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選択肢を間違えると現実で死ぬ恋愛ゲームに巻き込まれた俺は、今日もヤンデレの機嫌を取っている

作者: 桜木ひより
掲載日:2026/01/23

その日、俺の視界に突然、青白いウィンドウが浮かんだ。


『恋愛シミュレーション・リアルモード起動』


大学の講義室。退屈な経済学の授業を聞き流していた午後二時。

俺──三崎恒一は、自分の頭がついにおかしくなったのかと思った。


『チュートリアルを開始します』


待て、待ってくれ。何だこれは…?


視界の右上に、見覚えのありすぎるステータス画面が展開される。

体力ゲージ、好感度バー、そして画面下部には──


『選択肢が表示されます。慎重にお選びください』


選択肢?


「…三崎くん」


隣の席から、柔らかい声がした。


振り向くと、久遠依織がこちらを見ていた。睫毛が長いな…

彼女は学部で一、二を争う美人で、なぜか俺の隣に座ることが多い女。

正直、なぜ俺なんかの隣に座るのか、一ミリも理解できていなかった。


「ノート、見せてほしいな。さっきのところ、書き逃しちゃって…」


依織が小首を傾げる。

その瞬間、視界に選択肢が浮かんだ。


『① いいよ、どうぞ』

『② 自分で書けよ』


──は?


思わず固まる。これ、なんだ。ゲームの選択肢じゃないか。


(いや待て、落ち着け三崎恒一。これは幻覚だ。疲れてるんだ。

昨日夜更かししてギャルゲやってたからだ…そうに決まってる!)


「三崎くん?」


依織が不思議そうに俺を見つめている。

選択肢のウィンドウが、じわりと赤く点滅した。


『制限時間:残り10秒』


──時間制限まであるのかよ。


「あ、ああ。いいよ、どうぞ」


反射的に①を選んだ。

ウィンドウが音もなく消え、視界の端に『好感度:+5』の文字が浮かんでじんわりと消える。


「ありがとう、三崎くん。優しいね」


依織が嬉しそうに微笑んだ。

俺は冷や汗をかきながら、ノートを差し出した。




その日の夜、俺は自室のベッドで天井を見つめていた。

結論から言うと、あれは幻覚ではなかった。


授業後、帰り道、コンビニ、夕食──生活のあらゆる場面で、選択肢が浮かぶ。それも、依織が絡む状況でのみ。


『① お疲れ様』

『② 無視する』


『① 一緒に帰る?』

『② 先に帰る』


正解を選ぶたびに、好感度が上がっていく。

もし、この選択肢を間違えると──どうなるのだろうか。


「……まさかな」

試しに、一度だけ間違えてみようと思った。


翌日。


「三崎くん、今日もお昼一緒に食べない?」


食堂で、依織がトレイを持って近づいてきた。

機能と同じ様に選択肢が浮かぶ。


『① もちろん』

『② 一人で食べたい』


俺は、②を選んだ。


「悪い、久遠。今日はちょっと一人で──」


その瞬間。

突然、視界が、真っ赤に染まった。




『BAD END』


『選択ミスにより、好感度が致命的に低下しました』


何が起きたのか、理解が追いつかなかった。

食堂のざわめきが遠くなる。意識が…


ぼやける意識の中で、依織が、笑っていた。

いつもと同じ、穏やかな笑顔で。


「そっか。三崎くんは、私と一緒にいたくないんだね…」


違う、そういう意味じゃ──


「大丈夫だよ。私、わかってるから」


依織の手が、俺の胸に触れた。

その手に、何か冷たいものが握られていて──






突然目が覚めた。

見慣れた自室のベッド。朝日が差し込んでいる。


ふと手元にあったスマホを見て状況を理解した。

そう、俺は好奇心で久遠のお昼の誘いを断ったはずだったのだが…今はその日の朝だったのだ。


『セーブポイントからリスタートしました』

『残りリトライ回数:2/3』


視界に浮かぶシステムメッセージ。


「……マジかよ」


震える手で顔を覆った。

死んだ、俺は確かにさっき1度死んだ。笑顔の依織に──


『本システムは、正しい選択により恋愛を成就させることを目的としています』

『選択を誤ると、現実において"排除"されます』

『セーブは睡眠時に自動実行。一日最大3回までリトライ可能』


目の前に、無機質な説明文が浮かんでいる。

これは、ゲームじゃない。俺の命がかかった、狂った現実だ。





それから俺は、必死に"正解"を選び続けた。


依織が話しかけてきたら、必ず肯定的な返事をする。

一緒に帰ろうと言われたら、当然YES。

昼食の誘いも、放課後の買い物も、すべて受け入れる。


そのおかげで好感度バーは順調に伸びていった。


一週間で、バーの半分が埋まり……二週間で、七割。


そして三週間目──好感度が八割を超えたあたりから、異変が始まった。


「三崎くん、今日は何してたの?」


放課後、俺の隣に座る依織。その距離が、日に日に近くなっているように感じる。


「いや、普通に授業受けて……」


「そっか。私ね、今日もずっと……三崎くんのこと考えてたの」


依織が、俺の腕にそっと触れる。


「授業中も、お昼の時間も、帰り道も。ずーっと」


その声は、相変わらず柔らかくて、可愛らしい。

でも、なぜだろう…背筋に冷たいものが走る。


「三崎くんは、私のこと、考えてくれてた?」


選択肢が浮かぶ。


『① もちろん、ずっと考えてた』

『② そこまでは……』


②を選んだら死ぬ。わかってる。だから俺は──


「……もちろん。ずっと考えてた」


「本当? 嬉しいな」


依織が、幸せそうに目を細める。

その笑顔が、初めて会った頃と何も変わらないことが、逆に怖かった。


「ねえ、三崎くん。来週の土曜日、空いてる?」


「あ、ああ」


「じゃあ、一日中一緒にいようね。朝から晩まで。……約束だよ?」


約束。

その言葉が、まるで足枷のように感じられた。




俺は夜、自室で考え込んでいた。

好感度バーは、ついに九割を超えていた。


表面上は順調そのもの。

依織は俺に好意を持っていて、俺は正解を選び続けている。

このまま好感度がMAXになれば、きっと"クリア"になる。


──本当に?


俺は、自分の首に手を当てた。あの日、食堂で感じた冷たい感触が蘇る。


「正解を選び続ければ、助かる」


そう思っていた。でも、最近気づいたことがある。


依織の言動が、日に日に過剰になっていることだ。


毎朝、俺のアパートの前で俺のことを待っている。

大学の授業は、俺と同じものばかり履修し直したらしい。

俺が他の女子と話していると、静かに、でも確実にその子を遠ざけている。


すべて、笑顔のまま、穏やかな声のまま。


「これ、正解ルートなのか……?」


ギャルゲをやり込んだ俺には、嫌な予感がしていた。

好感度を上げすぎると発生するイベント。

正解を選び続けることで、逆に破滅に向かうシナリオ。


そう、──ヤンデレルート。


「マジかよ……」


つまり、今の俺は詰んでいるのだ。

正解を選び続ければ、依織の執着は際限なく膨らむ。


間違いを選べば、その場で殺される。

どちらを選んでも…待っているのは破滅だ。


『好感度:95%』

視界の端で、バーが静かに伸びていく。



土曜日が来た。

約束通り、朝から依織と会った。


水族館、映画、カフェ、夜景──絵に描いたようなデートコース。

依織が全部計画してくれた。俺はただ、選択肢に従って返事をするだけ。


「楽しいね、三崎くん」


「ああ、楽しい」


「私と一緒にいて、幸せ?」


「……幸せだよ」


嘘じゃない。客観的に見れば、こんなに楽しいデートはない。

美人で優しい女の子が、俺のことを好きでいてくれる。


なのに、俺の心は凍えていた。


だって、俺は知っている。これは恋愛じゃない。

正解を選び続けただけの、中身のない関係だ。

依織が好きなのは「正解を選ぶ俺」であって、本当の俺じゃない。


そして俺も、依織のことを何も知らない。


好きな食べ物は? 趣味は? どんな子供時代を過ごしたの? 将来の夢は?


何一つ、自分から聞いたことがない。全部、選択肢が出たから答えただけ。


「三崎くん」


夜景が見える公園。依織が俺の手を握った。


「私のこと、好き?」


選択肢が浮かぶ。


『① 好きだよ』

『② ……』


俺は、もちろん①を──


選べなかった。


「三崎くん?」


依織が不思議そうに首を傾げる。

選択肢のウィンドウが、じわりと赤く点滅し始める。


『制限時間:残り15秒』


わかってる。このまま黙っていたら、タイムオーバーで"排除"される。

正解を選べば、また好感度が上がって、また一日延命できる。


でも、その先に何がある?


好感度が100%になったら、本当に終わるのか?

それとも、もっと恐ろしいことが待っているのか?


『制限時間:残り10秒』


俺は、選択肢のウィンドウを睨みつけた。


そして──


「久遠」


自分の声で、話し始めた。


「俺さ、お前のこと、何も知らないんだ」


選択肢がおかしくなっている。

まるでバグったゲーム画面のように、文字がちらつく。


「好きかって聞かれても……答えられない。

だって俺、お前とちゃんと向き合って話したこと、ないと思うから」


『制限時間:残り5秒』


「三崎、くん……?」


依織の表情が、初めて揺らいでいる。

困惑と、戸惑いと、微かな恐怖。


でも俺は止まらなかった。


「今日のデート、楽しかった。でも俺、ずっと"正解の選択肢"を選んでただけなんだ。

自分で考えて、自分の言葉で話したことが、一度もない」


『制限時間:残り3秒』

選択肢が、激しく明滅する。


「だから、聞かせてくれ。久遠」


俺は、自分の意思で依織の手を握り返した。


「お前は、本当の俺のことを好きになれるか?

正解ばっかり言わない、本当は空気読めなくて、失言ばっかりする……こんな俺のことを」


『制限時間:0秒』


その瞬間、視界からすべてのUIが消えた。


好感度バーも、選択肢のウィンドウも、ステータス画面も。

すべてがガラスのように砕け散って、虚空に溶けていく。


『システムエラー』

『想定外の入力を検知』

『シナリオ分岐──該当なし』


最後にそんな文字列が一瞬だけ浮かんで、それも消えた。


静寂が、夜の公園を包む。


「……え?」


依織が、呆然と立ち尽くしていた。


「三崎くん、今、何を……」


「俺にもわからない」


正直に答えた。

だってそうだ。自分でも何をしたのか、よくわかっていない。


ただ、選択肢を選ばなかった。それだけだ。


「でも、さっき言ったことは本当だ」


俺は依織の目を見た。初めて、自分の意思で。


「俺、お前のこと知りたい。

……選択肢が教えてくれる"正解"じゃなくて、本当のお前のことを」


依織は黙っていた。

長い髪が、夜風に揺れている。


「……おかしいね」


やがて、依織が小さく呟いた。


「おかしいよ、三崎くん。だって、私──」


その声が、震えている。


「私、三崎くんのことが好きなの。ずっと、ずっと前から。

でも、私に近づく人はみんな、いつか離れていく。

だから、どうしても手放したくなくて……」


依織の瞳から、涙がこぼれた。


「怖かったの。嫌われるのが、一人になるのが。

だから、三崎くんが"正解"を選んでくれるたびに、安心して……

でも同時に、どこか寂しかった」


「寂しかった?」


「うん。だって、三崎くん、全然本音を言ってくれないんだもん」


依織が、涙を拭いながら笑った。泣き笑いの、くしゃくしゃの顔。


「優しい言葉ばっかりで、何考えてるかわからなくて。

本当は私のこと、迷惑だって思ってるんじゃないかって……」


「…思ってねえよ」


俺は、今度こそ自分の言葉で答えた。


「正直、お前のこと怖かった。……色々あって」


食堂での出来事が、一瞬だけ脳裏をよぎる。


「でも、怖いのと、嫌いなのは違う」


「……本当に?」


「ああ。つーか、怖いとか言ってる時点で俺は頭おかしいんだけど。

普通、こんな美人に好きって言われて怖がる奴いないだろ…」


「ふふ……確かに、おかしいね」


依織が、小さく笑った。


さっきまでの、完璧な笑顔じゃない。

ちょっと情けなくて、泣いた後で目が腫れていて、でも──本物の笑顔だった。


「ねえ、三崎くん」


「何だよ」


「私のこと、知りたいって言ってくれたよね」


「……言った」


「じゃあ、私も三崎くんのこと、知りたい。

選択肢が教えてくれる"正解"じゃなくて、本当の三崎くんのことを」


依織が、俺の手を握った。

今度は、さっきまでとは違う──縋るような、でも温かい握り方で。


「教えてくれる? 好きな食べ物とか、趣味とか、どんな子供時代だったとか」


「……地味だぞ、あんまり面白くないし…」


「いいよ。聞きたい」


「後悔するぞ。俺の話、マジでつまらないから」


「しないよ。だって私、三崎くんのことが好きだもん」


その言葉に、選択肢は浮かばなかった。

当たり前だ。もう、視界にはUIの欠片もない。


「……わかった」


俺は観念して、話し始めた。


地元が田舎で、友達少なくて、中学の時にハマったゲームがきっかけでオタクになって…

大学では相変わらず友達いなくて、でも最近隣に座ってくる女の子のことがちょっと気になっていたこと。


全部、自分の言葉で。


依織は黙って聞いていた。

時々笑って、時々「へえ」と相槌を打って、時々「そうだったんだ」と頷いて。


気づけば、三十分が経っていた。


「──で、この前も夜、ギャルゲの周回してて寝不足でさ、」


「それで今日、ちょっとぼーっとしてたんだ」


「……すまん」


「ううん。なんか、三崎くんらしいなって思った」


「どういう意味だよ」


「秘密」

依織が悪戯っぽく笑った。


「ねえ、三崎くん」


「何」


「また、こうやって話してくれる? 選択肢がなくても」


俺は、少しだけ考えた。


選択肢がないということは、正解がないということだ。

失言するかもしれないし、依織を傷つけることを言ってしまうかもしれない。


でも、それが"普通"なんだろう。


「ああ」

俺は頷いた。


「話す。お前も、俺に話してくれ」


「うん」

依織が、また泣きそうな顔で笑った。


「約束ね」


「ああ、約束」


今度の約束は、足枷じゃなかった。






帰り道、俺たちは並んで歩いた。

駅までの道。街灯がオレンジ色の光を落としている。


「ねえ、三崎くん」


「何だよ」


「さっき、私のこと怖かったって言ったよね」


「……ああ」


「どうして?」


俺は、少しだけ迷った。

あの"リスタートシステム"のことを話すべきか、話さないべきか。


「……いつか話す」


結局、そう答えた。


「今は、うまく説明できない。でも、いつか必ず」


「そっか」


依織は、不思議と追及しなかった。


「じゃあ、待ってる。三崎くんが話してくれるまで」


「……悪いな」


「ううん。だって私も、三崎くんに話してないこと、いっぱいあるもん」

依織がそっと俺の手を取った。


「少しずつ、知っていけばいいよね」


「ああ、少しずつな」


俺は、その手を握り返した。

今度は、自分の意思で。





駅で別れて、家に帰った。

部屋の電気をつけて、ベッドに倒れ込む。


なんだか、今日はいろいろあったから疲れてしまった。まあそりゃそうだ。


ぼーっとして寝そうになっていた時、視界の端に、何かが浮かんでいる。


──まだあったのか。



身構えて、それを見る。


『システム終了』

『お疲れ様でした』


それだけの文字が浮かんで、ふっと消えた。


「……何だよ、それ」


労われる筋合いはない。

そもそもお前のせいで俺は死にかけたんだぞ。


でも、文句を言う相手は、もういない。


「……終わった、のか」


天井を見上げる。


何も浮かばない。

選択肢も、好感度バーも、システムウィンドウも。


普通の天井。普通の部屋。普通の、夜。


「……はは」


笑いが込み上げてきた。


生きてる、俺は生きてる。

選択肢のない世界で、正解のない人生を、これから生きていく。


正解がないのは怖い、でも、少しだけ──楽しみでもある。


スマホが震えた。通知が何件かある。


『今日はありがとう。楽しかったよ』

『また明日ね。おやすみ、三崎くん』


依織からのメッセージだった。

俺は、返事を打った。


『こちらこそ、ありがとう』


それだけ打って、スマホを置く。


「……足りないな」


もう一度、スマホを取る。


『明日、昼飯一緒に食わないか? 俺が誘うの、初めてだよな。たぶん』


送信した瞬間、既読がついて、すぐに返事が来た。


『!!!』

『うん!絶対行く!!!!』

『すごく嬉しい……!おやすみ!!!』


絵文字と感嘆符だらけの、さっきまでの淑やかな依織からは想像できない返信。


「……これが本性かよ」


思わず笑ってしまった。…可愛いじゃねえか。


スマホを枕元に置いて、目を閉じる。


明日は、何を話そうか。好きなラーメン屋の話でもするか。

いや、依織は多分そういうの行かないタイプだよな。


じゃあ、最近読んだ本の話とか……


いや、違う。


俺が話したいことを話せばいい。

依織が興味なかったら、そう言ってくれるだろう。

そしたら、依織が話したいことを聞けばいい。


正解なんて、ない。


失敗したら、謝ればいい。傷つけたら、一緒に泣けばいい。


それが、普通の恋愛なんだろう。

俺には、初めてのことばかりだ。


「……まあ、なんとかなるか」


眠気が、ゆっくりと訪れる。

明日が来るのが、少しだけ楽しみだった。


選択肢のない明日。正解のない未来。

死なない、普通の恋。

その一歩目を、俺は今日──自分の足で踏み出したのだ。



【完】

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