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純愛

作者: WAIai
掲載日:2026/10/30

月明かりが銀に見える頃、1人の女性が笛を吹いていた。

その音は優しく、流れるようなもので、聞いている者の心を鷲掴みにする。

しかし女性は気にせず、気持ち良さそうに吹いていく。

それと合唱するように、夏の虫達が賑やかさを求めてやって来る。

虫だけでなく、植物も女性の柔らかな音にひかれ、花を咲かそうとする。

まるで女性を太陽の光と間違えているようで、彼女は神に等しい存在に思えた。

「ーいい笛の音だ」

突然、拍手が聞こえてきて、女性は慌てて笛を口から放す。

見れば、堂々とした男性であり、女性の主人でもあった。

「よい、続けよ、緑珠」

「は、はい。しかし…」

「他の者の声は無視せよ。私が笛を吹けと言ったら、吹け」

「畏まりました」

緑珠と呼ばれた女性は、再び笛を吹き始める。

すると月光が彼女に集中し、天女と間違うかのごとく、美しく照らされる。それを主人ー石崇がほうと息を吐き、見惚れる。

緑珠は何千もいる妓女の中で、一番可愛がられている女性だった。

ーありがたいことですわ。

緑珠は笛を吹きつつ、石崇をちらりと窺う。

その姿は引き締まっており、武にも力を入れているのが分かる。

そもそも石崇は商人であり、大富豪だった。

しかし怒鳴ったり、けなしたりすることはなく、いい主人であった。

ー私を得るために、大量の真珠と交換したとか。

真珠の珠の字は、出身が真珠の産地てあることから、つけられたといわれている。

「素晴らしい。とても、とても心に響く」

「ありがたき幸せ」

緑珠が頭を下げると、石崇が手招きする。

緑珠は無駄な動きなく進むと、いきなり抱きしめられる。

ふうと耳に息を吹きかけられ、つい熱い息を吐いてしまう。

「石崇様、私の笛はいかがだったでしょうか?」

「素晴らしいと言っただろう? 自信を持て。そうでなければ、私はお前を愛さない」

「失礼いたしました。あなた様に褒められたことを心に留め、自信を持とうと思います」

「その通りだ」

そう言うと、石崇は緑珠の細い身体を強く抱きしめる。

緑珠は石崇の胸に耳を当てると、くすりと笑う。

「どうした? 何が面白い?」

「いいえ。石崇様でも緊張することがあるのだと思いまして」

「それはそうだ。真珠よりも、いや、月の天女よりも美しい女が目の前にいるのだから。私の想いを受け取れ」

え、と思っていると、顎を取られ、口づけられる。

それは情熱的で、緑珠の手から笛が落ちる。

二人はしばらく抱き合ったまま、自分達の世界に浸る。

満天の星も輝きを引っ込め、月のみが見守っているのだった。

「ー緑珠、床へ行こう」

「あの、その、それもいいのですけれど…」

緑珠は身体を少し離すと、石崇を見上げる。

「私としばらく穏やかな時を過ごしませんか?」

「ほう。穏やかな時を過ごしたいか。なるほどな」

石崇は緑珠から手を放したので、少し淋しさを感じつつ、落とした笛を拾う。

汚れを払うと、大事そうに胸に入れ、石崇に言う。

「一つ舞いましょうか?」

「お、いいな。それ、早くせよ」

「はい」

緑珠は礼をすると、月明かりを確認し、静かに舞い始める。

それは風を巻き起こし、緑珠を中心に良い香りが広がる。

緑珠は楽しくなり、手の先まで注意しながら、舞い続ける。

襦裙がふわりと静かに動き、石崇が魅入ってくるのが伝わってくる。

ー自然を受け入れて舞うこと。そうすれば、石崇様の心に残り、満足してくれるはず。

虫の音に合わせて、軽く歌うと、くるりと回転する。

「よい。もうよい、緑珠」

「はい。失礼いたしました」

緑珠は動きを止め、落ち着くと、ようやく暑さを感じる。

汗はかいていないが、こんなにも暑かったのかと、ようやく意識したのだった。

しかし、それよりも熱いのは石崇だった。

強い視線を感じ、緑珠は頬を赤らめる。全身を透き通って見られているようで、もじもじする。

緑珠の心を知ってか、石崇は拍手をし、ふと残念そうに言う。

「しまった。酒を用意させれば良かったか」

「あ、では私が…」

「緑珠は私から離れるな。分かったな?」

有無を言わせない迫力に、緑珠は素直にうなずく。

「良い気分だ。今度、新しい襦裙を買ってやろう」

「え、いえ、その、たくさん買っていただいておりますから」

「遠慮するな、緑珠。それとも不満か?」

「い、いいえ!! そうではなく、石崇様に寵愛されているだけで、私は十分でございます」

「…ほう。私の愛で十分と言うか」

「はい。それに一人だけ可愛がられていますと、周りの者達が羨ましく思いますので」

「確かにそうだな。しかし、私の中でお前が一番なんだよ」

「まあ。ありがとうございます」

緑珠が袖で顔を隠そうとすると、石崇が厳しく言ってくる。

「顔を見せろ、緑珠。お前の瞳に映っているのが、私だけなのか、それとも他に浮気相手が…」

「いません!! 石崇様だけですわ!!」

はっきり言うと、背中を見せる。

石崇の意地悪な言葉が気に食わず、視線を避けたのだった。

殺されてもしょうがないのだが、緑珠は自身の潔白を訴えたかった。

「分かった、分かった。私が謝る。緑珠には私だけか?」

「当たり前でございます!! その…初めて恋をしたのも、あなた様だけでございます」

「そうか、そうか。それは嬉しい」

石崇が緑珠を背後から抱きしめてくる。

髪に口づけられたり、耳を齧られたりして、緑珠の身体がますます熱くなっていく。

「せ、石崇様…!! ここでは、その、それくらいで!!」

「じゃあ、もう怒っていないな?」

「はい。主人に対して怒るなんて、失礼な振る舞いをいたしました」

「いや、いい。緑珠を愛していいのは、私だけだ。そうだな?」

「そうですわ。私に触れていいのも、石崇様だけですもの」

ようやく石崇の腕に手をそっと合わせると、頬と頬を重ね合わされる。

髭の感触が心地よく、くすりと笑うと、石崇が熱い息を吐きながら言ってくる。

「ああ、癒される…。私の周りは敵ばかりだからな」

「大変ですの? その、商売は」

「それは聞くな。今は私を癒やせ」

「はい。畏まりました」

そう答えると、緑珠は心配から石崇の手に口づける。

その感触は花びらよりも軽やかで、石崇が上機嫌となる。

「もう少しこのままでいるか?」

「駄目ですわよ。月が見ております」

「月なんかどうでもいい。私とどちらが大事だ?」

「それは石崇様に決まっていますわ。どうか月のように隠れないでくださいませ」

「そうか、月のようにか。面白い女だ、緑珠は」

「そうですの? それなら良かった」

石崇の手を癒やすように擦ると、石崇が肩に顎を乗せてくる。

ー私を心配させないように、何も言わないんですわ。だったら、私がたっぷり癒やしてあげませんと。

心を決めると、ゆっくりと振り返り、石崇の両頬を手で包み込む。

それから軽く口づけると、放そうとした唇が奪われる。

それは長い、長いもので、放された時には、緑珠は倒れるかと思うくらいだった。

「どうだ、私の愛は?」

「最高ですわ。とても、とても、胸に響きましたわ。私の負けです」

「そうか。緑珠の負けか。あはは」

石崇は豪快に笑うと、緑珠の肩を引き寄せる。

緑珠は拒むことなく、部屋の中へ入っていくのだった。


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