あとはよろしく、お幸せに。
数ヶ月ぶりに短編を書きました。リハビリ作です。
「ルシア。あなた、随分落ち着いていましたね」
初夜が滞りなく済んだあと、私の夫である国王エドワードは他人事のように感想を述べた。
青い瞳には情事の高揚感はすでにない。私も同様だ。
「すみません、つまらなかったですか??」
大真面目に尋ねたつもりだったけれど、彼は顔をしかめた。
「いえ、ただもう少し感情表現が豊かな女性だと思っていましたので」
彼にとって私──ルシア・クレイマンという女はよく泣き、よく笑う、王に夢中で彼を唯一無二の恋人だと信じ込んでいるので適当に扱っても何をしても喜ぶ、都合のいい女だった。
そう、数時間前までは。
結婚式の直前、控え室に国王の公妾と名乗る女性──セーラが現れたのだ。
彼女は私にこうのたまった。
「エドワード様は反抗期でいらっしゃるから、そのせいであなたのような女に引っかかってしまって。王という重責に呑まれ、正常な判断ができなくなってしまった彼を止める術はわたくしにはありません……」
よよよ、と涙をこぼしながらもあんたなんかすぐに追い出してやるわ、と言われて私は現実を思い知った。
私はただ、あてつけのために用意された花嫁だったのだ。
エドワード王の母方の生家であるミニャック公爵家は王の後見人として絶大な権力をふるっていたがそれだけでは飽き足らず、公爵は自らの愛人に生ませた娘セーラを王の正式な伴侶に据えようと画策していた。
それにうんざりしていたところに、騎士団の宿舎で凍えながら洗濯をしている女が目に入った。
『随分と手が荒れているな』
真剣な顔でシミ抜きをしていたら突然見目麗しい黒髪の男性に手を握られて、口から心臓が飛び出そうなほど驚いたのを今でも思い出せる。
『ど、どちらさまですか』
下級貴族の娘なんて王にお目通りが適うこともないから、私は即位したばかりの王の顔を知らなかった。
『エドワードと言えば通じるか?』
『まさか、へ、陛下……ですか』
『ああ。……クレイマンの娘が生活に困窮して働き口を求めたとは聞いていたが、こんなところにいるとは気の毒に』
『わ、私に何か、御用でしょうか……』
仕事で失敗をした記憶はなかったし、王が興味本位で臣下を訪ねてまわるほど暇だとは思えなかった。
『私の所へ来るといい。不自由はさせない』
彼はあかぎれだらけの手に口づけて、そう言った。
母を早くに亡くし、軍人の父も殉死。もともと財産がないところに父が借金の保証人になっていたのが発覚し、頼みの綱の遺族年金も没収。
そんな境遇の私は、一瞬で恋に落ちた。そして身分差を乗り越えて王からの求婚。
天にも昇るような気持ちだった。エドワードは基本無表情で何を考えているかわからなくて、けれど私は彼から愛されていると信じていた。
これだけなら街娘たちが夢に見るおとぎ話のような話だ。
けれどさすがにそう上手くいくことはなかった。
人生最良の日に、ただの捨てやすい駒、あるいは盾だったことが判明した上に今後はお飾りの王妃としてイジメ抜かれることが確定した。
そりゃ、感情もなくなるというものです。
そしてこう考えた──どうせ親もいないことだし思い出づくりだけ済ませて、もらうものはもらって逃げる。
これにて私、ルシアの恋は終わりだ。
初夜で女に逃げられたやばい奴という恥ずかしい称号が彼への贈り物。
不実な夫に出来る復讐といえば、それくらいだ。
「私、王妃としての自覚が芽生えてきたのかもしれません」
しれっと口にすると、エドワードはなんとも言えないような──残念そうな顔をした。
「……そうですか。でも、無理はほどほどに」
「はい」
彼は私に愚かなままでいてほしいのだろう。でも、夫の求めた従順な駒ではない。
さっさと盤面から降りてやる。
翌朝から、私は王妃教育の合間を縫って逃げ出すための算段を整え始めた。
エドワードがこれまでに私の気を引くためにくれた贈り物はどれも身につけやすいもので助かった。
これらの宝飾品を換金すれば、父の形見のカフスや母の指輪は売らなくて済みそうだ。
日の光に指輪をかざして検分していると、背後からすっと骨張った手が伸びてきた。鼻孔をくすぐる甘い香りには覚えがある。エドワードだ。
「へ、陛下……!? な、なぜここに」
施錠も見張りも、王の前では一つも意味をなさないのは当然。
「新妻の様子を見に来ました。昨夜、様子がおかしかったので」
惚気のような言動のわりに顔には表情がなく、白々しさに顔が引きつりそうなのを必死にこらえる。
「ルシア、一体何を?」
テーブル一杯に広げられた全財産。金勘定をしていましたとはとても言えない。
「今までの思い出に浸ろうかと……」
「形見の品は大事だが、王妃にはいささか地味すぎる。新しいものを贈りましょう」
一応、釣った魚にまだ餌をくれるらしい。飢え死にしては困るということね。
「大丈夫です、私、わきまえていますから」
仮にド派手なものを贈られても、売ったときに足がつきそうで困る。
私の発言にエドワードは不服そうだった。けれど一旦動いた口は止まらなかった。
「……新しい宝石は、もっと愛しい方に差し上げるべきではありませんか?」
口にした瞬間、空気が変わったのをはっきりと肌で感じた。
私は夫のことをまだ全然知らなかったのだ。瞳には冷たくて暗い色が宿っている。こんな表情は見たことがない。
彼の気持ちを代弁すると『良い生活をさせてやっているのだから余計なことを言うな』だろう。
「……セーラのことなら、彼女は非嫡出とはいえ公爵の娘。だからないがしろに出来ない。愛人でもなんでもない」
エドワードはすっと手を伸ばして私の髪の一房をとり、口付けた。
「制度上、私の妻はルシア、あなたです」
「……そうですか」
今までもこれからも、甘い仕草の全てが政略のためなのかと思ってしまうのが、少し悲しい。
「ありがとうございます、陛下。私……幸せです」
作り笑いで返すと、エドワードは口元だけで笑った。
未練でグズグズになる前に早く逃げなければと思ったけれど、翌日から警備が妙に厳しくなって、逃げ出す機会を失った。
■■■
「ルシア様。気晴らしのためにお茶会などいかがでしょうかぁ」
──来た!
セーラ・ミニャックから甘ったるい誘いを受けたのは二ヶ月が経過したころだ。
彼女は表向きには王の愛人として正妻の私を尊重する姿勢を見せていたが、私がエドワードから宝飾品を贈られたことが非常に癇にさわった、というのがありありと伝わってはきた。
よくよく考えてみれば、彼女が王から贈られたものを身に着けていた記憶はなく、愛人でもなんでもない。というエドワードの言葉は本当なのかもしれなかった。
──まあ、私には関係ないけれど……。
「最近体調が優れないようですので、静かな森でゆったりと過ごしませんこと?」
彼女は私に散々嫌味を言ったのを忘れてしまっているらしい。普通に考えたら乗るはずがないですよね。
けれど私は彼女からの誘いを今か今かと待ちわびていた。
「セーラ様。お誘いありがとうございます。ぜひ……うっ」
わざとらしくえずいて口元をハンカチで覆うと、セーラの顔がごまかせないほどにゆがんだのが視界の端に映った。
私はセーラの前でだけ、懐妊したふりをしている。
もちろん妊娠なんてしていない。けれど他者から見れば可能性は大ありだ。あえてそれらしく振る舞って、セーラが焦って私に仕掛けてくる隙を狙って逃走する。
……まあ、精神的苦痛で体調が悪いのは本当だ。
彼女はこの城で一番私に消えて欲しがっている人間だろうから、警備も手薄なはずだ。
日程はすぐに決まった。その日、エドワードは重要な会議があった。
案内された郊外の森は野生の趣を残していていくらでも身を隠すところはありそうだったけれど、歴史あるミニャック公爵家の所有する土地に不届き者などいるはずもない、と警備は殆どついていなかった。
「ねえ、馬を草地につないでもいいかしら」
軍人の娘だったから馬に親しんでいるのだというと、快く聞き入れられた。
私が空気の悪さに早々に逃げ出しては困るのだろう。さて、何をされるのか。
「あら、大変。わたくし、日傘を忘れてきてしまいました。戻りますね」
茶会のテーブルについて早々に、セーラが離脱。私についていた侍女たちまでぞろぞろと館に戻り、テーブルの周りは私一人だけになった。
「さて。逃げてくださいと言わんばかりの状況……」
なにやら嫌な空気がテーブルの周りに漂っていたので、行儀が悪いのは重々承知でそっとカートの上のクローシュを持ち上げてみる。
中には可愛らしいお菓子なんて何もなく、かわりに鮮血のしたたる生肉が載っかっていた。
「……」
風が血の匂いを運んだのか、背後の木々の奥から低い唸り声が風に乗って聞こえてくる。
どうやら狼のようだ。
一匹ではない。二匹、三匹と、獣の視線がまっすぐ私に刺さる。
せいぜい妊婦に禁忌な食材とか、突き飛ばされるとか、氷水をかけて放置とかその程度かと思ったら、まさか狼の餌とは。
「こんなこともあろうかと」
つながれていた馬へ駆け寄り、飛び乗る。父に乗馬を習っていて本当に良かった。
「ごめんなさい。無事に逃げられたら、どこかの田舎でゆっくり暮らしてね!」
馬は草食動物の本能か、一目散に狼から逃げだした。視線の端に公爵家の騎士たち、さらにその陰に悔しそうなセーラの顔が見える。
「ありがとう! これで逃げられるわ」
達成の高揚感から、思わずセーラに向かって声をかけてしまった。
彼女の助け無しには逃げることが叶わなかった。これでエドワードも責任をとってセーラと結婚するだろう。
「は? あんた、何を言って……」
「あとはよろしく、お幸せにー!!」
会話をするつもりはなかった。馬の腹を蹴ると、更に速度が上がった。こんな開放感は何年ぶりだろう。
こうして私は逃走したけれど、追っ手は来なかった。
哀れなルシアは狼にズタズタに引き裂かれた。ということになったのだろう。
それならそれで好都合だった。
■■■
「シア、おはよう」
「セルジュ、おはよう」
あれから三年が過ぎた。私はシアと名前を少し変えて生活している。
「ウィルは今日も可愛いね~」
「おかげさまでね~」
隣人と何気ない挨拶を交わすことにほっとする、港街の朝。
ミニャック公爵家が良い感じに事故を捏造してくれたのか、私は平穏に暮らしている。朝は早いけれど、働くことに慣れていたせいで苦ではない。
唯一、そして最大の誤算は「私は本当に妊娠していた」
ということだけれど。
息子のウィルはエドワードに生き写しだけれど、とても可愛い。もうこの子のいない人生なんて考えられない、仮に生まれ変わってもこの子の母になる道を選ぶ、それくらいに。
「シア、この前のことだけどさ……考えてくれた?」
セルジュの柔らかい微笑みに苦笑で返す。子持ちのワケあり女にも心を寄せてくれる人がいるのはありがたいけれど、恋愛はもうこりごりだ。
「ごめんなさい、セルジュ。記憶は戻らないけれど……私、今でも確かに夫を愛しているの」
父親について深掘りされたくなくて、自分に「記憶喪失」という設定をつけた。
哀れで薄幸な「シア」はいつか生き別れの子どもの父親が自分を捜し当ててくれると信じて生きている健気な女性。
「でも、その人はきっと、もう……」
妻を探しにこない夫は死に、その衝撃で記憶を失ったのではないかと、口に出すのをセルジュはためらっている。彼はいい人なのだ。
「私にはわかるの。夫はどこかで元気にしているって」
私の夫で子供の父親は達者でいる。この国の平和が保たれているのが何よりの証拠だ。
だから私は夫不明のシアのままでいいのよ、とセルジュの横を通り過ぎようとして、港街ではほとんど見かけない、上等な生地の黒い上着が目に入る。
目線を上げると、海のような深い青が目に入った。
「え……」
──エドワード!
居るはずのない私の夫が、薄い微笑みをたたえて、そこに立っていた。
「ああ、やっと見つけた」
急に感激したように抱きすくめられて、声も出せない。まずい。ウィルはエドワードにそっくりだし、話を聞けば産み月から彼の父親がはっきりとしてしまう。
「探しましたよ。でも、あなたは寂しくもなさそうでしたね」
耳元で囁かれた言葉には恨みがましさが少しあって、背筋が少し寒くなる。
「あなた、何者ですか? シアが怯えています」
セルジュが私とエドワードの間に割り込むように立ち塞がった。重ね重ね、彼は本当にいい人なのだ。
「ああ、再会の感激に我を忘れてしまって申し訳ありません。自分は彼女の夫です」
エドワードはその証拠にお揃いの指輪です、と左手を見せた。私の左手にも、男よけのために取っておいた特徴的な指輪が嵌まったままだった。不覚。
「さあルシア、帰りましょう」
「えっ……」
荷造りの暇も与えられず、馬車に詰め込まれた。
「ウィル、こちらにおいで」
教えていないのに、エドワードはウィルの名前を知っていた。既に下調べは済んでいて、泳がされていたのかもしれない。
「はぁい~」
ウィルはいろんな人に預けられているから人懐こい子で、警戒心もなくエドワードの膝に乗り、にこにことしている。
その愛想のよさにエドワードの表情がふっとやわらいだのがこちらからはよく見えた。
……この人が王様じゃなければ逃げなくてもこんな未来があったのかもしれないなあ、と心がちくりと痛む。
「記憶喪失だとか?」
「あっ、はい」
どうやらまだ私の嘘はバレていないらしく、エドワードは親切丁寧に自分は国王で、私は没落した土地なし男爵の娘で、愛し合って結婚したけれど事故で私が行方不明になったことまで教えてくれた。
まあ、設定上はそういう話ですよね。
「でもすみません、私、あなたが夫だと言われてもピンと来ないのですが」
やんわりとこのまま死んだことになりませんか? と打診してみたけれど、彼には伝わらなかったらしい。
「大丈夫ですよ、やり直しましょう。子はかすがいと言いますし」
全然大丈夫ではないです。
「エドワード様はお城に妻子がいらっしゃるのではないですか?」
「いませんよ」
まさかそんな、と言いかけると、エドワードは薄く笑った。
「ルシア、あなたがいますからね。私には心は一つしかありません」
とりあえず話を合わせてください、というざっくばらんな説明のみで私は到着早々に王宮に引きずり出された。
セーラはまだ王宮にいるらしいけれど権力をふるっているようには見えないし、子はおらず、王妃の座は空席のままらしい。
――どういうこと?
「行方不明だった王妃ルシアが発見された。彼女は結婚生活でこの私の子、王子ウィルを身ごもっていた」
貴族たちの視線が私ではなくウィルに集中し、何人かは本当に父と子が生き写しだと感心しているようだった。
ニコニコと臣下達に手を振るウィルには親バカかもしれないが、王子の貫禄がある。
「彼女が長年身を隠していたのは、ミニャック公爵家息女セーラの策略によるものだ」
乳母にウィルが回収されたあと、エドワードが口を開いた。
その一言で、謁見の空気が凍りつく。ミニャック公爵と、セーラの顔はとりわけ蒼白だ。
ああ、なるほど。三年経って私が連れ戻されたのはミニャック公爵家を切り捨てるための準備が整ったので、ウィルという更に強い駒を回収しにきたのか。
「私とルシアは愛し合っていました」
はい、そういう設定でしたね。すっかり信じ込んでいました。
「だから私は彼女を妻に求めた。しかしセーラ・ミニャックはルシアが身ごもったのを知り、その腹の子ごと狼の牙で引き裂こうとした。ルシアは命からがら逃走したがそのショックで記憶喪失になり、田舎街に身を寄せていた」
事実と虚構が都合良く並べ替えられていく。
滔々と語るエドワードの横顔はどこか楽しそうに見える。
「はあ!? あんた、森で言ったじゃないの『ありがとう! これで逃げられる』って!」
茶番の空気を引き裂くように、セーラが吠えた。
そう、私は脱出劇の高揚感から確かにそんなことを叫んだ。
私が──ルシアが王から逃げようとしたのは紛れもない事実で、セーラからすると合意の上での逃走で、責められるのは寝耳に水だろう。……いえ、殺意は明確でしたが。
「す、すみません、記憶がありません」
私は自分ででっちあげた嘘をなんとかつき通そうとした。
「あとはよろしく、お幸せに、って……!!」
「わ、わかりません、でもエドワード様がついてこいというので。私は王妃の座とか、まったく、まったく興味がありませんので……」
当時、心からそう思ったのは真実です。全ての責任ははっきりしないエドワードにあります、もう私には関わらないでください。とは口にできないけれど、やんわりと責任を転嫁する。
「つまりセーラ、あなたはルシアが狼に追われるがままにしたということですね、会話を詳細に覚えているほどに注視していたにもかかわらず」
エドワードの静かな問いかけに、謁見の間の視線が一斉にセーラへ向く。私が自発的に逃げ出そうとしたことなど、誰も気にしていない。
重要なのはただ一つ――セーラが世継ぎを身ごもった王妃を殺害しようとした、と自白した事実だけだ。
「王妃、そして王子暗殺未遂。これは明確な王家への反逆だ。……ミニャック公爵。あなたの監督不行き届きですよ。……これからの人生には期待しないでいただきたい」
その一言に、年老いた公爵はセーラとともに膝から崩れ落ちた。
こうしてエドワードは私達という駒を進め、目の上のたんこぶだった公爵家を切り捨てることに成功した。
……最終的には全てが彼の望むとおりになったと言えるし、私とウィルの身の安全も確保された。いつかバレるのではと気にする必要がなくなったのはいいことだ。
「これで堂々とできますね」
エドワードは珍しく、にこりと笑った。
「はい。では、戻っていいでしょうか」
元の港町へ、という意味で尋ねた。
「もちろん」
エドワードが即答したので、私はほっとした。
「王妃はあなただ」
「……そういう意味で言ったのではありません。邪魔な公爵親子を消す事ができた。それだけで十分では?」
「まさか。個人の幸福を追求してはいけませんか?」
エドワードは少しだけ目を細め、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「……求婚は本気だったと?」
「別に誰でも良かったわけではありません」
廊下からこっそりあなたを見るために執務室の位置まで変えたのに、とエドワードは言った。それはさすがに初耳だった。
「結婚にこぎつけたはいいものの、つまらなかったせいで逃げられるとは……さすがに傷つきましたね」
その言動は今までで一番感情に溢れていた。
「べつにつまらないとは……」
むしろ刺激的すぎたと表現したほうが正しい。
「自分は本気で恋愛をしていたつもりでした」
「私だって、そうです」
だからこそ、ただの玉の輿だと受け入れることができなくて、自分の力で一矢報いてやりたかった。そうして、私の作戦は最終的に成功したらしい。
でも、私の求めるものは本当はなんだったのだろうと思う。
かわいい息子はいる。腹が立つ恋敵はいなくなった。
それなら……。
「ルシア、こういうのはどうでしょう」
エドワードは私の手を取った。
「記憶が戻るまで、もう一度恋愛をやり直すのも悪くないかと」
エドワードはイタズラっぽく、歯を見せて笑った。彼のこういう顔は初めて見る。
おそらく、ごく普通に、全ての嘘はバレている。
でも彼は私を責めない。王としてのプライドが彼をそうさせるのかもしれない。
あるいは全てを受け入れることが彼なりの愛情表現なのかもしれない。
「……そうですね。まずは様子見で」
また彼が私と息子を政治的に利用するのなら、いつだって逃げてやる。その気になれば、私はもっと遠くにだって行けるのだ。
その気持ちがあれば、もう一度彼と過ごしてもいいかもしれない。
「また捨てられないように、善処します」
エドワードは少し身をかがめて、手の平に口づけが落ちる。
私を見上げる青い瞳を見て、私は恋に落ちたあの冬の日を思い出した。
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