崩れゆく。
―陽が登り、人々は小さな町の中で笑い、怒り、泣き、働く。紛れもなくそこに生きている彼らのことをてっぺんから眺めるばかりの私には、きっと理解できないことがある。
「藍姫様、お稽古のお時間ですよ」
扉越しにきこえた声にも、眠気の残る頭は反応しない。というより、本能が拒否している。
「お急ぎください!またあの約束を破るおつもりですか」
大きなため息とともに、入りますよ、と声が近づいてくる。聞き慣れた靴の音が不本意ながら、心地好い。
「……誰がその約束を破らせる真似をさせたと思ってるの、お陰さまで身体の髄までボロボロ」
「言うまでもなく、私です」
申し訳ありません、と言いながら目は笑っていない。寧ろ、訴えている。従えと。
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"花園"と呼ばれるこの国は、その名どおり、雨上がりに架かる虹にも劣らない色彩を魅せる園。春をよろこぶように桃色が彩り、初夏には黄色のじゅうたんが敷かれ、秋の木の枝に焔が燃える。
しかし、季節が巡るたび誰もが歓び、幸福を分けあうこの国に外部者が吹っ掛けた挑発は、穏やかな人々の良心にいとも簡単に憎しみを植え付けた。
争いを好まない年老いた国王とその妃が治める野花に囲まれた小さな国に、自分たちの権威を拡げたいと願う者は当然、目をつける。はずれの町ではかつての艶やかな色彩は見る影もなく、暗い情勢に負けじと踏ん張るのは遂に王都―花園藍姫の両親の直轄統治であるこの町以外にはなくなってしまった。
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各地で起こる他国との紛争に、王都の国防軍も警戒を強めている。そして―
「……ねぇ、今日もまたあの鎧を着るの…?」
「もちろん。本格的に敵が責めてくれば、一番に狙われるのは王家の血族」
国を統治する者は一番に見せしめとして殺されるでしょう、と一言付け加え続けた。
「捕縛される危険が一番高いのは貴女です、姫様」
ぞわりと、胸を走る恐怖があった。
近々戦争を仕掛けてくるとされている泉の国は、治安が悪く諸国からしこたま評判の悪い国である。
弱小国に無理矢理攻めこんで、捕らえた若い姫君を今も軟禁している、という噂は何度も耳に入ってきた。
一部の富裕層が権力を振りかざし、国民の権利などは無いに等しい―どこまでが嘘か誠かは不明だが、尋常でない国の情勢ははっきり伝わっている。
そして、そんな泉の国が狙うであろう存在―統治者以外に国の情勢を一番よく知り、且つその国の象徴でもある人物―それが、花園藍姫なのだ。
「わかっていらっしゃるはずです、姫様。花園の国防軍では敵の軍事力には悔しいかな歯が立たない…貴女には自分を守る力をつけてもらいたいのです」
六歳から十六の誕生日を迎えるまでの十年間、多忙な両親に代わり私を育て見守ってくれた花園宝という男は、