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食べ損なったゼリー  作者: 静夜
3/5

F1216号室 けいちゃん>>予想外の返事


結局、私は丸一日寝込んでしまった。がつんと熱が上がって、そのままがくんと元に戻った感じからして、子供の頃によくやる知恵熱のようだと担当の先生が笑っていた。実際そうである可能性が高かったから、私も苦笑いしか出なかった。

それでも、一日以上何もせず、アイスノンを枕に点滴を繋がれてベッドに転がっている訳で……

今、私の頭の中は、タケチに何て言おう、だ。

不可抗力と言ってしまえばそれだけの話。でも、いつも通り夜になったらタケチは階下のカフェに来る。いつもと違うのは、今回預かった案件三つのうち一件しか終わっていない事。当然今から続けても終わる量ではないし、発熱を引きずっているのか、やる気が起きない。

はぁ、とため息が漏れた。一つ。もう一つ。息を吐くたびに、今までやって来た事もこれからの事も、どうでも良くなっていった。

それでも会社に、タケチに迷惑をかけるのは申し訳ない。何年社会人やってるんだ、って言う無駄なプライドも少し残っていた。それがかろうじてのやる気に変わる。私はのそのそと起き上がった。

今までは紙の資料を預かっていたが、今回はデータのみだ。今連絡すれば、元データを持ったタケチが残りを何とかするだろう。

閉じたノートパソコンと、その上にころんと置かれていたタケチのメモリ。申し訳なさそうに一日眠っていた二人に、再び生命を入れる。


『お疲れ様です。前回預かった案件、まだ一件しかできていません。諸々の事情で残りの完成は未定です。完成した一件だけでもメールに添付します。申し訳ありません』


メールを送った。理由云々は言い訳になると思って、何故できなかったのかは書かなかった。

暫く経っても返信が入らない。怒ってるんだろうな。次会った時は延々と小言言われそうだな。それより次会うのは何時なのよ。時効かもしれないよね、などと思い巡らせていたら、タケチから立て続けに三件メールが入った。あああ。

この『連続メール』はタケチの昔からの癖だった。口に出すのと同じ速さで、自身の言いたい事を積み上げて行くのだ。もっとも、昇級後は見なかったけれど。

きっと、『なんで?さぼり?!』『罰として今度ケーキな』『次はちゃんとやれ』の三本立てだろうとうんざりした。実際さぼったと言えばさぼったのだろう。過去にはインフルエンザで朦朧としてても仕事をやった事まであるのに、今回は楽な道を選んでしまった。それが許されるという打算もあって。そんな自分の不甲斐なさと腹黒さにも苛立って、少し乱暴にマウスをクリックして、一通目を開封した。



『なんで?』



思った通りだった。ほんっと変わらないなコイツ。

なんで?じゃねーよ。聞いたら聞いたでまた嫌味の三つ四つくらい言うんでしょ?絶対返事なんかしてやんない。

半ばキレ気味に、二通目をクリックした。



『具合悪いのか?』



「も、元から病気だって言ってるじゃん?」


予想外の言葉に、思わず大声を出してしまった。慌てて周りの様子を伺って、たまたま誰もいなかった事にほっとした。今更何言ってんのコイツ。じゃなかったら何で入院してるのよ。こんなとんちんかんな返事をフツー寄こすか?私は頭の中で、散々タケチを小馬鹿にした。でも、そのままつまらないジョークとして鼻であしらえば良いのに、何故か私の目はこの一行を何度も何度も往復する。意味不明な動悸と瞬きが止まらない。

三通目を開封するのに、自分でも笑ってしまうくらい躊躇った。



『今から行く』



◇◇◇◇◇



……あぁ、暑い。


私の手が、ハンドタオルを探している。確か今朝枕元にあったはず。その枕元を見れば分かるのに、私の顔はディスプレイからよそ見をする事を許されていないかのようだ。変なの。それよりタオルどこよ?

あちこち探り回った後漸くそれらしき手触りにたどり着いて、一気に引き寄せた。鼻の頭をゴシゴシと拭く。テカテカだ。もう一度顔洗おうかな。いやそれどころじゃないでしょ。タケチが来るって言ってるじゃん。遅れたらまた嫌味言われるよ。でも何で来るんだっけ?終わった案件はメールで送ったよね?あ、届いてないって事?じゃあもう一回送っとこうか。うん、送ろう。マウスマウス。

慌ててマウスを握り直す。カチカチ。あれさっきのファイルって何処に保存してたんだっけ?まさか消してないよね。……何か今ポタって言ったよね?ウソ、汗?!この部屋っていつもこんなに暑かったっけ?

ほんの少しだけ残った平常心の私が頭の中で『大丈夫かオマエ』と冷ややかな目で見ている。ホント大丈夫かわたし。落ち着け。落ち着けワタシ。

落ち着けと呪文のように繰り返した後大きくパソコンを覗き込んだら、途端に背中がつりそうになった。備え付けのテーブルと腰掛けているベッドの高さが私に合わなかったのは最初からだった。今更ベッドの高さを変えるのも面倒くさい。だめだ。メールの再送はカフェで……いや談話室でやろう。自分で自分に言い聞かせるようにして、つまづきつつサンダルを履いて、部屋を後にした。

パソコンを片手に廊下に出ると、談話室から丁度さっちゃんと知らない女の人が出て来るところだった。早く元気になってね。ありがとう。またメールするね。次はお店に行こうね。うんうん約束ね。なんて、可愛らしいオンナノコの会話。さっちゃんの友達だろう。何か、今更だけど羨ましい。それに反してどうして私はこんな思いしてるんだろう。


「あ、けいちゃん」


さっちゃんの声だ。右手に可愛らしい紙袋。さっきの女の人が持って来たお見舞い品だろう。


「大丈夫?熱下がったの?」

「う、うん。なんとか」


なら良いけど、とさっちゃんは私の手元に目を落とす。


「仕事?」

「まぁね」

「ここで?」

「部屋が暑くてさ」


さっちゃんはきょとんとする。じわり。首元に汗が溜まる感触。


「まだ熱あるんじゃないの?」

「昼には下がってたよ?」

「でも、いつもはカフェでやってるじゃない?」


私の挙動不審っぷりも重なってさっちゃんは確実に何かを感じ取っている。いつもなら頑張ってね、の一言で済むのに、部屋に戻ろうとしない。


「いやだから……ぶり返すと怖いからさ」

「そう……?!」


そのまま談話室に入る私の後ろから、さっちゃんも入って来た。おもむろに紙袋からゼリーを出してお裾分け、とスプーンまでくれる。当然自分の分も出す。帰って、と言う言葉はこの時点でもう口にはできない。

ノートパソコンを開き、差し出されたゼリーをおずおずと引き寄せた。気不味い。何か話さないと。


「あれ?日野さん?」


オタオタしていた私に向かって、談話室の外から声がかかった。

部屋を覗いて来たのは同じフロアに入院している林さんだ。カフェでも見かける、優しいパパさんだ。その林さんが、私を不思議そうに見た。


「な、何ですか?」

「いや、さっきいつもの上司さん、ロビーに来てたからさ」


うそ!てゆーか早すぎない?!まだ外明るいよね?!

タケチさんだよね?とさっちゃんが囁く。そうだけど。そうだろうけど、ここで今その名前を出さないでよ。何で行かないの?って、行くのが当然のように質問しないで下さい林さん。さっちゃんも、そんな怪しい笑顔で部屋に戻ろうとしないでよ!!


色んな事が頭の中を駆け巡っているのに、言葉と言う出口に結びつかないまま同じ場所をぐるぐるぐるぐると回る。あれ?やっぱ熱があるのかな私。そもそも此処に何しに来たんだっけ?ゼリーを食べにだっけ?違うよね。そうだメール。メールを送ろうとしたんだった。早くしなきゃ。とっとと送って寝よう。違う寝るんじゃないでしょ。タケチが来てるんだって。来てるんだから渡さないとダメじゃん。あれ?ダメじゃんって言ったけど何を渡すんだっけ?仕事?違うよね。メールでもないよね。あ、メモリ!メモリ借りてたんだそれ返さないと。


「大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。ゴメンねさっちゃ、」


情けない顔で顔を上げたら、面会のタグを提げたタケチの顔があった。





◇◇◇◇◇


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