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Three Mons is Priceless

「おはようございますっ!」

「……おはよう」


朝。


玄関を開けるなり、輝くような笑顔と挨拶が私を迎えた。ご近所に配慮してか、その声は抑えられたものだったが、それでも彼女の快活さを示すには十分だった。


「早く学校行きましょう門戸さん!ね、ね!」

「……うん、少しだけ待ってて。準備してくるから」


興奮気味に学校の方を指差して急かす彼女にそう言って引き戸を閉める。今日は水曜日。彼女と学校に行く日だ。


身支度もそこそこに、私は眠い目を擦りながら、昨日から用意しておいた荷物を詰める。玄関の姿見には寝癖が映ったが、わざわざ洗面所に戻って直すのも面倒なので何も見ていないことにした。


「いってきます」


返事はない。だが、家を空ける者として、この挨拶を欠かすつもりはない。


……


「……ごめん。おまたせ」

「いえいえっ!前回より三秒早いです!好タイムですよ!」

「…………そう」


軽く手を合わせて謝る私に、ポニーテールを揺らす彼女は、非常に反応に困るフォローをくれた。

これでも私は約束事はきちんと守るほうだ。それでもいつも彼女を待たせてしまうのは、彼女の来る時間が日に日に少しずつ早まっている所為だということは、言うのも野暮だと思ったので黙っておいた。


「あ、駅の近くに新しく喫茶店が出来たの知ってます?」

「ふぁあ……え、そうなの」

「はい、珈琲がとても美味しいらしいですよ!」


彼女は結構な情報通だ。どこから仕入れたのか、こうして色々なことを教えてくれる。私が少し疎いだけなのかもしれない。


「ふぁあ……今度行ってみようかな……ふぁあ」

「いつも眠そうですね、門戸さん。ちゃんと寝てます?」


次第に会話と欠伸の割合が半々になる私の顔を覗き込んで、心配そうに彼女が尋ねた。


「……今日はあんまり寝れてない」

「駄目ですよ、そんなの!若い内はしっかり睡眠取らないと!」

「……うん」


彼女に叱咤され、欠伸と眠気を抑えながら睡眠の大切さを語る彼女の話に相槌を打つ。どうやら、どこかの新聞広告の受け売りらしい。


早口だが聞き取りやすい彼女の声は、私の耳から耳へと流れ、抑えられた声はますます私を眠りに誘う。その誘惑に耐え忍んでの登校だった。


「ーーーつまり、若い頃にどれだけ肌を大事にしているかで……」

「……うん、うん。あ、着いた」


気付けば校門の前。

校門は眠ったように閉まっている。


彼女はその門を軽く飛び越えて、私に手招きした。


「よっと。ほら、門戸さんも行きましょう!」

「無理。そっちから開けて」






朝焼けが僅かに校舎を照らす。

只今、午前四時。




門戸さん

#2 Three Mons is Priceless



「門戸さんも飛び越えたら良いのに……」

「私には夙川さんみたいな身体能力無い」


夙川 千速。黒髪靡くポニーテールが特徴の、私の友人。私は水曜日だけ、彼女の時間に合わせて登校している。彼女は早い。そして速い。


「今日は阪先生の小テストですよね?」

「……あ、忘れてた」

「私はちゃんとやってきましたよ、ほらっ」


教室に入ると、彼女は私の隣の席に座り、勉強してきたという範囲のノートを見せてくれた。毎度テストの日程を忘れてくる火達磨茶熊とは大違いである。

ノートの中身は全部速記法で書かれていて読めなかったけれど。


私がその暗号ノートと頭脳戦を繰り広げていると、教室のドアが再び音を立てた。


「……おはようございます」


入ってきたのは担任の阪先生。

阪先生は、ボサボサの髪に整ったシャツとネクタイ、何故かズボンのポケットが出ているという寝起きを体現した服装で現れた。おまけに眼鏡が少しずれていた。


「ええと……先週言ってたように、小テスト……します……ふぁあぁあ、あ……ぁあ、その前に出欠取ります……夙川さん」

「はいっ!」

「門戸さん」

「…………え、あ、はい」


こうして早朝の授業は始まった。

ちなみに小テストは名前を書ききった辺りで睡魔に負けた。


……


「鉛筆転がすくらいはしてもいいでしょうに」

「……私が転がした時点でどうせ当たらない」

「先生、私何点でしたか?」

「まだ採点してません。来週返します」


私と夙川さんは持ってきた弁当を広げ、早めの朝食をとった。一旦職員室に戻った先生は、カップ麺にお湯を注いで戻り、いつもクマが座っている椅子に座った。寒さと湯気で眼鏡が曇っている。


「あ、お箸忘れた……」


寝ぼけて入れ忘れたのだろう。

弁当箱を広げた私がそう呟いて刹那、夙川さんは職員室から十秒で割り箸を取ってきてくれた。


曰く、割り箸を探すのに九秒要したらしい。


……


朝日が昇る。

終業の鐘は無い。


「今日もありがとうございました!」

「いや、こちらこそ割り箸とか取ってきてもらっちゃって……」


深々とお辞儀をする夙川さんに、私もまだ回らない頭でなんとか的の外れたお礼とお辞儀を返す。


「阪先生も……こんな朝早くから」

「いえいえ、早起きは三文の徳と言いますから」


和やかに笑顔を返す先生。朝食中に額に乗せた眼鏡を五回ほど探していた人とは思えない、優しい大人の表情だった。


「……それでは、もうそろそろ行かなくてはならないので」


夙川さんが鞄を持って、ドアの前に立った。窓から廊下に朝日が差し込んでいる。


「……じゃ、またね」

「来週も小テストですからね」

「はいっ!!」


満面の笑みと、朝一番に相応しい大きな返事が廊下に響いた。風が廊下を通る。私達に手を振った彼女は、もう既にそこには居なかった。人が人なら、彼女がここに居たことすら、もう忘れているだろう。


「……さぁて、他の先生がいらっしゃるまで、もう少しだけ寝ますかね」


暫しの沈黙の後、先生がわざとらしく伸びをして言った。


「私もそうする。もうクマ迎えに行く体力無い」

「花隈さんが泣きますよ」

「……そんなの燃やせばすぐ乾く……私は寝る」


私は鞄からタオルケットを取り出して机に突っ伏した。私がそのまま寝息を立てるのに、時間はそう掛からなかった。


……


「カドー、朝だよー。起きてよー」


目覚めた私の頭に残っていたのは駅前の喫茶店の場所と、彼女の笑顔くらいだった。


「ねぇー、カドってばー」


その頃の三文というのが一体如何ほどの価値かは知らないが、きっとあの笑顔よりは安いに違いなかった。


#2Three Mons is Priceless 終



夙川さん 出席番号09

・早くて速い。

・座右の銘は『急がば回れ』。

・花隈さんからの愛称はチハ。


阪先生 国語担当

・門戸さんの担任。

・小テストが好き。

・門戸さんと同じくらいには普通。


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