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永遠の春の花

作者: 樹林

登場人物


相田あいだ 春花はるか

東城とうじょう きょう

宇都宮うつのみや 涼香すずか

西木にしき 麻奈美まなみ

 学園の寮の一室で、一人の少女が日記を書いていた。

 長い髪を後ろで一つに縛り、クリクリした大きな瞳で、整った可愛らしい顔の子。

 可愛らしいペンを片手に、可愛らしい日記帳に今日の出来事を面白おかしく書いている。

 時折今日の出来事を思い出したのか、クスクスと小さく笑い出す。そして笑い出したかと思えば、次は頬を赤く染め、恥ずかしそうに窓から見える夜空を遠い目で眺めていた。

「春花お風呂空いたよ〜」

 そんな事を言いながら、相田春花の肩をポンと叩いた。

 春花は一瞬ビックリしたのか、体を震わせた。だが、次の瞬間には手紙の内容を読まれまいと、体を使って覆いだした。

「手紙なんて読まないよ。そんな事より明日も早いから、早くお風呂に入っておいで」

「絶対見ないって約束する?」

 春花は寮のルームメイトである西木麻奈美と毎日の日課のように同じ事を繰り返し言っている。昨日も春花は麻奈美に同じ事を言われ、春花もまた麻奈美に同じ事を言った。

「約束するって。なんなら脱衣所まで持っていけばいいじゃない……」

 麻奈美は少し呆れた口調で言った。

 だが、春花は日記帳をたたみ机の引き出しに閉まった。

「麻奈美ちゃんを信用するよ」

 それも春花と麻奈美にとっては何時もの事だった。

「それなら早くお風呂に入っておいで、お湯がぬるくなるよ」

「うん」

 それだけを言って春花は脱衣所に向かった。

「信用されているってものも辛いね〜」

 春花が脱衣所に入ったのを確認して麻奈美が呟いた。

 それでも麻奈美は春花との約束を守り、日記帳を見ることはない。それは見たく無いと言えば嘘になるが、春花が何時か見てもいいと言ってくれる日を待っているからだ。


 次の日の朝。

「ほら〜、早く起きないと遅刻しちゃうぞ〜」

 少し間の伸びた声と共に麻奈美は春花を起こし始めた。

 時間は遅刻まで三十分をきり、一般的に言えば非常に危険な状況だ。

 だけど麻奈美は実力行使で起こそうとはしないで、あくまで優しく体をゆするだけだった。

「ん〜……もう少しだけ……おねが〜い……」

 そして春花もまた刻一刻と時間がせまっているのにも係わらず、まだ小さな寝息と共に今にも深い眠りに付きそうだった。

「だ〜め。早くしないとご飯食べられないぞ〜」

 麻奈美はそうは言ったものの、軽い口調なので説得のカケラもない。

 だけど春花にとってはどんなに凄い説得だろうと、「ご飯食べられない」の一言で大丈夫だった。その証拠に麻奈美が言った瞬間に目を開けて、さっきまでの春花とは比べ物にならないぐらい俊敏だった。

「朝ご飯が食べられないなんて絶対だめ〜!」

 布団を思いっきりどかし、次の瞬間にはベッドから降りて着替え始めた。

 麻奈美は春花を見て苦笑したが、さすがに時間もギリギリだったため、寮の机に置かれた麻奈美自身が作った料理を先に食べ始めた。

 春花も直に着替え終え、素早く朝食を食べて麻奈美にお礼を言う。そして洗面所に向かった。

 洗面所の一角にはクシや歯ブラシといった日常に使うための道具が置かれている。

 春花は忙しそうに顔を洗い、クシで髪を梳かすなどの普通の子と同じような事をした。かといっても時間がないため、普通の子より雑で適当だったりする。

「もう準備終わった?」

 朝食を食べ終えたのか、麻奈美が後ろから声をかけてきた。

 麻奈美は手に学校指定のバックを持っていて、チラチラと腕にはめている時計を見始めた。こんな時の麻奈美は時間がない証拠だ。

「うん、終わったよ」

 最後にタオルで手を拭いて、部屋に置いてあるバックを持つ。

「ほら、早く〜」

 玄関から聞こえる麻奈美の声は、やはりと言っていいほど慌てたようには聞こえなかった。

「うん、今行くよ」


 春花と真奈美はギリギリで遅刻は逃れたが、走ってきたこともあり二人は朝から疲れ果てていた。

 やがて担任の先生が教室に入ってきた。

「え〜、突然だが転校生がいる」

 先生は教室に入ってくるや否やいきなり言ってきた。

 当然のごとながら教室はざわめき、クラス皆の期待が高鳴った。

「それじゃあ、東城入ってきなさい」

 先生はそう言うと、教室のドアが開かれる。

 今の春花には疲れて転校生の顔を見る力も残ってはいなかったが、教室中の女子から漏れる声に気になり春花は教卓の方を見た。

 そこには背が高く、長い足、漆黒で吸い込まれそうな瞳、少し長い髪が自然に垂れて、顔のどのパーツも整っている人が立っていた。

「東城京です。これからよろしくお願いします」

 京は軽くお辞儀をした。

 顔を上げるや否や、教室中を一度見渡した。その瞬間京はある人の前で視線をとめる。

 クラスの生徒も京の視線が誰に向かれているのか気になったのか、振り替え始めた。

 京が視線を送っている当の本人である春花は何事か分かってないのか、不思議そうな顔で辺りを見渡し始めた。

「ん? 相田と知り合いか?」

「いえ、何でもありません」

 表情を変えず、きりっとした顔で言った。

「それじゃあ、後ろの開いている席に座ってくれ」

 京は何も言わずに、指定された席に向かって歩きだす。

 すれ違う人は京の美貌を近くで見ようと、通り過ぎても視線を送ったりした。

 京は席についたところで、先生が今日の日程などを話し始める。だが、クラスの生徒は日程などより京の方が気になるようすで、凝視する生徒もいればチラチラと見る生徒もいた。

 そんな中でも京は表情一つ変えず、きりっとした顔で先生を見ていた。

 ほどなくしてチャイムが鳴り、先生が教室から出て行った。それを待ち構えたかのように、春花を除いてクラス中の女子生徒が京の方に近寄り始めた。

 だが、京は女子生徒の間を器用にすり抜け、春花の元まで行った。

「すまない、少しだけ時間をくれないか?」

 やはりここでも京の表情は変わることはなかった。傍から見れば京は表情を変えられないのかと思わせてしまうかもしれない。それほど京は表情を変えないのだ。

 京の表情とは正反対に春花は驚いた顔をしていた。

 勿論クラス中の生徒もいったい何が起こるのかとワクワクしている人や、嫉妬している女子がいた。

「えっ!? ど、どうして私なの?」

「無理なのか?」

 春花の答えにはなってなく、京の中では行くか行かないかの事しか頭になかった。

「い、行きます」

「そうか、ありがとう」

 京はそれだけを言って、スタスタと歩き始めた。

 春花も慌てながらも京の後ろについていく。

 その二人を見送るように、クラスの生徒は呆然と二人の後姿を見ていた。


 京が春花を連れてきた場所は屋上だった。

 季節は夏だけあり、暑い日差しが二人を照らしていた。

「それで、私に何か用なの?」

 少しの沈黙の後に春花が強い口調で言った。だけど口調とは正反対に春花の顔は緊張によるものなのか、少し強張っていた。

「その様子だと俺の事は覚えてはないのだな」

 表情は変えてはいないが、京の声はどこか悲しそうな声だった。

 春花はいったい何を言っているのか分からないのか、首を傾げている。

「それって――」

 そんな時、何処からともなく一人の少女が今日の後ろに現れた。

 いや、現れたというより気づいたらそこにいた。こちらの方が正しいのかもしれない。

 少女は京に抱きつくなり、すりすりと頬を京の背中でさすり始めた。

「京ただいま〜」

「ん? ああ、涼香か。仕事の方は済んだのか?」

 特に慌てる様子もなく京は言った。

 涼香は長く綺麗な髪、瞳は黒というより灰色に近い色、春花とは違った美しい顔、小鳥のような綺麗な声。傍から見れば京が王子様で、涼香が王女様のように見えなくはない。それほど涼香は美しかった。だけど、その美しさは涼香の態度で全てを台無しにしていた。何も言わないでじっとしているなら、異性どころか同姓の人も見惚れてしまうかもしれない。別の言い方をするなら、憧れや目標の人なのかもしれない。だが、涼香は人一倍元気な子で、常に京の側で何かをする少し落ち着かない子だった。

 勿論何も知らない春花は、とんでもないものを見たとオロオロし始めた。

「うん、終わったよ。なんかね、報酬の割には簡単な仕事だったよ」

「そうか、なら報告書を早めに書いて提出してくれ」

「えー、それだけなの? 何時ものあれやってよ〜」

「ああ、分かっている」

 京はそれだけを言うと、涼香の顎を少し持ち上げて柔らかそうな唇にキスをした。

 京と涼香がキスをしている姿を横から見ている春花は、誰かがキスをしているのを近くで見たことがなかったため、頬を赤く染めて後ろに振り返った。

 春花の気持ちとは裏腹に、京と涼香のキスはディープなものに発展し、時折聞こえる声が春花をより刺激にさせていた。

「ん〜……それで、そこの貴女は誰です?」

 ようやくキスを終えたのか、涼香が少し怒ったような口調で言った。

 春花は涼香の方に振り返る。

「彼女とは何でもない」

 春花より早く京が言う。

「あっ、その事なのですが。『俺の事は覚えてないのだな』って言っていたのはどういう意味だったのですか?」

「君が覚えてないのなら関係はない」

 春花の疑問に京は答えるつもりはないようだった。

 だが、そこまで言われれば誰でも気になってしまうだろう。

「それだと気になるんです! お願いですから教えて下さいよ」

「む……仕方がない。それなら一度しか言わないから記憶してくれ」

「あっ、はい」

 一人取り残された涼香はいじけたのか、頬を膨らませて屋上のフェンスによしかかった。

「なら最初に、日食で思い出す事はないかな?」

「日食ですか? ……そうですね〜、過去に一度だけ日食を見たことはありましたが、特に何かがあった覚えがないですね……あっ、一つだけありました。確か誰かが背後から襲ってきて、それを知らない誰かが助けてくれた事がありました」

「そう、それだ。その助けた人が俺と涼香だ。このさいだから言っとくが、君は命を狙われている。しかも不特定多数に。理由は俺も知らないが、俺はある人から君を守るために依頼された。一応本職は殺し屋だが、ギャラによっては汚い仕事だろうと何でもする。ここまでは分かってくれたか?」

 京がそう言った時の春花の表情は、何を言っているの? 貴方達は馬鹿ですか? と、言わんばかりの表情をしていた。勿論普通の子なら殺し屋なんて職業を信じる人なんていないだろう。だが、実際京と涼香は一流の殺し屋なのだ。

「まぁ、なんとか。だけど仮に本当に命を狙われているなら、どうして私を襲いにこないのですか?」

「それについては俺たちが日夜君を守っているからだ」

「はぁ〜……それじゃあ何故学校に転校を?」

「うむ、鋭いところについたな。よくよく考えれば、影から守るよりも一緒にいる方が助けやすいと思い、わざわざ転校君と同じ学校に転校してきたのだ」

「えーっと、見た目よりお馬鹿さんなのですね」

 春花は苦く笑いながら言った。

「君は命の恩人に対して酷い事を言うな」

 そうは言ったものの、京の表情は変わることはなかった。

「す、すいません。だけど正直なところ信じていいのか分からなくって……」

「平和ボケしている現代の子にはもっともな意見だろう。だがな、今言った事は本当なのだ。実際に向こうの建物から、今も君をスナイパーライフルで狙っているぞ」

 京はそう言って屋上から見える建物を指差した。

 そこからは太陽光の反射で光っている一つの光がチラチラと見えた。

「あっ、だ、だけど大丈夫なんですか!?」

 ようやく事の重大さが分かったのか、春花は慌て始めた。

「いや、大丈夫ではないだろう。さっきまではこちらの様子を見ていたのが、こちらが気づいた事を知って向こうも慌てている頃だろう。だからそろそろ撃ってくると思うぞ」

 だが、京は平常心のままだった。

 京は死ぬのが恐くないのだろうか? はたまた何か秘策があっての余裕なのだろうか? どちらにせよ京は全く慌てているようには見えなかった。

「そ、それじゃあ逃げないと!!」

「慌てることはない。涼香を見ろ、さっきからスナイパーライフルで相手を狙っているから、相手が引き金を引こうとすれば相手の頭が吹っ飛ぶ。だから何も心配はいらない」

 さっきまでの涼香はフェンスによしかかっていたのだけれど、何時の間にか何処から出したのか分からないスナイパーライフルで相手を狙っていた。

 春花は始めて見る本物の銃を近くで見て、小さく体を震わせた。

「どうした? 銃がそんなに怖いのか?」

 春花が体を震わせたことに気づいたのか、京は平然と言った。

「あ、当たり前じゃない! 当たったら死ぬかもしれないのよ!!」

「そうだな、当たれば死ぬかもしれない。だが、当たらなかったらタダの鉄の塊にすぎない」

「そ、そうかもしれないよ!! だけど危ないじゃない!!」

「そのために俺たちがいるんじゃないか。俺と涼香は今までに幾度となく君を助けてきた。それはこれからも同じだ。だから何一つ心配はいらない」

「し、信用してもいいの?」

「それは君の勝手だ。信用されようがされまいが、君を助けているのには全く関係はない。だが、安心はしてもいい」

「……うん。それじゃあお願い…します。まだ死にたくないよ……」

 春花はそう言って、京に抱きついた。そして春花の白い頬に一粒の涙が流れた。

「ああ、分かっている。そのために俺達がいるのだからな」

 京が言い終えたのと同時に、辺りに鈍い音が響いた。

「目標完全に沈黙した。それよりも私が君たちを守っている間に、なにイチャイチャしているのかな?」

 スナイパーライフルを思いっきり握り締め、涼香は眉間にシワを寄せながら言った。

「それは違うな。この娘が勝手に抱きついたにすぎない」

 やはり当たり前のように平然と答える。

「ちょ、ちょっと!! 本当かもしれないけど、もっと気の利いたこと言えないの!!」

 春花は京から離れ、少し怒鳴ったように言った。

「そんなことして何の利益がある?」

「女の子に嫌われてもいいの!!」

「別にかまわない。誰かに恋心を抱けば仕事の邪魔にしかならないからな」

 春花は大きなため息をついた。

「はぁ〜、そんなので生きていて楽しい?」

「いや、人を殺している時点で楽しいという感情はない」

「そ、それはそうかもしれないけれど……だけどさ、誰かを好きになるって事は大切だと思うよ」

 その時の京は初めて表情を変えた。

 不思議で、初めて聞く言葉のような顔だった。

「何故だ? それは生きていく中で大切なのか?」

「当たり前じゃない! なら如何して東城くんは涼香ちゃんにキスをするの?」

「涼香が望んだことだからだ」

「それじゃあ、私が抱いてって言えば抱くの? 私がキスしてって言えばキスするの?」

「ああ、それが君にとって必要ならしよう」

「あ〜、もう! 信じられない!! ばかっ!!!」

 春花はそれだけを言ってスタスタと屋上から出てった。

 取り残された京は呆然と立っているだけで、いったい何が言いたかったのか分からないと言わんばかりの顔で春花が出てったドアを見ていた。

「いったい相田春花は何を言っていたのだ?」

「あの子が言っていたことが分からないようじゃ、何時まで経っても普通の子を理解出来ないかもね。まぁ、私は京さえいれば関係ないけど」

 さっきまで持っていたスナイパーライフルが今は何処に締まったのか、今は何も持ってなかった。

「それなら理解することもないだろう」

 そう言って京も教室に戻るため、歩き出した。


 教室に戻って授業を受けている春花は、何時ものように集中して話を聞くことはできなかった。それもそのはず、今日転校してきた人に「君は命を狙われている」といきなり言われれば何時も通りにいられるはずもなかった。

 何か物音がすれば敏感に反応し、外で何かが動けば確かめる。さっきから春花はそれの繰り返しだった。

 ようやく授業終了のチャイムが鳴り響き、担当の先生が教室から出るや否や、春花は京の方に歩き出した。

 春花は思いっきり京の机を手の平で叩いた。

 教室中に響き渡る音で、クラスの生徒が春花と京に視線を送った。

「東城くん、ちょっといいかな?」

 眉間にシワを寄せて、何時もの春花なら絶対にしない表情だった。

「うむ、よかろう」

 京の返事を聞くなり、春花は京の腕を取って教室から出てった。

 朝の事もあり、クラスの生徒は興味津々で噂話を始めた。

 廊下の端にまで京を連れて行き、春花は辺りに人がいないことを確認する。

「それで、本当に私を守ってくれていたの」

 春花は声を殺しながらも怒鳴りながら言った。

「むろんだ。いつ何時でも俺達は君を守るのが仕事だ。何もしてないように見えるが、実際は君を常に監視し、守っている」

「そ、それってお風呂に入っている時も?」

 まさかそんな事はないだろうと、思いながらも春花は恐る恐る言った。

「いや、俺達はプライバシーを守る主義だ。だから安心して風呂なりトイレなりすればいい。あっ、そうそう君に渡さなければならない物があったのだ」

 京は制服の後ろズボンに隠してあった小型式のハンドガンを取り出した。

「これは殺傷性の少ないタイプだが、力のない君でも楽に扱えると思う」

「い、いらない」

 春花は怯えているのか、少し涙目で首を左右に振った。

 京は春花が怯えていることに気づいてなく、ただ単に殺傷性が低いから使えないと勘違いしていた。

「む、中々図々しい娘だな。仕方がない、それなら俺が愛用している銃を渡そう」

 そして京は制服の内側に隠してあったゴツイリボルバータイプの銃を取り出した。

「これなら殺傷性は高く、体の何処に当たっても致命傷にはなる。だけど一つ問題があるとするなら、かなりの重量があるから女性の君には少し厳しいかもしれないな」

「い、いらない」

 さらに春花は怯えてしまった。

「ん〜、なら銃がいらないと言うならこれをやろう」

 京は制服のポケットにしまいこんであったボタン式の器具と、シルバーのブレスレットを取り出した。

「このボタンを押せば凄い光が出て、相手をひるませることが出来る。ブレスレットは君の現在位置がわかるから、俺たちにとっては好都合だ。これなら銃がなくても安心できるだろう」

 さっきまでの物騒な物から一変して、安全そうな物だったから春花は潤んだ瞳のまま受け取った。

「ありがとう……」

「いや、気にすることはない」

「それよりも東城くんは何時もそんな物を持ち歩いているの?」

「当たり前だ。俺の職業をなんだと思っている。いつ何時死ぬか分からない生活だから、寝るときも風呂に入る時も持ち歩いている」

「もし警察に見つかったらどうするの?」

「決まっている。俺に不利な状況なら構わず射殺する」

「それじゃあ、今までに……」

 春花は想像していた。

 警察に捕まった京が、銃を取り出して撃っている姿を。

 そんな光景を想像するだけで、春花は恐ろしく思えた。

「いや、残念な事に今まで一度も見つかった事はない」

 春花はその返事を聞いて内心ホッとしていた。

「それなら良かった」

「どうしてだ?」

「そりゃあ、仮に警察を殺していたら人殺しになるじゃない」

「君に何度俺の職業を言えば分かってくれる? 俺と涼香は殺し屋だ。今までに数えられないほどの人を殺してきたのだぞ。さっきも一人殺したばかりではないか」

 人を殺すことを当たり前のように京は言った。

 もちろん人を殺す事に慣れるわけのない春花にとってはショックな事だった。こんなにも身近に人殺しがいたことや、こんなに素敵な人が殺し屋のことについてだ。

「そうだったね……だけどさ、私を守る時は人を殺さないって約束して」

「分かった君が望むならそうしよう。だがな、理由だけでも聞かせてはくれないか? 敵を殺さなかったら君が今以上に危険な立場に陥ってしまうのだぞ」

「私のために誰かが死んでしまうのは悲しくて……」

 そう言った時の春花は本当に悲しそうだった。

 殺し屋という職業についている京にとっては謎めいた言葉だった。

 殺される前に殺せ。

 隙を見せずに気迫を見せろ。

 情けをかけるな。

 常に神経をシャープにしろ。

 京は小さい頃からそれだけを聞かされて育ってきた。だから一般的な感情や情けは、京にとっては必要のない事だった。

「そうか、俺にとっては誰が死のうが関係のない事だが、それで君が困るのなら受け入れよう。だが、やむをえない場合は構わず殺す。それだけは分かってくれ」

「うん、その時は仕方がないね……」

「理解してくれて礼を言おう。俺は忙しい身だから、これで行こうと思っているの。他に聞いときたい事とかはあるか?」

「ないです」

「そうか、それではこれで失礼しよう」

 京はそれだけを言って何処かに向かって歩き出した。

「これからどうなるんだろう……」

 春花はそう呟いて、教室に向かって歩き出した。


 春花にとって世界が一変する事態の今日、ようやく授業が終わったのだが、春花は担任の先生から頼みごとをされてしまった。そのため、帰りが遅くなり、道行く何処にも人影がなかった。

「む〜、どうしてこんな時に一人なのよ〜」

 辺りをキョロキョロト見渡しながら春花は呟いた。

 恐怖のあまりか春花の足は小刻みに震えていた。

「東城くーん! 涼香ちゃーん! いたら返事してー!!」

 今日の朝方に京から聞いたことを思い出し、春花は叫んだ。

 が、春花の叫びは虚しく少し肌寒い風が体の体温を下げるだけだった。

「東城くんの嘘つき……」

 春花は不安のあまり薄っすらと瞳に涙が溜まった。

「そこのお譲ちゃんは相田春花って子だな?」

「えっ?」

 春花の後ろから図太い男の人と思われる声がした。

 いったい誰だろうと思い、春花は振り返った。

 そこにはいかにも海の男と思わせるような図体のでかい三十代後半の中年男性が立っていた。

「へ〜、中々可愛い顔しているじゃね〜か。こんな子を殺すなんて勿体ね〜」

 薄っすらと笑みを見せながら男は言った。

 春花は恐怖のあまりに後ずさる。だが、なんとも皮肉なものだろうか、春花の後ろには芝生状の坂があり、足を滑らせた春花は落ちてしまった。

 頭を地面にぶつけて、薄れゆく意識の中で春花は男の人とは別の人影が見えた。それが敵なのか、味方なのかは今の春花には検討が付かず、そのまま春花の意識はなくなった。


 春花が意識を取り戻した時には辺りは暗く、街灯の電気が辺りを照らしていた。

 ベンチに寝かれ頭の頭痛を我慢し、春花は今の状況を考えた。だけどその考えは直に終わった。何故なら春花が寝ているベンチの直隣に京の姿があったからだ。

「東城…くん……いったい私はどうなっているの?」

「ああ、説明しよう。君はヒットマンに襲われそうになり、恐くなったのか後ずさった君は坂から転げ落ちて意識がなくなった。そして俺はヒットマンを丁重に返して今に至る」

「殺してないよね?」

「君が望んだ事だからな。だが、今後係わらないように利き腕は使い物にならないようにはしといた。もちろん日常生活では支障をみたさない程度なのだけどな」

「それなら良かった……ありがとう」

 春花は立ち上がろうと、ベンチに手をかける。だが、体に力が入らないのか再びベンチに横になってしまった。春花が気絶している間にかぶせといた京の制服が無残にも地面に落ちる。

 地面に落ちた制服を京は拾った。

「力が入らないのなら手伝おう」

「ははは、私かっこ悪いな」

 春花は苦く笑うしかできなかった。

「そんな事はない。涼香と比べたら力がないかもしれないが、人それぞれだ。君は何も気にすることはない」

 そして京は春花を軽くお姫さま抱っこで持ち上げる。そのまま学園の寮に向かって歩き出した。

 春花にとって始めての行為だったため、頬は少し赤く染まった。

「なんか恥ずかしいね……」

「どうしてだ? 涼香は何時もこれではないと怒るのだが?」

「ははは、涼香ちゃんは中々ロマンチストなんだね」

「よくは分からないが、嫌なら止めよう」

「嫌じゃないよ。私も一度はこんな風に抱っこされたかったもん」

「そうか、ならいいのだが。それよりすまなかった」

 京は突然謝りだした。

 何時もはきりっとした表情だが、今は本当に申し訳ないと思わせるような顔だった。

「何が?」

「君を守ると言っときながら危険な目にあわせてしまった。本当に申し訳ない」

「別にいいんだよ。結果として助けてくれたじゃない」

「だがな」

「もういいの。もし本当に謝っているなら、これからは絶対に私を守ってくれる?」

「ああ、約束しよう。必ず君を守る」

「絶対だよ? ……少し眠くなっちゃった。寮につくまで寝ていいかな?」

 春花は小さく欠伸をしながら言った。

「ああ、君が望むのならそうすればいい」

 目が閉じようとした時に薄っすらと京の表情が春花に見えた。

 春花にとってはその時の顔は今までに見せなかった優しい顔が、何時もの何十倍も魅力的に見えた。

「うん」

 それだけを言って春花は眠りについた。

 今の春花における状況よりも、今の状況が良かったから春花は自然に笑みがこぼれた。

 そして春花は望んだ。

 どれだけの時間がかかってもいいから、早く普通の生活に戻りたいと。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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