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第2話 影の欠席者

風間湊は学園の廊下を歩きながら、校舎のあちこちに目を凝らした。


だが、どこにも「朝比奈遼」という名前は見当たらない。教室の名札にも、掲示板の名簿にも、学生たちの噂話にも。




「十九番の名前はどこにもないんだな……」


ぽつり呟いた湊の耳に、突然、背後から小さな声が聞こえた。




「十九番? ああ……」




振り返ると、同じクラスの女子生徒がこちらを見ていた。目はどこか不安げだ。




「ねえ、十九番って……本当にいるの?」




湊はその質問に少し戸惑いながらも、彼女の言葉に耳を傾けた。


彼女は続けた。




「実はね、私も最初は存在を信じてなかった。でも、転校した友達が言ってたの。十九番に関わると、何かが起きるって……」




湊は一瞬、背筋を寒くした。


「何かって?」




「詳しくはわからないけど、ずっと隠されてきたことがあるみたい……」




それから数日間、湊は生徒や教職員への聞き込みを繰り返した。


どの証言も曖昧で、具体的な情報は得られなかったが、確かなことが一つあった。




「十九番という席は、誰も座っていない」


「十九番の名前は、存在しないかのように消されている」




その日、湊は古い図書館の資料室で、ふと埃をかぶった日誌を見つけた。そこには、長年前に在籍していた生徒たちの名前がびっしりと記されていた。だが、十九番の欄は白紙だった。




湊はゆっくりと日誌を閉じた。


この学園は、何か大きな秘密を抱えている──そのことだけは、間違いなかった。




日誌を閉じた瞬間、背後から足音が近づいた。振り返ると、司書の中年女性が静かに立っていた。




「その日誌、よく見つけましたね」


彼女の声には、どこか重みがあった。




「十九番について、何か知っていますか?」


湊は切り出した。




司書はため息をつき、少し間を置いてから答えた。




「ここに書かれていない名前は、私たちも長い間、触れてはいけないものとされていました。昔の話ですけれど……」




話の内容は断片的で、はっきりとは語られなかったが、湊はある種の“壁”にぶつかった感覚を覚えた。




その日の帰り道、湊はふと思い出した。先輩・篠崎透が残した手帳の一節。




「隠された記録がある限り、真実は光を浴びない」




彼の言葉を胸に、湊は決意を新たにした。


名簿にない生徒──その存在の真実を解き明かすため、動き始める。




翌日、湊は学園の中庭で数人の生徒に声をかけた。


そのうちの一人、背の低い男子生徒がぽつりと言った。




「十九番のこと? あれは“禁忌”みたいなもんだよ。誰も本当のことは話さないけど、噂は絶えない」




「禁忌……?」




「うん。昔、この学園で起きたある事件が関係してるって言われてる。十九番の生徒が関わっていたらしいんだ」




湊は眉をひそめた。具体的な話を求めたが、彼らは口を閉ざすばかりだった。




その夜、湊は篠崎の手帳を開いた。ページの端に、薄くメモが残されている。




『記録の影に隠された真実を見逃すな』




その言葉が、胸に響いた。


ただの名簿の空白では済まされない、学園の深い闇が彼を待ち受けていた。




翌日、湊は再び学園を訪れ、教職員室で古い資料に目を通していた。


資料室の奥にある古文書や過去の生徒名簿は、何度も書き換えられ、消された記録があることをほのめかしていた。




その時、ひとりの女性教師が近づいてきた。


「風間さん、十九番の件、詳しく知りたいなら、あまり深入りしない方がいいわ」


彼女の声は低く、警告のようだった。




「どうしてですか?」


湊が尋ねると、女性は目を伏せた。




「昔、十九番のことで問題を追求しすぎた先生がいたの。突然、辞めてしまったわ……」




その言葉に湊の胸は締め付けられた。


学園の秘密は、単なる噂では済まされない何かを孕んでいる。




その夜、湊は学園の周辺を一人で歩いていた。


静寂の中にただよう不穏な空気に、背筋がぞくりとした。




ふと、背後からかすかな物音が聞こえる。振り返るが、誰もいない。


それでも、目には見えない何かが自分を見ているような気配がした。




湊は深呼吸をして、気を引き締めた。


この場所に隠された謎を解く覚悟を、改めて胸に刻み込む。




翌朝、薄曇りの空の下、風間湊は学園の職員室にいた。


木製の机が並び、壁には古びた掲示板が掛かっている。そこに掲げられた書類の中に、見慣れない文字が紛れ込んでいるかのような違和感を感じた。




数人の教師がざわつきながらも口を閉ざしているなか、年配の女性教師が低い声で話し始めた。




「十九番の生徒……その件については、私も詳しいことは言えません」


彼女の瞳は、どこか怯えを含んでいるように見えた。




「どうして……?」




湊の問いに、教師はゆっくりと息を吐いた。




「昔、十九番の子が学園で何かを目撃したと聞いています。だが、その後、彼は姿を消し、誰もそのことについて話そうとしません」


彼女の言葉は、まるで重い封印のようだった。




「それは何を……?」




「それが、私たち教職員も知らないんです。知ろうとすれば、学園の重役から強く釘を刺されるから」


彼女の声は、やがて消え入るように小さくなった。




湊はこの場の空気に押されることなく、静かにメモを取った。


秘密の重さが、まるで手に取るように感じられた。




職員室を出ると、廊下の窓から柔らかな朝日が差し込んでいた。


しかしその光のなかにも、何か覆い隠されたものがあるように思えた。




午後になり、湊は図書室で古い資料に目を通した。


そこには、過去数十年の生徒名簿が綴じられていた。ページをめくるたび、十九番の欄は奇妙に空白のままだった。




不意に、背後から足音が近づいた。振り返ると、司書の女性が立っていた。




「十九番について詳しく知りたいのなら、あまり深入りしない方がいいですよ」


彼女の目は真剣で、かつ優しさも感じさせた。




「どうしてですか?」




「昔、その話を深く追求した人がいました。彼は突然、学園を去った。理由は分かりません」


女性は静かに言った。




湊はゆっくりと息を吐き、拳を握り締めた。


この学園には、確かに“何か”が隠されている。


そしてそれは、単なる噂や迷信ではなく、真実の闇に関わるものだ。




夕暮れが近づき、学園の影が長く伸びるなか、湊は篠崎透の遺した言葉を思い出していた。




「記録っていうのはな、嘘をつかない。でも……消されることはある」




その言葉は、ますます胸の奥で重く響いていた。




夕暮れの校庭に、落ち葉が風に舞っていた。


風間湊は一人、ベンチに腰掛けてスマートフォンを取り出した。


過去の名簿や新聞のデジタルアーカイブを調べてみるが、やはり「朝比奈遼」の痕跡はどこにもなかった。




その時、着信があった。画面に映るのは、捜査一課の先輩刑事からのメッセージだった。




「学園の関係者が怪しい動きをしている。慎重に進めろ」




湊は息を呑んだ。表向きは平穏に見えるこの場所に、暗い影が忍び寄っている。




翌日、湊は改めて学園の中を巡った。


生徒たちはいつも通りの生活を送っているように見えたが、彼らの目にはどこか隠しきれない不安が宿っていた。




ある教室の窓から、ふと誰かがこちらをじっと見つめているのに気づいた。


だが、振り返った時には誰もいなかった。




湊は不思議な違和感を胸に抱きながら、ゆっくりとその場を離れた。




翌朝、風間湊は学園の職員室へ向かった。


彼の手には、前日に集めた聞き取りメモと、篠崎透の古びた手帳が握られている。




職員室には、忙しそうに動き回る教員たちの声が響いていた。


湊は静かに一人の男性教員に声をかけた。




「失礼ですが、朝比奈遼さんのことについて何かご存じですか?」




男性教員は一瞬、顔色を変えたが、すぐに笑みを浮かべて答えた。




「朝比奈遼か……あまり知られていないが、確かに過去にその名前があったはずだ。だが、彼について詳しく知る者はほとんどいない」




「それはなぜでしょう?」




教員は低く息を吐いた。




「昔、彼はとある事件に関わったと言われている。だが、学園側はそれを公にしない方針でね……それ以上は言えないよ」




湊は静かに頷いた。


彼の頭の中では、篠崎の言葉が繰り返されていた。




「記録っていうのはな、嘘をつかない。でも……消されることはある」




学園の闇は、まだ深い。


湊は真実に近づく決意を胸に、さらに調査を続ける覚悟を固めた。




その日の夕方、湊は学園の裏手にある古びた倉庫を訪れた。


情報提供者の匿名の手紙に記されていた場所だった。




錆びついた扉を開けると、内部は薄暗く埃が舞っていた。


棚には古い書類や箱が乱雑に積まれている。




湊は慎重に歩きながら、目的の書類を探した。


やがて、一冊の古いノートが目に留まる。表紙には「朝比奈遼」と鉛筆でかすかに書かれていた。




ノートを開くと、そこには日付と手書きのメモがびっしりと詰まっていた。


内容は不明瞭ながら、何かを恐れるような筆跡で、学園の“秘密”に触れた記述がちらほら見えた。




背後で物音がした。湊はすぐに身を伏せ、息を潜めた。


誰かが倉庫に入ってきたようだ。




「こんな時間に何をしている?」低い声が響く。




湊は静かに息を整え、ゆっくりと振り返った。




倉庫の暗がりで、湊は冷静に声の主を見た。


そこには、学園の警備員が懐中電灯を手に立っていた。




「こんな時間に何をしている?」


警備員の目が鋭く光る。




「調査中です。十九番の生徒に関する資料を探している」


湊は落ち着いて答えた。




警備員は一瞬、ためらったが、やがて小さくうなずいた。




「……そうか。気をつけろ。学園には触れてはいけないものがある」


そう言い残し、警備員は闇の中へ消えていった。




湊は再びノートに目を落とす。


そこに綴られていたのは、学園の古い伝承や、十九番にまつわる奇妙な出来事の数々だった。




しかし、具体的な真実はまだ見えない。


彼は知っていた──真実を掘り起こすほどに、危険は増していくということを。




その夜、湊は篠崎透の手帳を開き、記録に残された断片的な情報を読み返していた。


篠崎はかつて、この学園の秘密に触れようとしていたが、詳細は書き残していなかった。




湊はペンを取り、手帳の余白に自分なりの仮説を書き込む。




「十九番の欠席は偶然ではない。何者かによって消された記録だ。学園の誰かが関与している可能性が高い」




翌日、湊は学園の生徒会室へ向かった。


生徒会長と思われる少女に話を聞こうとしたが、彼女は警戒心を露わにしている。




「十九番のこと? そんな話は聞いたこともありません」


そう言って、彼女は口を固く閉ざした。




しかし、廊下で偶然出会った別の生徒は、ささやくように教えてくれた。




「生徒会は表向きだけの存在だよ。真実を隠すための盾みたいなものさ」




湊はますますこの学園の闇の深さを感じていた。




翌朝、風間湊は学園の中庭を歩いていた。薄曇りの空から時折細かな雨粒が落ちてくる。


彼の心は重く沈んでいた。十九番の謎は一層深まるばかりで、どこにも確かな答えはなかった。




職員室での聞き取りも、資料室での古い名簿の調査も、そして倉庫での緊迫した出会いも、すべてはひとつのことを指し示していた。


「隠蔽」だ。学園に存在する“何か”が、真実を闇に葬り去ろうとしている。




篠崎透の手帳に記された言葉が、彼の頭の中で何度も繰り返された。


「記録は嘘をつかない。でも……消されることはある」




その言葉を信じ、湊は前に進むしかなかった。




午後、湊は生徒会室を訪れた。


扉の向こうからは、規律正しい声が響く。しかし、会議室の中は冷たく閉ざされた空気に満ちていた。




「十九番のことについて話をしたいのですが」


湊の言葉に、生徒会長の少女は眉をひそめた。




「その話は、生徒会の議題にはありません」


彼女の言葉には、明確な拒絶の意志が込められていた。




湊はじっと彼女の目を見つめ、静かに言った。


「その“議題”にないことが、この学園の闇の核心かもしれませんね」




少女は一瞬戸惑いを見せたが、すぐに口を閉ざした。




廊下に出ると、数人の生徒がひそひそ話をしているのを見かけた。


湊はその中の一人に声をかけた。




「十九番の話、知ってる?」




少年は一瞬ためらったが、やがて低い声で答えた。


「あれは呪いだよ。関わると不幸になるって、みんな口にしないけど、本当は恐れてるんだ」




湊はさらに話を促す。




「具体的には?」




少年は周囲を気にしながら、小声で語った。


「昔、十九番の生徒が事件に巻き込まれて、それを隠すために学園の記録が改ざんされたって話さ」




その言葉は、湊の胸に鋭く突き刺さった。




夕暮れが迫る中、湊は静かな学園の一角に立ち尽くした。


この場所に、隠された真実がある。


それを暴くことが、自分の使命だと強く感じていた。




その夜、風間湊は学園の敷地内にある小さな祠の前に立っていた。


月明かりが薄く照らすその場所は、いつもはひっそりとしているはずなのに、今日はどこか不穏な空気が漂っている。




彼はゆっくりと祠の中を覗き込んだ。


中には、古びた写真や折り鶴、そして無数のメモが貼られていた。




その中の一枚に目が止まる。


そこには、かすれた文字でこう記されていた。




「十九番の魂を返せ」


「真実を隠すな」




湊はそっと手を伸ばし、そのメモを手に取った。


冷たい風が彼の頬を撫で、背筋が凍りつくような感覚が走った。




「誰がここに……?」




背後から物音が聞こえ、湊は振り返ったが、誰もいなかった。


それでも、どこかで誰かが見ているような視線を感じ、彼はその場を離れた。




学園の闇は、確実に彼を包み込もうとしていた。


だが、湊の決意は揺るがなかった。




「真実を、必ず明らかにする」




その言葉を胸に、彼は再び調査を続ける決意を固めた。

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