第22話 巫女といなり寿司と、視線の先の違和感
「私は豊穣の神なんです!」
手を腰に当て、自信満々で言い放つ稲荷。
「へー。そうなんだ。で?」
「だから大丈夫なんです!」
……全然大丈夫じゃなかった。
それ、ただの楽観主義だぞ。
「ルーナ。最悪、お前にもバイトとかしてもらうからな」
「働きたくないでござる」
「……」
俺はルーナの頬を引っ張る。
「今日から外で寝るか?」
「ふびばせんれした(すみませんでした)」
とはいえ、住民票どころか戸籍もないルーナが採用されるとは思えない。
宅配バイトとかさせるか?
……ダメだな。
平気で客の食べ物を食いそうだ。
「この件は一旦、保留だ。バイトに行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
……ルーナ、手の振り方がシッシッになってるぞ。
まったく。
視線の端では、稲荷が一人でお祓い棒を振り回しながら「福よ、来てください」と叫んでいた。
なんか心配だ。
ぐぅ、と腹が鳴る。
ああ、腹減った。
***
「むふふふ。今日は売り上げが跳ねるわよ〜ん♪」
コンビニの事務所に入ると、店長が妙にテンション高く近寄ってきた。
……青髭ゴリマッチョがその口調だとホラーなんだよな。
そりゃ新人も逃げるよ。
「新人君! 見てごらんなさい!」
バイトを始めて1年になるんだけどなぁ。
「こ、れ、よ、これ!」
スマホのSNSの画面を見せられる。
「……発注ミスしました。助けてください?」
「これでバンバン売れるって寸法よ!」
……ひと昔に流行ったなぁ。
「けど、なんでいなり寿司なんですか?」
「頭の中に子供の声が響いたの♪ きっと神のお告げだわ」
……それ、受信したらヤバい電波だと思いますが。
さっと着替えて店内に出る。
「先輩、おはようございます」
「おはよう、如月さん」
「もう、つむぎでいいですってば」
「如月さんこそ、先輩はやめてくれ。同い年だし」
「でも、ここでは先輩です」
ちょうど、お客さんが入ってきたので対応していく。
22時半くらいになると落ち着いてくる。
「俺、品出しするよ」
「私は清掃に入ります」
ニコリと愛想のいい笑みを浮かべてバックヤードに入って行く。
気が利いて接客も完璧。
彼女のファンは多く、彼女目当てでこのコンビニに通う客もいる。
「……」
外に、全身黒ずくめでヘルメット姿の人物が立っている。
この怪しい人物もそんなファンの一人。
いつも、外から見ているだけで、店内に入ってこない。
で、30分もするといなくなる。
ヘルメット越しには顔が見えないので、どんな奴かもわからない。
ストーカーの類ではないとは思うけど……何が目的なんだ?
こいつを見ていると何だか背筋が寒くなる。
無視だ無視。
――そして深夜1時半。
「どーしてよぉ!」
バックヤードから店長が泣きながら出てきた。
「どうしたんです?」
「これ、見てよぉ!」
SNSの画面を見せられる。
『詐欺乙』『割引なしとかw』『手口古っ』
などと、書き込まれ炎上している。
確かに一個も売れてない。
「……本部から評判に響くから撤去しろって」
「そ、そうですか」
「はあ……。新人君。ごめん、これ持って帰ってくれない?」
「っ!? いいんですか!?」
こうして俺は大量にいなり寿司をゲットした。
もしかして。
神のお告げって……。
いや、まさかな。
そういえばこういうのを配信のネタにすればいいのか?
……いや、炎上したら意味ないな。