第19話 巫女と怨霊と、戦力にならない味方たち
とりあえず、部屋から脱出だ!
襲い掛かるお姉さんをヒラリと躱――せなかった。
足を引っかけられて、派手に転ぶ。
「ぐおっ!」
幽霊に足はないとは何だったのか?
昔から疑問だった。
誰だよ、デマ流してるの。
お姉さんが馬乗りになって俺を押さえつけてくる。
『いいなぁ』『逆NTRじゃん!』『胸熱』
斜め上のコメントが流れる。
ふざけんな! どう見てもピンチだろうが!
「――代わって!」
お姉さんが怖い形相で見下ろしている。
会ったときは明るく、陽気なお姉さんと言った感じだったのに。
今は患者衣で、地味で陰気なメンヘラお姉さんな雰囲気だ。
「えっと、なにをですか?」
「――楽しい大学生活、代わってよ」
「……そんなに楽しくないですよ、大学生活」
ピタリとお姉さんの動きが止まった。
が、すぐにまた凄んでくる。
「友達たくさんいるんでしょ?」
「一人しかいないです……」
「……」
お姉さんが可愛そうな子を見る目をする。
やめて。そんな目で俺を見ないで。
「次の人でいいや」
そう言って俺の首に手をかけてきた。
ちょっ! 俺はいらない子ってことですかっ!?
首を絞められ、意識が遠のいていく。
ヤバい……。マジで……。
そのときだった――。
「丑三つ時にこんばんは! 異世界巫女Vtuberルーナちゃん、参上っ!」
現れたのは、獣耳と尻尾がついたままの状態でポーズをとるルーナだった。
「た……す……け……」
「おけおけ! 任せて!」
ルーナが両手で印を結ぶ。
「忍法、分身の術!」
ルーナから稲荷がポンっと出てきた。
「どう? 凄いでしょ!?」
「遊んでんじゃねえ!!」
するとお姉さんが俺の首を絞める手を止めてルーナを見る。
「――代わって!」
今度はルーナに襲い掛かり始めた。
「ルーナ、逃げろ!」
「ひえええ! 稲荷ちゃん、助けて!」
ルーナが稲荷の後ろに隠れて、稲荷を盾にする。
お前……本当にダメなやつだな。
「任せてください! ふーっ!」
なんと稲荷が炎を口から吹いた。
そうか。
お稲荷様は火を吐くって聞いたことがある。
ポッ、と炎が灯った。
ライターくらいの大きさの。
「……えっと、稲荷ちゃん。もっとボワーッと吐けないのかな?」
「はい! これが限界です!」
ルーナの問いに、にっこりと笑みを浮かべている稲荷。
……ああ。
稲荷もルーナと同様にあまり役に立たないタイプか。
しょうがない。
「炎……」
そう呟いて呆然としているお姉さんを、後ろから羽交い絞めにする。
「今のうちに稲荷を連れて逃げろ!」
「うん! 後は任せた!」
そう言って、稲荷の手を握るルーナ。
お前……本当に薄情だよな。
まあ、いいんだけどさ。それが目的だったんだから。
2人が病室から出ようとしたときだった。
「待って!」
お姉さんが叫んだ。
「……もう一回、吐いてくれない? 炎」
悲痛で真剣で懇願するようなお姉さんの声に、俺はもちろんルーナも動きを止めた。
トコトコと稲荷が近寄ってくる。
「お願いしていいかな?」
「はい!」
稲荷が再び小さな炎を吐く。
それはまるで、夜道を照らす提灯のように温かい火だった。
するとお姉さんの全身に燃え広がり、やがてお姉さんの体が小さくなっていく。
――そして、お姉さんは火の玉になった。
……そっか。お姉さん、もともと『人魂』だったんだ。