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食べ損なったゼリー  作者: 静夜
1/5

F1216号室 けいちゃん>>何がペナルティだ

「どう?調子は?」

「やだぁわざわざ来てくれたの?嬉しいよぉ〜」


……こんなやり取りを何回聞いただろうか。

四人部屋の、私の隣のベッドにいる彼女。彼女の所には、私の知っているだけでももう二十人以上、少なくとも一日に一人は確実に誰かしらがやってくる。

別に羨ましいとかうざったいとか、そんなネガティヴな気持ちは持ち合わせていない。単純に、明確に一言。『スゴイな』だ。

いやいやだって、病み上がりですよ?彼女、ついこないだ手術したって聞きましたよ?たまたまその時、私は四人部屋が空いてなくて個室に無理やり入れられていたからその時の事は知らないけれども、結構な大手術だったんじゃないのかしら?何故って、同室になった最初の頃から今も、体のあちこちに色んな管がついてますから。

それなのに、どこぞの誰かが面会に来る度に、にこやかに、病気など欠片も見せないような声で、そして同室の他三人を気遣って部屋を後にし、談話コーナーまで歩いて行くという頑張りっぷり。ただただ感心です。

そんな私はと言うと、これと言った手術をしている訳ではない。ただひょろ長い点滴一本。それで此処にくくりつけられているだけの毎日だ。その間、既に一月を超えた。一昨日の検査の結果が思わしくなければもう一月延びる。

よく分からないが、血液中の何かが著しく減少しているとかで、それが原因で血が固まらないらしい。確かに最近ちょっとした事でアザが出来ては消えないな、と思っていた。確実に異常を感じたのはツキノモノがいつも異常にひどく、人生初の貧血でぶっ倒れたからだ。

ともあれ、そんな一見どこが病気か分からない私。うっかり転んで擦り剥いただけでも、出血多量であの世にこんにちわの可能性もある訳だが、転びさえしなければ良いだけの私。当然のように、会社の風当たりはきつかった。いくら医師の説明の通り説明しても、当の本人が目の前でケロっとして話していたら、そりゃ信じる以前の問題だろう。


と、携帯にメールが入った。夕ご飯後の静寂を脅かす、鬼のメールだ。


『お疲れ様。この間渡した案件の進捗は?終わってるなら次のを持って行く』


終わってるなら、と聞かずとももう下に来てるんだろうよ。私は飲みかけのペットボトルのキャップをぐっと締めて、カバンを肩にさげ、部屋を出た。





「おせーよ」


開口一番、病人にジャブを食らわせるこいつは、私の直属の上司。私はタケチと呼んでいる。

病院に併設されているカフェで仕事の受け渡しをするのは私の入院から程なくして始まった事で……。タケチは『ただ寝てるより気まぐれになるだろう?』を大義名分に、少なくとも週二回、ひどい時は土日にまでやって来る鬼上司だった。そんなタケチの毒舌だけでなく、私の姿がかなりの名物になっていると知ったのは不本意にもつい最近の事だ。そう。病室ではとても捌き切れない山のような資料とパソコンを片手に毎日カフェの末席で仕事をしている半泣きの姿が。

本日も、いつも通り。カフェの従業員からにこやか半分、憐れみ半分に出迎えられる私と、断りもなく私の特等席に座り込んで待っているタケチの姿があった。


「こないだの案件、一箇所計算ミスがあったぞ。直しといたからな」


フツーは先ず『大丈夫か?』とか『本調子でないのに悪いな』とかあるんじゃないの?最初はそう思っていたが、目の前のコイツからはそんな優しさは期待できないのだと、数回目の面会で私は悟っていた。


「直した、って言ったんだけど?」

「あー…すいません」

「それだけ?」

「それだけって……」


気まずい雰囲気になったが、そんなの気にしない。気がつかない振りしてニコッと笑ってやったら、タケチは苦虫を噛んだような顔をしていた。

そんな顔されたって、全然怖くない。だって、ちょっと前まで対等だったんだから。10年ほど前、入社式で肩を並べていて、同期連中で散々飲んだり騒いだりもした仲だ。違ったのは、タケチは男で、私はオンナだったって事。一昨年の昇級で、私はタケチを始め同期の男性陣に大きくリードされた、ってだけ。


「……で、今回のは?」

「あ、これです」

「メモリは?」

「へ?」

「こないだ渡したよな」

「あ、パソコンに付けっ放しかも」

「かもじゃねーよ」

「付けっ放しです」

「ですじゃねーよ」

「付けたままでございます?」


ジロリと睨まれた。


「良いから取ってこいよ」

「ええええ病人なのに」

「どこが?」

「どこがって、とりあえずこれ?あと、服?」


自分に繋がっている点滴と着ている病衣を引っ張って見せると、病衣を数秒、私の顔を数秒、難しい顔つきで眺められた。エッチ、って言う直前で何かを察知したのか、タケチから渋々ながらの『分かったよ』が返ってきた。

タケチは手元のコーヒーを飲み干して自分のパソコンを開くと、そこに胸ポケットから出したメモリを差し込み、手際良く操作し始めた。


「何を?」

「データコピー」

「はぁ」

「しゃーねーからオレの貸しといてやる。無くしたら1万円な」

「えええ?!フツー1000円位でしょメモリって!」

「色々入ってんだよ!その情報料も込みの値段!」

「分かった1万円ね」

「無くすなって言ってんだよ!」


まったく、とブツブツ言いながらメモリを押し付けたタケチを前に、私はキョトンとした。


「あの〜資料は?」

「メモリ渡しただろ」

「今まで印刷してくれてたじゃん」

「経費削減。」

「今更?!」

「文句ある?」

「パソコンじゃ見辛いのに〜」

「場所取らなくて良いじゃないか」

「良くないよ!」

「かっこいいぞパソコン片手に手際の良い仕事っぷり」

「逆に自他共に認める手際の悪さですよ!」


私の文句も何処吹く風。結局プリントアウトされた資料は出てこなかった。そのまま早々にパソコンをしまい、立ち上がったタケチ。急に振り向いて私を真顔で見る。


「……」

「な、何?」

「……明後日また来るから。明日までにケリつけてろよ?」

「嘘でしょ」

「嘘じゃない。そんだけ元気だったら寝なくても平気だろ」

「鬼だ!」

「こないだみたく終わってなかったら……」

「なかったら?」

「ペナルティはコーヒーじゃすまねーよ」

「サンドイッチプラス!?」

「分かってんじゃん」

「鬼!」

「あ、ケーキも食うから。一番高いやつ」

「ほんっとに鬼!!」



◇◇◇◇◇

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