を車に乗せたあと、梅田さんに感謝状が云々と話をしていたが、本人に全て断られたようで驚きながらも了承した。


どうせ忘れられちゃいますしね、と私に小さく呟いた彼女の笑顔は、どこか陰があった。


…… ……



「でもカッコ良かったよ、梅田さん」


私は実にありきたりな感想を述べた。彼女は心なしか浮かない顔をしている。


「ありがとう門戸さん。……私、最近思うことがあるの」

「……?」


苦笑いで返す彼女が言葉を続けた。


「……私が居なかったら、こんなにたくさんの人が困ったりしなかったんじゃないか、って。私は私が人を助けたいが為に、私の能力で困っている人を作ってるんじゃないかって」


彼女は困っている人を彼女の能力で引き寄せ、彼女の能力で助ける。それが続く毎日では、自分の所為でそうなったと考え始めることに不自然はないのかもしれない。


「……少なくとも私のストラップは私の失敗だし、今日起こることだったんだよ。きっと他の人も、それぞれそう思ってると思うけど」

「でも……」


多くの人を助けてきた。多くの人に礼を言われた。褒められることかもしれない。でも、それがそもそも自分の所為だったら……。彼女はそんなことを考えたのだろう。


「私は梅田さんにすごく感謝してる」

「……」

「……だから、それが実は何によってどうだとか、多分どうでもいい」

「……」


しかし、彼女は勘違いをしている。助けられる方は、そんなことどうだって良い。彼女が助けてくれた、そのことに感謝するだけ。彼女がいなければ、なんて考えるだけ無駄だ。


「……私は梅田さんに助けてもらって嬉しかった。それは変わらないよ」

「……はい」


やっと彼女は少し笑顔になった。まだ完全に彼女の悩みが拭えたわけじゃないだろうけど、私には生憎と彼女みたいに人を助ける力はない。これだけ長く喋っただけでも上出来だろう。


「ほら……急ごう、休みと遅刻じゃ色々と変わってくるよ」

「そうですね、急ぎましょう!」


…… ……



「おや、梅田さんに門戸さん。こんにちは。……こんばんはですかね?」

「……こんにちは」


結局、その後も困り人に五回ほど捕まり、大幅な遅刻の末、終業の鐘の後に私達は教室に着いた。既に弁当は外で食べ、もうもはや何の為に外に出たのか分からない。


「阪先生、遅れてしまってすいません……」

「いえいえ、お二人には何か事情が有ったんでしょう。とやかく言うつもりはありませんよ」


阪先生は机の作文用紙の束と私達に、交互に目を遣ると、わざと少し困った顔を作った。


「今ちょうど、他学年に出した課題の作文の纏めが進まずに"困って"るんです。……少し手伝ってくれませんかね?」


私達は顔を見合わせて、快く了承した。

机の出席簿を見ると、二時限目の現代文だけ、私達も出席となっていた。


…… ……



彼女にはああ言ったものの、私には彼女の能力が、本当にあのストラップを失くさせたかどうかなんて判らない。


「うわーん!どこ行っちゃったのー?」

「……燃えてしまうから付けないで家に置いとくって言ってたのに何で持ってきたの?」


でも、もし本当に彼女の能力が、他の人が困ったことに遭う一因であったとしても。


「やっぱりカドとお揃いで付けたかったんだもん……それに燃えないようにちゃんと、ちゃんとしてたんだよ!?」

「……はいはい。ほら、良いから探す、私も探すから」

「あの……」


彼女が人を助けることが、彼女の能力による自己満足に過ぎないとしても。


「……花隈さん、これ、落としませんでした?」

「え?……わぁ!ほんとだ!ありがとう!ありがとう!ありがとうウメちゃん!」

「いえいえ、どういたしまして」


彼女に助けられるのが嫌な人なんて、落ちたストラップなんかよりもずっと見つからないはずだ。


#3 情けは人為も偽にあらず


梅田さん 出席番号01

・「困っている人」を「助ける」ための『力』。

・遅刻の多い優しい委員長。

・愛称はウメちゃん、委員長。

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