第2話
リュビ族が恋物語の中のヒーローとして描かれるのは、理由がある。彼らは、情熱的な恋人として知られているのだ。愛をささやき、恋に身を焦がす。恋人のために戦い、どんなに不可能なことでも可能にしてしまう。
ジェラールの両親である王と王妃は、まさにリュビ族だった。
リュビの王宮で、ベルとジェラールが食事をとっていたときのことだ。
言い争う声が近づいてきたと思えば、それは王と王妃だった。
「さっきの男は誰だ!」
王が王妃に詰め寄ると、王妃は挑発するように流し眼を送った。
「あら、ただのお友達よ。今はまだ、ね」
「お前の夫は俺だ!それを分からせてやる!」
王は叫ぶと、ベルたちの目の前で濃厚な口づけを始めた。しかも、長い。
唖然とするベルに比べ、ジェラールは平然と食事を続けている。
「気にする必要はない。いつものことだ」
そんなリュビ族らしくないジェラールだが、彼の母に言わせると違うらしい。「ジェラールは誰よりもリュビ族らしい子よ。覚悟しておくことね」と忠告された。
改めてすべき覚悟など、ありはしない。
すでに、覚悟はできている。
彼が情熱的に愛するかつての恋人が現れたとしても、反対するつもりはない。その代わり、その本命の恋人と顔を合わせることは耐えられない。その時は、ベルが身を引くまでだ。
今後の身の振り方を考えなくては。
まず両親に手紙を出し、近々そちらへ行くことを伝えた。もちろん、夫婦仲が上手くいっていないことは書いていない。数日滞在したいと書いただけだが、うやむやのまま向こうに留まってしまおうかとも考えている。
夫の留守中に荷物を整理していると、バタンと、荒々しく扉が閉められる音がした。
ジェラールが仁王立ちして、ベルをにらんでいる。
その手には、ベルが両親に宛てて出したはずの手紙があった。
「これはどういうことだ」
「なんで、その手紙が……勝手に読むなんてひどい!」
「ひどいのはどちらだっ!」
ジェラールは大声を上げ、ベルが荷物をまとめていたバッグを蹴り上げた。バッグは壁に叩きつけられ、床に落ちた。
ベルは恐怖に身体を縮めた。夫がここまで怒ったのを見るのは初めてだ。人類最強とまで言われるリュビ族の王子の怒りに、びりびりと肌が粟立つ。
「俺から逃げられるとでも思ったか!」
ジェラールはベルを抱え上げ、ベッドへ投げた。慌てて上体を起こすと、すぐに覆いかぶさるように、彼もベッドへ上がってきた。
「ベルの気が済むまではと自由にさせていたが、ここまでだ」
手足を引きちぎられるのではないかと、本気で思った。
いつもはベルの心の準備ができたかどうか、反応をうかがい待ってくれていた。目が合い、口づけを交わし、ジェラールはベルの中に入ってくる。
しかし、この時のジェラールは違った。ただ、無言でベルの身体をむさぼり、蹂躙し、揺さぶった。視線が合わないことが、言葉を交わさないことが、こんなにさみしいことなのだと、ベルは初めて知ったのだった。
目が覚めると、ベルは一人でベッドにいた。それ以来、ジェラールと顔を合わせていない。屋敷に帰ってこなくなったのだ。その代わり、使用人たちが常にベルの後をついて回るようになった。そして、少しでも外に出ようとすると、すかさず止めに来るのだ。
そんな生活が一週間ほど続いた頃、ディヤモン族の皇子がベルのもとを訪れた。エントランスホールに降りてきたベルに向かって、彼は開口一番「お前、ジェラールに何したんだ?」と詰め寄った。
意味が分からずに、ベルは首を傾げる。
「廃人みたいになってるぞ。や、お前もなんだかやつれてるな」
「わたしが原因ではないのでは?」
「あいつがあんな風になるのに、原因はお前以外にありえない」
ベルは投げやりに笑った。
「まさか。他にもありますよ、ほら、8年前の……」
「お前、知ってたのか」
皇子は口を手で覆い、視線をさ迷わせた。そして、決心したように顔を上げ、庭を歩きながら話さないかと誘った。