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引火する友引赤口

「寒い」


吐く溜息は白く。

暦の上ではまだ秋だというのに、冬がしゃしゃり出てきた朝、私は通学路を歩いていた。


「絶対去年はこんなに寒くなかった!」


隣で何やら不満を喚く友人と共に。

本人は去年の寒さなど、きっと忘れているだろう。彼女は来年も同じこと言うだろう。そんな彼女に一瞥をくれると、もう既にその歩調は寒さへの不満を忘れていそうだった。


「ねぇカド、ライター持ってない?」

「……何する気?」


少し前を歩いていた彼女が振り返り、火を付ける仕草で私に聞いた。"カド"とは彼女だけが使う私のあだ名だ。私の苗字が門戸だから、一文字目の読みを変えただけ。実に分かりやすい。


「いや、ちょっとコレをね」

「……はぁ」


私の問いに、突っ込んでいた手をポケットから出し、その手に持っていた白いモノを口に加えて彼女は答えた。またそれか。


「やり過ぎると身体に悪いんじゃないの?よく知らないけどさ……ていうか、まず私に迷惑掛かるんだけど」

「へーき、へーき!カドも、もう慣れてきたでしょ?」

「そういう問題じゃ……もういい、ほらっ」


早く早くと目で急かす彼女に根負けし、私は鞄から水色の百円ライターを取り出し彼女に投げた。普通、ライターなど学生の持つモノではないが、私にも彼女にも事情というものがあった。


「わぁい!カド大好き!」

「……はいはい」


ライターを無事手に入れた彼女は意気揚々といった様子でスイッチに親指を掛けた。






カチッ、という音と共に、私の友人は一瞬で火達磨になった。






激しく燃え盛る火炎は、彼女の身を包み、通学路に陽炎を生んだ。落ちてきた紅葉が炎に巻かれ瞬く間に灰燼へと姿を変える。火達磨になった人間を目の前に呆然と立ち尽くす私に彼女は、






「はい、ありがと!ほれっ」


と、笑顔でライターを返してきた。


「はいはい……って熱っ」






門戸さん

#1 引火する友引赤口






「やっぱり寒い日の朝はコレがないとねー」


花隈 萌。通称クマ。亜麻色の髪をふわりと肩まで伸ばした、私の同級生。彼女は現在、炎に包まれている。さっき咥えていたのは、ただのチョコレートだ。どうやら溶かして食べるらしい。


「ね、カドも暖めてあげよっか?」

「それ以上寄らないで。左右の温度差で体おかしくなるから」


クマは全身に火が点いてから、ずっと私の周りをぐるぐる回っていた。火の粉が飛ぶ。陽炎が視界を遮る。良いことは一つもない。そして何より周囲の視線が辛い。何せ人が燃えている。目を引かないはずかない。


「人目くらい別にいいじゃん、どうせすぐ忘れちゃうんだし」

「……私は今を生きているの。今が辛いのが一番辛いの」

「カドは神経質だなぁ」


彼女の言うとおり、人が燃えているのに誰も騒がない。いや、正確には騒ぐ前に記憶から消えている。

彼女は火達磨になっているとき、他人の記憶に深く残らない。燃え盛る彼女を見た人々は一瞬ぎょっとするが、すぐに元の日常へと戻っていく。俄かには信じ難い話だが、そういうものらしい。


「そういやわたしが最初に火達磨になったとき、カドすっごく焦ってたよね」

「そりゃあね、火達磨の同級生に"助けて!助けて!"って言われたら流石に焦るよね」


そのとき焦りに焦った私は、消火の為に近くの河川敷に彼女を鞄で引っ張って川に突き落とそうとしたのだが、逆に焦った彼女に寸でのところでそのタネを明かされた。


「へへ……あ」

「……ん?」


悪戯っぽく小さく舌を出していた彼女が何か思いついたような声を上げた。


「カドだけに過度の神経質な


言い終わる前に、尻を私の鞄でぶん殴った。鞄が少し焦げたので、痛み分けと言ったところだろう。


…… ……


「お、花隈。今日も燃えてるのか」

「そうだよー。寒いからねー」

「やっぱり寒い日には花隈さんの火がありがたいね〜」

「もっと近付いても良いよ?」

「それはやだ〜」


教室に入ると、クマは数名の同級生に囲まれた。両掌を向けられる彼女はさながらストーブである。その熱を同級生達に十分に分け与えたあと、彼女は少しだけ焦げが残る自分の席に座り、その後ろに座る私の方を向いた。


「もしかして今日阪の小テストある?」

「……そうだけど?」

「うわぁ、全然やってない」


項垂れる彼女。舞い飛ぶ火の粉に机を少しだけ離す。前に投げ出した足が暖かい。


「いい加減……尻に火が点いたりしないの?」

「わたしその程度じゃ焦らないし……」


それはご尤もだ。

いや……そうでもないか。



ちなみに阪先生の小テストは私の手に渡る前に消炭になった。


……


昼休み。

まだ身体の火が消えない彼女は弁当のおかずを無意識に炙りながら食べていた。


「……弁当箱は燃えないのね」

「これは特別製だからね」

「玉子焼き焦げてるけど」

「うわっホントだ」


私に言われて慌てて口の中に玉子焼きを放り込む。彼女の制服が、赤い火に包まれ赤く揺らめいている。今度マシュマロでも持って来よう。あまり好きじゃないけど。


「……ちょっと昨日より火長くない?」

「そう?あ、火曜日だからかな?」

「……ふーん」


生返事を返した私がこの後自分の玉子焼きを落とし、彼女に焦げた玉子焼きを恵んでもらった。味は思ったほど悪くなかった。


……


火達磨のクマが校庭を走っていた。走る焚火で暖を取る為、先頭を走る彼女に皆必死で付いていった。皆半袖だった。


私はジャージを着込んで見学した。



炎を纏う少女。何だか聞こえは良いが、毎度燃えている日には準備体操のペアが作れずに半泣きになっていた。短距離も長距離も好きらしいが、燃えているとレーンを一つ空けられるので、間近の競り合いが出来ない、と不満気だった。


小休憩中、彼女は喉が渇いたのか、水筒を逆さにする。水は殆ど炎に呑まれて沸き消えたように見えたが、彼女が満足しているようなので別に良いかと思った。


私は今日で二十時間連続見学を記録し、後で説教を喰らった。


……


「……クマってさ」

「ん?」


放課後、沈む夕陽。行きと同じ道を、身体の炎も殆ど治まった彼女と歩いていた。


「……何かいつも楽しそうだよね」

「そりゃあいつも楽しいからね!」


朝から飛んできた塵やらなんやらを悉く燃やし、少しばかり黒く煤けた彼女が満面に笑みを湛えて答えた。聞くまでもなかった。


「……そっか」

「カドは毎日楽しい?」


適当に納得していると、同じような質問を返された。

少し立ち止まって考える。だいぶ弱くなった陽炎が視界の端をちらつく。彼女の煤けた顔が少し面白い。


「……そんなの火を見るより明らかでしょ」

「?」


私の回答に疑問符と火の粉を撒き散らす彼女に、少し照れ臭くなって思わず上がった口角だけは悟らせまいと、私は彼女の少し前を歩いた。



#1 引火する友引赤口 終



門戸さん 出席番号23

・玉子焼きを落とした。

・結局小テストは追試にされた。

・次は三十時間連続見学を目指す。


花隈さん 出席番号17

・引火性+耐熱・耐火性の両方を兼ね備えるハイブリッド。

・毎年、夏の花火と秋の焚火に引火。

・愛称はクマ。

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